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初めての相談と球速250キロ

 四月十日 土曜日 訳有栖(わけありす)高校に入学してから初めての休日がやってきた。中学時代はとにかく平日という名の登校日が大嫌いで土日祝などの休日だけを生きがいにしていたけれど、高校生活は箒星(ほうきぼし)さんと的野(まとの)さんと雷久保(らいくぼ)君の三人と楽しく会話が出来ていたから、やっと休日が来た! と言うよりもいつの間に休日が来ていた感覚だった。


 初めて学校生活を楽しいと思えるようになったのかもしれない、と少し感慨深くなっていた僕であったが、休日は休日でやらなければならない事が色々とある。その一つが趣味のイラストを描くことだ。


 ずっとインドアな僕を見かねた祖父母が僕の13歳の誕生日に買ってくれたタブレットを使って美少女の絵を描き上げ、SNSにアップするのが休日のお決まりになっている。絵を描くことはもちろん好きだが、ネット上で貰える感想やイイネが本当の僕自身を見てくれているような気がしてとても嬉しいのだ。


 引っ越しをしてもそれは同じで、いつものように自分の部屋の床に寝ころんでタブレットに描き込んでいると、突然ガチャリと扉が開く音が聞こえた。慌てた僕は液晶が割れかねない勢いでタブレットを裏返し、ドアの方を確認すると愛姉さんが僕の方を見てニヤつきながら謝ってきた。


「ノックもせずに入ってごめんね健君、思春期なんだからそういう本を見たり隠したりしなきゃいけないわけだし、ノックは絶対にしなきゃいけないよね」


 愛姉さんからはタブレットの存在が見えず、慌てていた僕が本を隠したように見えて勘違いしているようだ。しかし、ネット隆盛の昨今、アダルトなものは見る時はスマホやPC・タブレットなどが主流で紙媒体はあまり利用しないという事を言ってやりたかったが、詳しく解説するとそれはそれで僕がスケベだとバレてしまうから言えなかった。


 とりあえず僕は今思いつく適当な言い訳を述べた。


「そんなのじゃないよ、ちょっと同級生とスマホでやりとりしてて、文章を見られたくないから慌てて隠しちゃっただけだよ」


「ふーん、四月とは思えないぐらい汗が出ているけど、そういうことにしておいてあげよっかな、それよりも健君にお友達がきてるよ? 一階の応接間に入ってもらったから降りてきてね」


 友達? 今日誰とも会う約束なんてしていないけど誰だろう? 僕は二階の自分の部屋から一階にある応接間のドアを開けるとソファーに雷久保君が座っていた。


「おっす熊剛、突然来ちゃってごめんな」


 軽い口調で挨拶をしてきた雷久保君だけど表情はいつもよりどこか真剣な感じがした。お茶を持ってきてくれた愛姉さんにお礼を言った後、雷久保君に僕の家を訪れた理由を尋ねた。


「いきなり、どうしたの? 何か相談事かな?」


「うーん、まぁそうなんだが、それより話は変わるが、熊剛のお姉さんめちゃくちゃ美人だな、俺ドキドキしっぱなしだよ、あんな人と暮らせるなんて羨ましいぜ」


 何か言い辛い相談事なのか、雷久保君は話を逸らしてきた。愛姉さんが美人だと言う感想自体は本音だと伝わってくるし、僕も愛姉さんの見た目と情の深さだけは評価している。


 とりあえず雷久保君が話しやすくなるよう、来訪の理由には触れず雑談を続けた。


 雷久保君とはやっぱり話がしやすいようで、あっという間に十五分が経っていた。これは僕が同世代とのコミュニケーションに飢えていたのか、元々会話が好きだったのかは定かではないが、いつもの休日より楽しく過ごすことができた。


 雷久保君との雑談中、家のインターホンが二回鳴って、玄関で愛姉さんが楽しそうに会話しているのも聞こえてきたから、僕の人生が孤独過ぎただけで案外普通の人はこんな風に会話だったり家をたずねたりしているのかもしれない、そんなことを考えていた。


 雑談も盛り上がり表情も緩んできていた雷久保君だったけど、途中から急に真剣な表情になり、僕に語り掛けてきた。


「やっぱり熊剛(くまごう)は良い奴だし、話しやすいわ。だからこそ熊剛に相談というかお願い事があってきたんだけどよ」


「私も手伝えるなら手伝うよ」


「えっ? お、お前は箒星! なんで熊剛の家に箒星がいるんだよ!」


 僕が視線を右に向けると応接間の前に箒星さんが立っていた。いきなりの事過ぎて正直訳が分からなくて、ここ数年で一番心臓が驚いていたと思う。僕は裏返った声で箒星さんに尋ねた。


「えええっ? 箒星さん! 何でここに!」


「やっほー。実は私も熊剛君にお願いがあってきたの。あ、一応ちゃんとベルを鳴らして熊剛君のお姉さんに許可をもらってから入ってきたからね?」


 二人には学校で僕の家の大体の位置と外観的特徴である白くて凄く大きい家という情報を伝えてはいたけど、まさか入学してから最初の休日に、いきなり二人も同級生が訪ねてくるなんて思いもしなかった。


