身体検査とトールハンマー
四月九日 金曜日――入学から二日目である今日はまだ本格的な授業が始まる日ではないようで午前は健康診断・身体測定に始まり、学年・学級指導を経てホームルームで色々な話し合いをする一日になるそうだ。
僕の分の朝ご飯を愛姉さんが勝手に夜食で食べてしまったから、少量しか朝ご飯を食べる事ができなかったけれど、体育もなければ、頭を使うような授業もないし、昼までなんとか持つには持つだろう。
一緒に過ごし始めてまだ数日だけど、愛姉さんという人間が少しだけ分かってきた。家事全般をこなすことはできるけれど、飲食が結構適当で、寝坊癖もあるタイプのようだ。どんな仕事をしているのかはまだ聞いてはいないけど、どうか人様に迷惑をかけていませんようにと心の中で願った。
学校に着き、ホームルームや学年・学級指導などの時間を終えて、健康診断・身体測定の時間がやってきた僕達一年C組は体操服に着替えたあと、各々空いている検査スペースのところに並んでいた。
他のクラスの男子たちも合流し、列も長くなってしまったことで僕は暇を持て余していた。箒星さんがいれば世間話をして楽しく待機できるのになぁと考えていた僕は一緒に並んでいるクラスメイトに勇気を持って話しかけようとしたけれど、天性のコミュ障が発動してしまいモジモジするだけで終わってしまった。
引っ込み思案な自分にうんざりしていると、後ろから僕の背中を突いてくる感触があり、何だろうと後ろを振り向くと、そこには剃り込みピアス君こと雷久保君が立っていた。びっくりした僕は軽く吃驚の声をあげてしまった。
「うわぁっ!」
「うわぁっとは失礼な奴だな、お前の見た目の方が百倍恐いぞ」
「そ、それもそうだね、で、どうしたの雷久保君?」
「あ~、あれだ、昨日は吹き飛ばされた俺を守ってくれてありがとな。お前のおかげで怪我せずにすんだわ」
意外なことに雷久保君は僕に感謝の言葉を伝えてきた。昨日の喧嘩っぷりから謝ったり感謝を言ったりはしない超不良タイプかと勝手に思い込んでいた自分を少しだけ反省した。僕はどういたしましてと伝えると、雷久保君は担任である虎頭虎頭先生への恨み言を語り始めた。
「それにしても虎頭の野郎には腹が立つぜ。虎頭の野郎とは俺の兄貴が訳有栖高校に通っていた頃から因縁があってな、兄貴は虎頭のせいで退学することになってしまったんだ。俺は絶対にあいつが許せねぇ、それに昨日だって俺に絡んできた不良三年生 池上との喧嘩を止められてしまったしな」
「お兄さんを退学に? それに雷久保君に絡んできたのは不良の人だったの?」
僕は気になった二つの話題に関して質問を投げかけると、雷久保君はお兄さんの過去についてぼやかしつつ、三年生 池上の話を始めた。
「まぁ兄貴の話についてはいずれ話せる時がきたら話すさ。それよりもマジで許せなかったのが三年生の池上だ、あいつは俺の兄貴の事を深く知らないくせに、兄貴の事を馬鹿にしてきたんだ『お前、退学になった問題児、雷久保 太郎の弟なんだろ?』ってな」
「どんな理由であれ、本人や本人の家族を侮辱するような事を言っちゃいけないよね、雷久保君が怒った理由がよく分かったよ」
「だろ? 自分の事を言われるよりよっぽど腹が立つっての。だから俺は自分の能力を使って池上のバイクのバッテリーに触れて放電させてやったんだ」
「能力? 放電? 昨日虎頭先生を殴った時にも静電気みたいなものが発生していたけど、雷久保君は何か特異体質を持っていたりするの?」
「俺は自分の意思で微量の電気をコントロールする能力を持っているぞ、訳有栖高校の面々では影が薄い方だと思うが色々応用が効いて便利な能力だぜ」
「え! 訳有栖高校ってそういう特異体質の人が集まる学校なの?」
