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性戦――願いへの知略――

 引っ越しをしてから一度は来てみたいと思っていた社玉(やしろだま)商店街に足を踏み入れると、休日ということもあり、多くの人で賑わっていた。


社玉の特産品を使った和スイーツの店には行列ができており、他の店にも満遍なくお客が入っている。


どの店の人も元気よく商売している感じが伝わってきて、なんだか朝の魚市場を彷彿とさせた。それに加えて道路からなにまで綺麗に清掃・整備が行き届いており品の良さも感じさせてくれた。


商店街や市に潤沢な資金でもあるのだろうか。人が多いから僕のことをジロジロ見られてしまうことを懸念していたけど、そんなこともなく学園内以上に普通に歩くことができた。


場所だけではなく通行人まで優しいなんて、ここはパーフェクト商店街なのかもしれない。


 気分よく歩けている喜びと、友達と一緒に遊んだり、買い物ができている喜びですっかり聞くのを忘れていたけれど、箒星(ほうきぼし)さんは何を買いに来たのだろうか? と今になって疑問が湧いてきたので僕は箒星さんに尋ねた。


「箒星さんは商店街で何を買いたいの?」


「来週の火曜日から林間学校が始まるからその為に色々な物を買っておきたいと思っているの、とりあえず水着から買いに行くね。色々試したいから二人とも意見をちょうだいね」


「試すぅっ!?」


 箒星さんが僕らの目の前で色々な水着を着てくれるらしく、驚きと喜びで語尾が上がった変な返事をしてしまった。


声に関しては箒星さんからは特にツッコまれはしなかったけど、雷久保(らいくぼ)君には僕の動揺が筒抜けだったようで少し笑われた。


そして雷久保君は僕にだけ聞こえる小声で一つ提案をしてくれた。


「ある程度、俺達の意見を反映させてくれるみたいだから、エロい水着を着ている時に大きく賛成して着てもらおうぜ、お前も見たいだろ?」


「お前もって雷久保君は愛姉さんみたいな大人の女の人が好きなんじゃないの? 箒星さんを狙っているの?」


「違う違う、熊剛(くまごう)の好きな子を狙ったりなんかしないって。それに熊剛の言う通り愛さんみたいなセクシーな大人のお姉さんが一番好きなことに変わりはないさ。でも視覚的に楽しむって意味なら色んな子の色んなアレがみたいだろ? 箒星は変な奴だけど外見はいいからな」


「か、勝手に好き認定しないでよ。とりあえず雷久保君の真意は分かったよ、僕だって男だから多少なりとも煩悩はあるしね、雷久保君ほどじゃないけど……」


「何をコソコソ二人で話しているの?」


「な、何でもないよ!」


「お、おう! 林間学校が楽しみって話をしてただけさ」


「ふーん、にやついた変な顔をしていたのは気になるけどまぁいっか、それじゃあ行こっか!」


 そして僕達は女性用水着がある売り場まで歩いて行った。すれ違う女性からの視線と高揚感の相乗効果で1分、2分程度の徒歩が途轍もなく長く感じた。


 箒星さんが手早く数着分の水着をカゴに入れたところで、僕達が立っているところまで小走りで近づいてきて、水着を体の前に掲げながら問いかけてきた。


「こんな感じの柄はどうかな? 種類的にも最近割と人気らしいんだけど……」


 僕は少し困惑していた。僕はこれでも絵を描いている人間だから、着るものの形や柄などに関しては人並み以上に関心があるタイプだ。


しかし、この瞬間に限っては全く頭に情報が入ってこない。何故なら目の前で試着してもらえると期待していたら、前に掲げるだけだったからである。


 人生は思うようにいかない事ばかりだけど暗い顔をして箒星さんを心配させるわけにはいかない。そう決意した僕は笑顔を捻りだそうとしたけれど、次の瞬間、雷久保君が切ない表情でストレート過ぎる言葉を放った。


「今ここで水着を着ないのか!」


 その声色はまるでヴィオラの弦を弓で軽くこすったかのような哀しい音色だった。問いかけた雷久保君に対して、箒星さんがとどめの言葉を返す。


「うん、愛さんのお昼ごはん食べすぎちゃって、まだお腹がポッコリしてると思うから、見られちゃうと恥ずかしいの。だからやめとくね」


 僕は十五年間生きてきて初めて親族に対して恨みを持ったかもしれない。


愛さんの愛のこもった料理が僕の純愛を砕いてしまうとは笑えないダジャレである、この瞬間に限っては純愛というより性愛かもしれないが。


 それでも僕と雷久保君の戦いはまだ終わっていない、ここで選ばれた水着は林間学校で着ることになるのだから、未来の僕らが勝利を勝ち取るためにもこの選択を誤ってはいけない。