 相変わらず箒星さんのステルス性は高いようで声をかけられるまで全然気が付かなかった。箒星さんのお願い事が何なのかを尋ねてみたけれど、箒星さんは「先客の雷久保君のお願いを先に聞いてあげて」と言ったので、雷久保君は頷いて話を続けた。


「熊剛も箒星も内緒にしてくれよ? 実は兄貴の事で相談があってよ。それにはまず俺の家の事を話さなきゃいけないな。俺には兄貴と弟がいて兄貴の名前は雷久保太郎で弟は三郎っていうんだ、俺が次郎だから結構覚えやすいだろ? で、兄貴の太郎は昔、訳有栖高校に通っていて俺以上に不良扱いされていて、校内外問わず敵は多かった。だけど兄貴は外面は恐くても正義感は強い人だったから自分から喧嘩を売ることはないし、困っている人がいたら真っ先に動いて助けるタイプだった。そんな兄貴が高校二年の頃、訳有栖高校と蘭到(らんとう)高校の不良グループが連日に渡って大喧嘩になってしまってな、最初の時点だと俺の兄貴は喧嘩に関わってはいなかったんだが、その喧嘩が日に日に大きくなっていったことで、抗争を止めてくれという電話が兄貴のところにかかってきたんだ。人の良い兄貴が駆け付けた時には蘭到高校の生徒が訳有栖高校の生徒を必要以上にボコボコにしていてな……それにブチ切れた兄貴は一人で30人近い蘭到高校の不良たちをやっつけたんだ」


「一人で三十人を倒すなんて僕みたいに異常発達した肉体とかがあるのかと思っちゃうぐらいとんでもない強さだね……」


「兄貴は俺や熊剛と違って特異体質でも何でもないさ、ただ純粋に強かっただけさ」


「普通の人がそこまで独力で強くなって、おまけに仲間まで救ってかっこいいね」


「俺もそう思ったけど、現実は残酷だった……。喧嘩が収まり、虎頭(ことう)の野郎を含む両校の先生や警察が駆け付けて、色々調べられた後、大人たちから下された審判は蘭到高校のリーダーと俺の兄貴にだけ重たい罪を着せるものだったんだ。二人は退学処分からの少年院行きになっちまって、今も少年院で辛い日々をおくっているんだ。だが、先に訳有栖高校へ喧嘩を吹っかけてきて暴力を振るったのは蘭到高校の不良グループリーダーであって、俺の兄貴は仲間や自分自身を守るための、言うなれば正当防衛に近い戦いをしただけだ、俺の兄貴は悪くない……なのに学校からいなくなった今でも真実は伝わらず雷久保太郎の悪名だけが残ってしまってる。だから俺は現状を変えたいんだ、その為の手伝いを熊剛にお願いしたい」


「もしかして、担任の虎頭先生を恨んでいるのはお兄さんを警察の決定から守ってくれなかったからってこと?」


「いや、ちゃんと守ろうとして守れなかったのなら、俺は1ミリも責める気はないさ。むしろ逆なんだよ。虎頭の野郎はあろうことか積極的に兄貴が悪いと警察側に言った人間なんだ。訳有栖高校の人間で兄貴の担任っていう立場の人間なのに、兄貴の味方どころか敵にまわりやがったんだ」


 雷久保君が話す過去に僕は心底驚かされた。確かに虎頭先生は初日から雷久保君を吹き飛ばしたり、立場を利用した強気な発言をしたりと破天荒なところがあったけど、それ以外は今のところ普通の担任っぽいからだ。


 雷久保君と三年生がもめている時も仲裁に入っていたから根は悪い人ではないのではと思っていたのだが。雷久保君が嘘を言うとは思えないけれど、雷久保君も現場を直接見ていない以上、直接事件に関わった多くの人の言葉を聞くことでしか真実を明確にすることはできないと考えた僕は「自分の目で虎頭先生の人間性を見極めるよ」と雷久保君に伝えた。


 同調しなかった僕に嫌な顔を見せるかもと予想したけれど、雷久保君は真っすぐ僕の目を見つめて頷いた後、言葉を続けた。


「ああ、当事者の家族である俺は冷静になれていない面もあるかもしれない。だから熊剛は熊剛の考えのもと判断してくれていいぜ。虎頭には色々言ってやりたいことはあるけど、今回の相談は虎頭に関しての事じゃない、入学初日に俺に絡んできやがった三年生、池上 贋造(いけがみ がんぞう)についてだ」


「確かその人と争っているところを虎頭先生に止められたんだよね?」


「その通りだ、池上は俺と出会った瞬間に俺の事を『犯罪者の弟』『訳有栖の恥さらし兄弟』と馬鹿にしてきやがったんだ。俺個人の事を言ってくる分には我慢できるけど兄貴の事を言われるとどうしても耐えられなかった。それと入学式後に分かったことなんだが、池上は過去の事件に嘘を上書きして、兄貴だけが悪者になるような噂まで流していやがった」


