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やばい男子とやばくない女子二人とやばい担任

 四月八日 木曜日――快晴に恵まれた今日、僕は制服を着て入学式へと向かった。通学路で色んな人に奇異の目を向けられ続けたものの、中学時代ほど精神的ダメージは負っていない、それはきっと愛姉さんや先生たちの優しさに少しだけ触れる事が出来たからだろう。


 肝心のクラスメイトと仲よくできる保証は全くないが、考えたって答えは出ないから行くしかない! 僕にしては珍しくポジティブな気持ちで歩を進めることができた。


 案内板に従い、自分が所属する一年C組の教室に入ると先に来ていた生徒が三人程目に入った。三人は僕の姿を見てぎょっとしていたが、はじめの挨拶が肝心だと考えた僕は真面目そうな坊ちゃん刈りの男の子に愛想よく元気に話しかけた。


「はじめまして、僕は熊剛 健(くまごう けん)って言います、これからよろしくね」


「えっ……はい……よろしくおねがいします……」


 明らかに目線を逸らして怯えている様子のクラスメイトに警戒心を解いてもらうために、僕は世間話を振った。


「いやぁ~教室に着くのがお互い早すぎたかもね、まだ三十分近く時間はあるし、僕含めても四人しかクラスメイトが集まってないもんね」


「うふふ、四人じゃなくて五人だよ」


 僕が坊ちゃん刈り君に必死に話しかけていると横から女の子の声が入ってきた。声が聞こえた方を向くと、そこには二日前に不良から僕を助けてくれた少女が立っていた。驚いた僕は坊ちゃん刈り君のことをそっちのけで少女に声をかける。


「あなたも訳有栖(わけありす)高校の一年生だったんですか!」


「マッチョ君もやっぱり新一年生だったんだね、土地に不慣れな感じがしていたからそうじゃないかなぁとは思っていたけど、まさかクラスまで同じになるなんて。それじゃあとりあえず自己紹介しておこうかな、私の名前は箒星 麗(ほうきぼし れい)っていうの。これからよろしくね」


「見知っている人がいて僕も嬉しいよ、僕の名前は熊剛 健。これからよろしくね」


 また会いたいと思っていた透明少女に再び会えた喜びによって僕の喋りは加速した。箒星さんと好きな猫の動画や画像などで話がとても盛り上がった。


 集合時間の十五分ほど前になったところで僕達の前に一人の女子が現れた。その子は箒星さんと同じ中学で仲が良かった的野 星華(まとの せいか)さんという人らしく、彼女の紹介を箒星さんがしてくれた。


「あ、星華ちゃん、おはよー。熊剛君に紹介するね。この子は私と同じ中学だった的野 星華(まとの せいか)ちゃんです。見た目から分かるかもだけど運動神経が良くてビジュアルもカッコいいし、おまけに優しい子だから私ともども仲よくしてね」


「はじめまして、熊剛 健と言います、箒星さんとは二日前に偶然町で出会って色々よくしてもらいました。こんな見た目の僕ですけどよかったら仲良くしてください」


「見た目なんか関係ないよ、それに麗が仲良く話している人なら絶対イイ人だって分かるから、アタシこそ仲よくしてほしいよ。これからよろしくね熊剛君」


「うん! ありがとう、これからよろしくね!」


 さすが、箒星さんの友達と言うべきか、的野さんは僕を見ても表情一つ変えず、真っすぐに僕の目を見つめ優しい言葉をかけてくれた。箒星さんの言う通りスポーティーで長身な体、涼やかな目元、凛とした顔つきにサイドテールが映えるかっこいい女性だと感じた。


 その後、集合時間まで僕達三人はテレビドラマの話や学校の設備などの話で盛り上がった。

いつも化け物扱いされてきた僕にしては順調すぎるスタートを切れた。

 正直クラスメイトの大半は僕の事をまじまじと見つめてきていたが、地元中学の人達から感じる目線とは少し違う感じがした。上手く言えないが、恐れや奇異というよりも探りをいれるように見つめてきているような、そんな感覚なのだ。


 僕は不思議な視線に戸惑いつつも、話せる人が二人もできた事に有頂天になり、恐らく表情は緩み切っていたと思う。今まで家族以外の仲間は0だったのだからそれも仕方ない。


 そして時間は流れ集合時間の八時半を知らせるチャイムが鳴り響いたが、一向に担任が姿を現さなかった、ずっと待ち続けて八時三十五分になったところでようやくガラガラと扉が開いた――と思ったら『体格の良い短髪の男の先生』が『剃り込みにピアスを開けた少し不良っぽい男子』の腕を掴んで引きずりながら、互いに何か、言い合いしつつ入室してきた。


「離せよ、先公! 三年生だか何だか知らねえが、突っかかってきた池上が悪りぃんだよ、報いを受けて当然だろが!」


「だからと言って池上のバイクのバッテリーを壊す必要はないだろ。物に罪は無いし、喧嘩をするならちゃんと口喧嘩だけでケリをつけろ。お前の特異体質はそんなくだらないことをする為に備わったわけじゃないだろ!」


