平和な休日と仲間たち
四月十七日 土曜日 池上との戦いから一夜明け、早朝に起きた僕はいつもの休日よりも早めに絵を描き始め、できるだけ作業量を増やした。新生活と池上のことで気を取られていてあまり絵に時間を割けなかったからである。
とりあえず最近人気なアニメの美少女ファンアートが完成したので呟き系SNS『ツブッター』に投稿した。すると50以上のイイネがついて、フォロワーも300人を超えていた。
フォロワーやフォロワーじゃない人からも好意的なリプライが沢山きていて順調に僕の画力とアカウントが成長しているのを実感できて嬉しくなった。
画面を見てニヤニヤしていると、僕の部屋に突然ノック音が聞こえてきた。びっくりした僕は「わっ!」と情けない驚き声をあげてしまった。
どうぞ入ってくださいと僕が言うと愛姉さんがかなりゆっくりと扉を開けて、申し訳なさそうな顔で僕に語り掛けた。
「ごめんね健君、思春期だから部屋で一人で色々ハッスルすることもあるよね? 健君と一緒に貰い物のイチゴを食べたくて呼びに来たんだけど、お邪魔だったかな?」
どう見ても何か誤解をしているし、前にも似たような事があった気がするけど、今回は困り顔をしているので一層ガチっぽい雰囲気が出ていて困惑した。
僕が「大丈夫だよ、イチゴは晩御飯の後に頂くね」と伝えると愛姉さんは一階のリビングへと降りていった。
現代っ子の僕はいわゆるスケベなコンテンツを嗜むこともあるわけだけど、デジタル全盛の昨今、紙媒体のそういったものは持ってはいないし、際どい同人誌に関しても一冊が薄いうえに、沢山買えるほどの小遣いもない。
だから机に付属している『施錠ができるタイプのタンス』に収納すれば隠しスペースの面でも問題はない。
しかし、これから絵の勉強をしていく以上、立体的な絵を描くためにリアルで立体物を管理しなければいけない時も必ずくるだろう。
その時に僕の部屋だけでフィギュア等の幅をとる物体を施錠ができない空間に保存しなければいけない状況もくるかもしれない。
その為にもセキュリティ面に関しては万全を期しておかねばならない。愛姉さんは以前、勝手に部屋には入らないと宣言していたけれど、世の母親と同じで僕が居ない時間帯に部屋に侵入している可能性も0とは言い切れない。
親族を信用できない自分の疑い深さに嫌悪感を抱きそうだけど、部屋に入っているか否かの情報は今後の命運を分けかねない情報となる、
何故なら今後買おうと思っているフィギュアを見られると性癖がバレてしまうことになり、性癖がバレてしまうと僕のメンタルが死んでしまうからだ。
部屋に入ったかどうかを確認する方法なんて、パッと思い浮かぶ限りだと『扉の蝶番にシャーペンの芯を置いておき、折れているかどうかを確認する方法』か『ドアノブの回転角度をいつも固定しておいて変わっていれば触れたと判断する方法』か『ドアの隙間に紙切れを挟んでおく方法』ぐらいしか思いつかない。
ホームセンターで後付けの鍵を購入する方法も考えたが、鍵を付けるという行為自体が隠したいものがあると宣言しているように感じられてしまいそうだから、それも避けたい。
勉強よりも遥かに脳を高速回転させていると、僕のスマホが鳴り始めた。どうやらメールが来たみたいで送り主は箒星さんだった。
本文を見てみると『今日お暇ですか? もしよかったら一緒に遊んだり社玉商店街で買い物したりしたいなぁ』と書かれていた。
箒星さんと連絡先を交換してから初めての誘いに、テンションが爆上がりした僕は即座に『遊べます』と返すと、箒星さんは一時間後に僕の家に来るとメールをくれた。
箒星さんが来るまで、僕はデート気分に浮かれて鼻歌を歌いながら服を選んでいた。約束の時間ピッタリに玄関のチャイムが鳴り、ウキウキ気分で玄関の扉を開けると、そこには箒星さんだけではなく雷久保君もいた。
「ヤッホー、お邪魔しまーす」