 それから箒星さんは色々な水着を僕達に見せてくれた。


ワンピースタイプやフリルが付いたタイプの水着をはしゃぎながら見せてくれている箒星さんはとても可愛らしく微笑ましいが、僕個人としてはお腹の部分が隠れていないタイプの水着がいいし、胸元もヒラヒラしたものは付いていてほしくない。


端的に言えば露出が多くピチッとしてくれている水着の方が嬉しいのだ。


昨今コルセット・ビスチェのようなホールド感が強くてお腹周りをカバーしてくれるタイプの水着が流行っているという情報をテレビで少し見た事があるけれど、そういう流行りは今、この瞬間だけは廃れてほしいと切に願った。


 そして、その後も、服とほとんど変わらないような甘っちょろい水着を数着見せられた後、最後の最後に中々『露出度の高いピンク色ベースで柄付きの水着』を候補として提出してくれた。


僕と雷久保君は視線だけで合図を送りあい、二人でその水着を推して推して推しまくった。


「箒星それ凄く似合ってると思うぜ」


「うんうん、僕もそう思うよ!」


「二人とも最後の水着を凄く褒めてくるね、どういうところが好きなの?」


 箒星さんの問いかけに僕たち二人は一瞬フリーズしてしまった。本能のまま『露出が多いからです』とでも答えようものなら軽蔑されることは間違いない。


僕は今にも気持ち悪くニヤつきそうな表情筋を抑えながら、脳をフル回転させて箒星さんを納得させる言葉を考え出して語った。


「箒星さんはスラっとした美人さんだから、他の黒色をはじめとした暗い色の水着を選んで、細身に見せる必要なんてないと思うんだよね。それに箒星さんは派手じゃなくて透明感のある美人さんだと思うから、柄物で派手さをプラスする感じがベストだと思うんだ。そうだよね雷久保君?」


「そ、そうそう、俺もそう思っていたんだよ、いやぁ~語彙が無いから言葉が出てこなかったけど熊剛と全く同意見だぜ」


「透明感……透明感かぁ……」


 箒星さんはボソッと呟いた後、なんだか少し寂しそうな表情を見せた。僕は何か不味い事を言ってしまったのかと焦ったが、どうすることもできず、黙ってしまった。


 箒星さんはその後直ぐに元の表情に戻り、今まで候補に挙げてきた水着を再確認しながら悩ましそうな声を上げた。


「二人が最後の水着に二票入れてくれたけど、他の友達と買い物に来た時も意見をもらっていて、結局三つの水着が二票ずつになっちゃったよ。そうなると一番安いワンピースタイプの水着にした方が良さそうかな、私は三着とも気に入っているんだけどね」


 民意+当人の嗜好で同点となればそれ以外の要素で争うしかないわけで、高校生の身分ではマネー事情が絡んでくるのは至極当然の結果であった。


僕と雷久保君は心がボロボロになりながらも、箒星さんの言葉に肯定の頷きを返すしかなかった。


 箒星さんは水着以外にも少し買い物があるから「店の外のベンチで待ってていいよ」と言ってくれたので、僕達二人はお言葉に甘えて店の外に出ていった。


ドサっとベンチに座り込んだ雷久保君は諦念の境地に達したのか僕に励ましの言葉をかけてきた。


「お互い残念だったな、いや、熊剛は俺よりももっと悔しいか……。元気出せよな」


「また勝手に好き認定してる……。箒星さんにあるのは友情の気持ちだけだよ。美人だから露出の多い水着を着てほしかったっていう欲望があるのは認めるけど」


「……まぁそういう事にしとくか」


 何か言い返そうとも思ったけど言い返して必死になっている感じが出てしまうと、益々好き認定されてしまいそうだから僕は黙っておいた。


 雷久保君と雑談を続けていると箒星さんは買い物を済ませたようで、にこにこと満足気に僕達の元へ小走りで寄ってきた。


僕らの望む水着を買ってもらう事は出来なかったけど、箒星さんが楽しそうだし僕だって楽しいから気にせず以降の買い物も楽しもう! そう気持ちを切り替えて僕達は次の場所へと進んだ。


読んでいただきありがとうございました。











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