 何やら黒板の前で奇妙な会話が繰り広げられている。僕は僕なりに二人の言い争いを整理してみた。恐らく剃り込みピアス君が三年生の池上っていう先輩に絡まれてしまって、言い合いの果てに怒った剃り込みピアス君が先輩のバイクのバッテリーを壊したのだろう。


 それも、ただ壊したのではなく『体質』がどうのこうのと言っていることから、箒星さんのように何か特殊な事ができる人なのかもしれない。まだ入学式すら始まっていないのに個性的な人ばかりに出会っている現状にハラハラドキドキしながら僕は口論の観察を続けた。


 二人はその後も言い合い続け、剃り込みピアス君のイライラが頂点に達したのか「うるせぇ!」という罵声とともに彼は先生の左鎖骨の辺りを殴った。その瞬間『バチィッ』とまるで静電気の音を何倍にも大きくしたような音が微かな光とともに彼の拳と先生の左鎖骨の間に発生し、クラスメイト達は驚いた。


 色々な意味で先生の事が心配になって先生の方を見てみたら、先生は微動だにしておらず、据わった眼で剃り込みピアス君を睨んでいた。眼光に怯んだ剃り込みピアス君は震えた声で強がった。


「な、なんだよ、うだうだうるせぇ先公が悪いんだろ?」


「今、俺を殴ったな? これがどういうことか分かるか?」


「アァン? 何だって言うんだよ」


「正当防衛成立だっつてんだゴラァァァ!」


 大声で叫んだ先生はその後、円盤投げの様に右腕を大きく後ろへ捩じり、軋む音が聞こえそうな程コブシを強く握り込んだ。何か途轍もなくやばい攻撃をしてくると予感した剃り込みピアス君は急いで鞄をみぞおちの辺りに構えて防御の姿勢を取った。


「ウォラァァッ!」


 周りの予想通り、先生は剃り込みピアス君に大振りのパンチを繰り出した、先生の拳は鞄に命中し、構えていた剃り込みピアス君の体をまるでバトル漫画のように勢いよく吹き飛ばした。凄まじい衝撃音と共に剃り込みピアス君の体は机と机と間を飛んでいき――――最悪な事に一番後ろにいる僕の席に飛んできていた。


「うわぁぁぁ」


 反射的に情けない声を出してしまった僕であったが、実はそれなりに落ち着いていた、というよりは少し腹が立っていた。入学式当日の朝のホームルーム前の段階で気さくに話せる人が二人もできたうえに、箒星さんともこんなに早く再会することができて、順風満帆だなぁ~、と喜んでいた矢先に先生と不良の戦いである。


 とにかく目立たず平和に暮らしたいと思っている僕の計画を初っ端から邪魔してくる存在に文句でも言ってやりたいところだが、今、僕がやらなければいけない事はこちらに飛んできている剃り込みピアス君の体を無傷で受け止める事だ。

 といっても普通に両腕をガードの様に固めて受けてしまうと背中からぶつかった剃り込みピアス君がむち打ちになってしまうかもしれない……どうすればいいのだろう? と1秒ぐらいの間に高速で思考していた。


 クッションの様に柔らかく受け止められれば……クッション? 自問自答をしているうちに僕はある一つの記憶を思い出していた。それは『小学校時代の動物園遠足の時の事』だ。

 友達のいない僕は一人寂しく園内を散歩していると、動物のゲージがある方向から突然轟音が響いたのだ。音のする方を振り向くと、ゲージを壊して脱走したヤギの群れが荒々しく走っていた。

 パニックになるスタッフとお客さんたちの姿が目に入り、特に小さい子供達にとってはとても怖い状況だったようで大声で泣き叫んでいる子もいた。仕事を頑張っているスタッフを救いたいし、動物園を楽しんでいる人達も救いたい、特に小さい子供なんて今回の事件がきっかけで動物にトラウマを抱いてしまうかもしれない。


それにこのままヤギが散らばって最悪動物園から出てしまうと人身事故などのとんでもない事態に発展してしまうかもしれない……何としてでも止めなければと考えていた。


 並走しているヤギのうち一匹ぐらいなら掴まえる事も出来るかもしれないけど、それだと止められなかった他のヤギは野放しになってしまって外に出てしまうかもしれない……それだけは何としてでも食い止めなければと頭を捻っていた。そんな僕の視界にスタッフ用の通路へ走っていくヤギの群れの姿が映った。


「何で、ヤギの群れは揃ってスタッフ用のエリアに行こうとしてるんだ……そうか! 餌を取りに行ってるんだ、それなら僕は――」


 作戦を閃いた僕は直ぐにスタッフ用通路へと走った、走るヤギの群れよりも先回りすることができた僕はヤギの群れが通路の一番狭い位置を走っている瞬間にヤギの前に飛び出した。

 勢いのついたヤギの群れを力技で止める事なら容易いが、それだとヤギが怪我をしてしまう、そう考えていた僕は風に泳ぐ鯉のぼりの如く体を地面に対して平行にし、手足を伸ばして壁にくっ付け固定した。