「いや、特異体質の人間は全体で一、二割いるかどうかって程度だと思うぞ、それよりも訳アリな人間の方が多い学校だと言われているな、とある政治家の隠し子とか元カルト教団の教祖の孫とか野生のゴリラに育てられた奴とか、まぁ色々な噂が後を絶たない学校なんだ」
「ごめん、ちょっと頭が追い付かない……だから僕も此処に誘われたってことなのかな……」
「多分そうじゃねえか? まぁ色々言ったけど別に悪いところじゃないと思うぞ。元々この学校を創った初代理事長も『生きづらい宿命のもとに生まれた子供達に人並みの青春をおくってほしい』という理念のもと私財をつぎ込んで創設したと言われているしな、ホント立派な人間だぜ、子孫である虎頭 努はクソ教師だけどな」
雷久保君は相変わらず虎頭先生の事が嫌いなようだけど、虎頭先生を憎んで危ない事する点以外は普通に優しい人のように感じた。家族思いだし、初代理事長の話をしている時は熱がこもっていたかし。
もしかしたら雷久保君とも仲良くやっていけるかもしれないと考えていると、列がいつの間にか進んでいて、僕と雷久保君の身長・体重を測り終えることができた。
列から離れた僕は、もう少し雷久保君と話してみたいと思い、身長と体重を聞いてみた。
「雷久保君は身長・体重どうだった? 成長してた?」
「ああ、中二の時に一気に伸びたけど今も少しずつ伸びているな。去年より2センチ伸びて175センチの65キロだったぜ」
僕が憧れるような至って平凡な身長・体重だなぁと羨ましく思っていると、雷久保君も僕に身長・体重を尋ねてきたのであまり言いたくはないけれど、偽らずにありのまま答えた。
「250センチの体重300キロだったよ」
「え? 身長はまぁ見た目通りだけど体重がやけに重たくないか? すげぇ筋肉質だけど脂肪はあんまりなさそうだし、そんなにあるようには見えないぞ?」
「筋肉って脂肪より重いからね、ましてや丸太みたいな腕と脚をしているから相当重くなっちゃうんだと思うよ。筋肉が異常発達し始めたのは幼稚園ぐらいの頃からだから、おかげで十年ちかくずっと化け物扱いさ、あはは……」
僕は辛かった過去を自虐ネタ的に伝えると雷久保君は眉をしかめて非難した。
「そんな苦笑い浮かべながら自虐すんなよ、生まれつきの要素なら仕方ないし、馬鹿にしてくる奴の方が百倍バカなんだからよ。言葉のナイフを突き刺してくるような奴には舐められないように、リベンジかましてやった方がいいんだよ、なんなら俺が手伝ってやろうか? スタンガンぐらいの電気なら何十発でも喰らわしてやる事は出来るぜ? 俺達は仲間なんだからいつでも頼れよ?」
相変わらず野蛮な事を言う雷久保君だけど、根っこの部分の優しさが伝わってきて僕は凄く嬉しかった。気持ちだけを受け取って、僕たちは過去の話を終えた。
その後も視力検査や聴力検査など、全検査項目を終えた僕達は教室に戻る為に廊下を歩いていた、すると何やら女子達がキャピキャピと騒いでいる声が聞こえてきた。
「星華ちゃんは身長・体重はどのくらいだったの?」
「身長は163センチで体重は……って言う訳ないでしょ! アタシはちんちくりんな麗と違って、そこそこ筋肉もあるメリハリボディをしているから、見た目より少し重いかも、とだけ言っておくわ」
「ひどい! 気にしてるんだから身長のことは言わないでよ! むぅぅ……」
壁越しに聞こえてきたのはクラスメイトの箒星さんと的野さんの会話だった。どうやら壁一つ隔てた空き教室の中で身体検査をしているようで、上側の小窓も空いている影響からか声が廊下にいる僕達まで筒抜けになっていた。
盗み聞きみたいになってもよくないと思った僕は早歩きでこの場を離れようとしたけれど、雷久保君が僕の肩を掴んで足止めし、小声で語り掛けてきた。
「このまま暫く此処に居ようぜ熊剛、きっと俺達にとって重要な情報が手に入るはずだ」
「小声で話し合うなんてよっぽどなことなの? その情報って一体何?」