きっちりと靴を揃え、スリッパをはき、長めの廊下を進んでいく箒星さんの背中を見送る僕はきっと呆然とした顔をしていたと思う、何故なら勝手に箒星さん一人しかこないと思っていて『デートだぜ、ヤッホーイ!』とウキウキになっていたからだ。
そんな僕の考えが伝わったのか、雷久保君が申し訳なさそうに僕の家へきた経緯を教えてくれた。
「本当は箒星と二人きりになりたかっただろうにごめんな熊剛。朝ランニングをしていたら偶然箒星に声をかけられて、今日暇かどうかを聞かれたんだ。暇だぞって答えたら熊剛君も誘うから一緒に遊ぼうって言われちまってさ、最初に暇かどうか聞かれてしまったから断ることも出来なかったんだよ」
「何で僕が箒星さんとデートをしたがっている前提で話すのさ!」
「いや、どうみても熊剛は箒星のことが気になっているだろ? 箒星と接している時や箒星の話をしている時の熊剛は顔が緩んでいるからすぐに分かるぞ?」
身体測定の日にも雷久保君に同じような指摘をされた僕は、今回は動揺を表に出さないように頑張った。
普段から箒星さんの前では出来るだけ平静を装うと頑張っているのだけれど、それでもなお、自分でも気が付かないくらい箒星さんに対する態度が違っていたなんて、心底恥ずかしくなってきた。
僕が箒星さんに抱いているのは恋愛感情なのか、それとも可愛い女子と関わることが出来てテンションが上がっているだけなのかは分からないけれど、今後は更に表情や態度に気をつけようと決心した。
雷久保君は二人でデートをさせてあげられなくてごめん、と僕に謝ってきたけれど、そもそも雷久保君と遊べる事も僕にとって凄く嬉しい事だから率直な意見を雷久保君に伝えた。
「僕は雷久保君ともまた遊びたいと思っていたから来てもらえて嬉しいよ。僕はこんな身体ってこともあって友達は全然いなかったから雷久保君が初めての友達で、唯一の男友達だしね」
「そ、そうか? 何か照れるな、へへっ」
雷久保君の愛らしい照れ顔が見られた事だし、デートが出来なかったことなんて忘れて、今日は皆で思いっきり遊ぶぞ! と自分自身に気合を入れた。
三人がリビングに着くとソファーに愛姉さんが居て、雷久保君と箒星さんはまたお邪魔します、と挨拶を交わした。
愛姉さんはとても嬉しそうな顔をしながら今から昼飯を作るけどよかったら食べていく? と提案してくれた。雷久保君は嬉しそうにお礼を言った。
「俺、朝飯も食ってなかったんで腹が減っていたんですよ、是非いただきたいです、箒星はどうだ?」
「私は家でご飯食べてきたけど、ご迷惑じゃなければ一緒にお昼ご飯を食べたいです」
もう一度昼ご飯を食べたいという箒星さんの言葉に僕と雷久保君は驚いたけど、愛姉さんは「元気があっていいね!」と笑っていた。そして四人で机を囲み、楽しく学校生活の話をしながら料理を食べた。
途中林間学校が楽しみだという話をしたり、愛姉さんに箒星さんとはどういう関係かと茶化されたり、雷久保君が愛姉さんに興味津々でデレデレだったりと、楽しいお昼を過ごすことができた。
二度目の昼食なのにおかわりをしていた箒星さんには驚かされたが……。人の事はあまり言えないが結構食いしん坊な娘なのかもしれない。
昼食を終えた後、一時間だけ四人でテレビゲームを遊んで盛り上がった後、愛姉さんは出かける用事があると言って、名残惜しそうに玄関の前で靴を準備していた。
「あ~あ、私ももっと皆とゲームしたり、お買い物に行ったりしたかったなぁ。特に麗ちゃんは美人さんだから服をプレゼントしてあげたかったんだけど」
「そんな、料理まで作ってもらったのに悪いですよ。でも、私もまた遊びたいのでいつでも連絡してください」
愛姉さんはいつの間にちゃっかり雷久保君と箒星さんと連絡先を交換していたようだ。
この前ウチに来てくれた時と合わせても一緒にいた時間は数時間なのに、もうこんなにも仲良くなるなんてコミュ力がある人は羨ましい……。
愛姉さんを見送ってから僕達も直ぐに社玉商店街へ買い物に出かけた。
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