 その姿はまるで人間ゴールテープである。勢いのついたヤギの群れは人間ゴールテープと化した僕の体に次々と突撃してきたが、左右の壁に手足をくっ付けていた僕はヤギに触れた衝撃を体を曲げてハンモックのように吸収し、手足を壁に滑らせながらゆっくりとヤギの群れの進撃を食い止めた。


左右の壁には僕の手足を擦りつけたせいで黒い筋が5メートル程の長さでついてしまったけど、苦労のかいあって全てのヤギを無傷で止める事に成功した。


 後から駆け付けたスタッフさんは僕が食い止めたヤギを全て掴まえて一段落した後に、深々と頭を下げてお礼をしてくれた。その時のスタッフさんの目からは僕の体に対する畏怖や奇異の視線は感じず、100パーセント感謝の気持ちがこもっていたように感じたから強く印象に残っている。


 それはきっと動物を深く愛しているからこその心のこもったありがとうなのだろう。

そんな思い出と経験が残っている今の僕なら、飛ばされた剃り込みピアス君を無傷で助ける事ができるはず――――僕は両手を上に挙げ、叫んだ。


「ハンモック・マッスル!」


 僕は250センチの恵まれすぎた体格を活かし、足を踏ん張らせ、掌を天井にくっ付けて固定した。動物園の時とは逆に縦方向に手足を接触させたのである。


 一般的な教室の天井は3メートル程で、この教室の天井もさほど高い方ではない。だから僕が手を伸ばせば十分届く高さにあり実行する事ができた。


 そういえば小学生のころに天井に手が届くか試した事があったけど、当時の僕では身長が210センチ程しかなかったから届かなかった記憶がある。天井に手を付いた瞬間、そんなことを思い出しながら自身の成長を実感する事となった。


 飛んできた剃り込みピアス君の背中が僕のへその辺りに直撃したが、僕自身の体を『くの字』に曲げ、尚且つ手足も床と天井に接触させて滑らせながら勢いを殺すことに成功した為、剃り込みピアス君の体はクッションにぶつかったかのように完全無傷で止まることができた。


 どうにか剃り込みピアス君を守ることに成功して安堵のため息をついた瞬間、先生が信じられないことを呟いた。


「さすが、噂の熊剛、素晴らしいボディコントロールだ、此奴を吹っ飛ばして試してみたが案の定大丈夫だったな」


「わ、わざとですか?」


 なんとこの先生は正当防衛とかこつけて暴力行為と僕の査定を同時に行ったのである、その言葉に腹が立った僕は今すぐ先生にふざけるな! と言いたかったが、ガタガタと震えている剃り込みピアス君を落ち着かせるのが先だと判断し、優しく背中をさすって席に着いてもらった。


 喧噪も収まった後、先生が教壇に立って自己紹介を始めた。


「俺が一年C組の担任を勤める虎頭 努(ことう つとむ)だ。今殴って黙らせた雷久保(らいくぼ)のようになりたくなかったら、大人しく真面目に学校生活をおくるように。ちなみ俺はこの学校の理事長の息子だ、多少俺にとって不都合な事があっても権力とマネーパワーでもみ消すから、俺に攻撃を加えてくるなよ。これから一年間よろしくな」


 とても教職者とは思えないメチャクチャな台詞を吐く虎頭(ことう)先生に全員が愕然としていた。その後、虎頭先生は何事もなかったように連絡事項を伝えて、全員に自己紹介をさせていた。


 正直先生への怒りと出会いのインパクトが強すぎて、連絡事項も皆の自己紹介も頭に入ってこなかったし、自分がどんな風に自己紹介したかも覚えていなかった。


 入学式を終え、帰りのホームルームを終えたところでようやく僕は肩の力を緩める事ができた。皆が家に帰る中、椅子に座りボーッとしていると、誰かが僕の肩をツンツンと叩いてきた、誰だろうと振り向くとそこには箒星(ほうきぼし)さんが立っていた。


 箒星さんは目を輝かせながら僕に質問を投げかけてきた。


「熊剛君のさっきの技凄かったね! ハンモック・マッスルだっけ? 雷久保くんが怪我せずにすんだし、カッコ良かったよ」


「あれ? さっき声に出してたの僕?」


「うん、出していたよ。私、格闘マンガ結構好きだからテンション上がっちゃったよ、名前の由来って何? 英語の綴りは寝具のハンモックでいいんだよね? どこで会得したの? 他にも技はあるの? それから――――」


 鼻息を荒くして質問を畳みかけてくる箒星さんとは裏腹に僕は凄く恥ずかしくなっていた。普段から厨二病を患っている僕は脳内で色々な技や名前を考えていて、ハンモック・マッスルも『しなやかなハンモックの如く衝撃を和らげる防御技』という意味を込めて作ったオリジナル技なのだけれど、恥ずかしくてとても口には出せなかった。


 箒星さんの質問攻めを何とか濁して話題を逸らし、少し世間話をした後、僕は帰宅した。


 入学式のあった今日は透明少女こと箒星さんとの再会、新しい友達、的野さんとの出会い、メチャクチャな担任、不思議な能力を見せた雷久保君、色々な事がありすぎた濃い一日となった。明日はもっと沢山の人と話して、平和に過ごせますように。


今話を読んでいただきありがとうございました。






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