「女子の身長・体重・スリーサイズだ。ここにいれば漏れ聞こえてくる可能性が高い」
「ええっ! そんなの盗み聞きになっちゃうよ」
「大丈夫だ、問題ない。そもそも俺達はC組に戻る為にたまたま小窓の開いた教室の横を仕方なく通っているだけだ。そこで仕方なく漏れ出た声を聴いてしまうだけにすぎない。何か言われたとしても仕方がなかったんです! で通せばいいんだ」
「仕方ないってワードを三回も言わないでよ! 僕は参加するつもりはないし、C組にさっさと帰らせてもらうよ」
「まぁ待てって、的野との会話がヒートアップすれば箒星の情報だって掴めるぜ」
「何で箒星さんを名指しするのさ」
「え? だって熊剛は箒星が好きなんじゃねぇの?」
「ええぇ!」
「よく一緒に話しているっぽいし、話している時の熊剛の顔は緩みまくってるぜ?」
雷久保君から突然の提案&指摘に僕の心はかなり動揺していた。確かに箒星さんは初めてできた大切な友達だし、見た目もカワイイなぁとは思っていたけど、そこまで露骨に表情に出ていたなんて。
きっと初めてまともに同級生女子と仲よく会話できた喜びと、再び出会うことができた嬉しさと、カワイイ女の子と話せている喜びがミックスして表情を制御しきれなかったのだろう。僕はそう自分なりに自己分析した、本当に恥ずかしい……。
C組の教室に向かわなければいけない僕の足は、鉛の様に重くなり、その場から動かなくなってしまった。箒星さんの事が知りたい……あわよくばC組女子全員の情報も……ほとばしる熱いパトスが僕の脳内を駆け巡る中、雷久保君がとどめの台詞を放った。
「大丈夫だ熊剛、今の日本には盗聴罪なんていう罪はない、正確に言うと盗聴器の設置・回収時に建物に侵入したり、通信法や電波法、電気通信事業法などに抵触すれば問題になるが、俺達の耳に入るのは数メートル先から届く生の空気振動に過ぎない、だから問題ないんだ!」
何でTHE・不良の見た目をしている雷久保君から聞いたことのない法律がポンポンと出てくるのかツッコミを入れるべきかもしれないが、今の僕にそんな余裕はなかった。雷久保君の言葉に対し肯定の頷きを返した後、僕は耳に神経を全集中させた。
「それにしても麗は身長が全然伸びないわね。確か147センチだっけ? それじゃあ存在感も薄くなるわけだ」
「違いますぅ~さっき測ったら148・4センチあったもん。半年前から0・3センチ伸びているし、このまますぐ150センチの大台に乗るんだから」
「全然大台でもないし、コンマ以下まで明言するあたり、ガチでこだわっているのが伝わってきちゃって微笑ましいわね」
「うぅぅ、全然口で勝てないよぉ……」
少し低身長を気にしている箒星さんをカワイイなぁと思った僕だったけど、本当に知りたいのはその情報ではないんだ、頼むから男界に漏洩されないシークレット・パラメーターを教えてください神様! 無宗教の僕が神に祈りを捧げると、奇跡的に話題がそっち系に移った。
「でも、麗は身長こそ伸びてないけど胸は結構成長してるね? さっき下着姿になった時にまじまじと見させてもらったんだけどビックリしちゃった。中三の時からどれくらい大きくなったの?」
「まじまじと見ないでよ星華ちゃんのエッチ! 教えてもいいけど他の人には内緒だよ? えっとね、確か中三の時からだと――――」
箒星さんが耳打ちをしたのかどうかは分からないが肝心なところで、突然声が聞こえなくなり何センチ大きくなったのか分からなかった。かつてこれ程の悔しさを覚えた出来事はないけれど『着やせするタイプ』『胸囲が成長している』という情報が掴めただけでも値千金だと自分を納得させた。
情報を得た事で少し冷静になった僕が自身の横を見てみると、険しい顔をした雷久保君が『的野の事が知りたいんだよ俺は』と呟いていた。その後、雷久保君の願いが神に通じたのか話題は的野さんの方に移った。