 その後も雷久保君は池上のやってきた悪事を語り続けた。要約すると雷久保君の件以外でもかなり陰湿な事をやっていたようで、陰で生徒を脅して金を奪ったり、嘘の噂を流して一部の生徒をイジメたり、とやりたい放題なようで今話したこと以外にも沢山の悪事を働いているらしい。


 それでも何も裁きを受けていないのは、相当うまく根回しをしたり、仲間数の多さで揉み消したり、ボクシングの大会で大きな賞を取ることで表面上の人気を獲得していたり、と複数の要素で学園の人気者ポジションを確立しているようだ。


 僕は溢れ出る怒りを何とか抑えながら、どんな手伝いをすればいいかを雷久保君に聞いた。


「池上は本当に悪い奴だね許せないよ。僕は雷久保君に何をしてあげられるかな?」


「とりあえず池上ともう一度話し合って悪い事を辞めろと説得するつもりだ。説得を成功させるためのプランも用意しているしな。ただ俺も本当は極力揉め事を避けたいけど、あの池上のことだから俺に暴力を振るってくるかもしれねぇ、だから熊剛には保険として俺を守ってほしいんだ。その為の手順を一から説明するぞ。まず俺が放課後に旧校舎の中庭へ池上を呼び出す、そこで俺が説得できればそれでいいが、逆上して池上が俺に襲い掛かってきた場合はお前の自慢の筋肉で遠くから石を投げて池上にぶつけてほしい」


「え、石を? 一緒に池上の前に行ってボディガード的な役割をしてほしいのかと思ってたけど」


「それだと熊剛が俺の味方をしていると判断されて今後目を付けられてターゲットにされてしまうかもしれないだろ? 熊剛の高校生活に迷惑をかけるのは俺のポリシーが許さねぇ。旧校舎なら人は全くいないし、石を投げた後に隠れれば熊剛が見つかる心配もない。それに熊剛なら必ず石を当てられるだろ?」


「当てられるとは思うけど、どうして僕が当てられると確信できたの?」


「今日熊剛の家に上がった時に五分ぐらいお姉さんと話をして、熊剛の肉体の事を聞いたんだ。熊剛は周りよりも何倍も強い肉体を持っているが故に力加減などは人一倍気にして生活をしてきたとな。物を握るのも投げるのも運ぶのも周りの人に合わせないと怪我をさしてしまう恐れがあるからってな」


「うん、確かに祖父母や愛姉さんにはその話をしたことがあるね。それに野球のピッチャーと同じで球速を抑えた投球は全力投球と比べて遥かにピンポイントで投げやすいんだよね。野球好きのお爺ちゃんに球速を測るスピードガンを借りていたこともあるから分かるんだけど、硬式野球の球だと球速250キロぐらいまでならピンポイントで狙えると思うよ」


「メジャリーガーでも球速160キロとかなのに熊剛はすげぇな、その筋肉を見たら納得だけどよ。まぁ硬式の球を高速でぶつけちまうと、最悪死亡事故になっちまうから、投げる物は適度な硬さで尚且つ投げやすい物にしておこう」


「そうだね、その点も追々詰めていこうか、ただ雷久保君も言っていたけど会話だけで終わらせられるのがベストだから上手く話せて暴力が発生せずに終わることを祈ってるよ」


「ああ、頑張るぜ」


 かなり原始的な作戦ではあるけど、僕達の対池上説得計画は順調に進んでいた。僕と雷久保君の話し合いを聞いていた箒星さんは心配そうな申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「話を聞いた感じだとかなり危険そうな人だけど本当に大丈夫? 私も何か手伝いたいけどこの作戦だと手伝えることもなさそうだよね、役に立てなくてごめんね」


「俺がやりたいって言っていることなんだから気にしないでくれよ、それに箒星だって大事なクラスメイトなんだから熊剛と同じで前線に巻き込みたくないしな、気持ちだけ有難くもらっとくぜ」


「うん、分かった。実行の時はお祈りだけでもさせてもらうから日時を教えてね」


 少しだけ表情が柔らかくなった箒星さんは力強い声でそう答えた。その後、僕を含む三人は今できる話し合いを終え、連絡先を交換して、ちょっとだけテレビゲームで遊んで解散となった。


 相談という形ではあるけれど初めてできた男友達の悩み相談を受けて、初めて友達と家で遊んで、初めて同年代女子の連絡先も教えてもらってと、今思い返すと中々良い学生生活のスタートを切れているような気がしてきた。


 学校生活は初めが肝心で、そこを躓くとボッチ街道を突っ走るケースが多いと『友達づくりの本』で読んだことがあるから引き続き上手くやっていきたい。


 池上の件は現時点でかなり緊張している状態だけど、大事な友達の為だし頑張るぞ! と気合が入った土曜日であった。


 そして、四月十六日 金曜日 池上と話し合う日が訪れた。


今話を読んでいただきありがとうございました。












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