「私のことも教えたんだから星華ちゃんのこともしっかり教えてよね、体重だけは勘弁してあげるから」
「強気になったね麗。でも私はスリーサイズに自信があるから堂々と答えてあげるよ、まずバストサイズが――」
――――ぐうぅぅぅぅぅぅ。
「え? なに今のコントラバスみたいな大きい音! 廊下から聞こえてきたけど」
最悪だ、こんなタイミングで僕のお腹の音が鳴ってしまった。僕の体が異常発達しているせいなのか分からないが僕の体が奏でる空腹音は普通の人間の何倍も大きいのだ。
普段は腹が鳴らないように色々工夫をしているけれど、今は昼に近い時間帯で、なおかつ朝ご飯も愛姉さんの不手際でストックが少なかった関係上、少量しか食べられなかったから、それが今になって響いてしまったらしい。測定をしている教室内がざわめきだし、横にいる雷久保君の顔も青ざめていた。
女子生徒の一人が内側から扉に手をかけようとしている様子が磨りガラス越しに見えた。雷久保君は死を覚悟した漢の顔をしていたが、僕はまだ諦めていなかった。僕の内なるインテリ筋肉が死中に活を求めてうねりをあげはじめる。
僕はまず、横にいる雷久保君を0・2秒ほどで脇に抱え、高跳び競技の背面跳びの要領で、その場から窓に向かってジャンプした。後ろ姿を一瞬見られてしまうかもしれないと不安が脳裏をよぎったが、雷久保君も逃げのアシストをしていてくれていた。
雷久保君は僕に抱えられると同時にドアノブに電気を発生させて、静電気で女子の指を痺れさせて一秒ほどの猶予を稼いでくれていたのだ。空中を駆けた僕と雷久保君の体は三階の窓から飛び出て、地面に向かって真っ逆さまに落ち始めた。
「あ、ここ三階か、死んだわ」
先程とは違う意味で死を覚悟した雷久保君が小さく呟いたが、僕はちゃんと安全を考慮して行動に移しているから問題はないのだ。確かに普通の人間が三階から落ちれば大怪我か死は免れない、でも人間離れした筋肉を持つ僕なら余裕で無傷の着地ができるだろう。
だけど、雷久保君を抱えたまま地面に激突すれば、圧迫やむち打ちに近い衝撃を与えてしまうかもしれない……虎頭先生吹き飛ばされた入学初日の雷久保君の時みたいな不安を一瞬だけ抱いたものの、それも僕の筋肉があれば問題ない。
「雷久保君、歯を食いしばっててね、僕が受け身をとる」
「受け身?」
雷久保君に注意を促したあと、僕は雷久保君の体を抱えていない右手をパーの形にして振り上げ、着地と同時に力任せに振り下ろした。
「トールハンマァァァ!」
僕はいつもの癖で技名を叫んで地面を叩くと、小さな隕石が落下したかの如く地面に半径5メートルほどの小さなクレーターができた。落下のエネルギーを平手打ちで相殺することに成功した僕達の体は地面に叩きつけられることなく、無傷で着地することに成功した。
「いやー、柔道の授業でしっかり受け身の練習をしておいてよかったよ、雷久保君を怪我させずにすんでホッと一安心だよ」
「ど、どう見ても受け身の次元を超えているけどな、でもありがとな熊剛」
そう言うと雷久保君は右手を上に挙げて、手のひらを僕に見せてきた。どういう意図があるのか分からなかったから尋ねてみると雷久保君は照れくさそうに答える。
「ハイタッチだっての、言わせんなよ恥ずかしい。俺たち二人の勝利なんだから喜ぼうぜ」
「……うん、そうだね、無事突破できたことを喜ぼう!」
二人の手がパチンと乾いた音を響かせて、互いの健闘と勝利を称え合った。この日、雷久保君と仲よくなって、困難を突破できたことは僕にとって大切な思い出の1ページになることだろう、動機は極めて不純だった点は忘れてしまいたいが。
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