身長250cm超絶ゴリマッチョの僕だって普通に暮らしたい!
デコピンで林檎が消し飛んだ……。
「はぁ……また力が強くなってる。これ以上身体も力も成長したくないのに」
中学三年の秋。僕、熊剛 健は異常に発達した体格と力に悩んでいた。身長は250センチ、ベンチプレスの最高重量は測ったことがないけれど、200㎏を100回以上連続で持ち上げても疲れはしないから恐らく1トンは余裕で挙げられると思う。
近所に1トンレベルの重りに耐えられるバーベルがあれば測ることが出来るのだろうけど、自分の化け物具合を数値化したくないから、たとえ環境があっても測りはしないだろうけど。
筋力に比例するように肩幅や脚も太くて近所の駅の改札は蟹歩きをしないと引っかかって通れない始末だ。それ故に近所や学校の人間からは化け物扱いされて、避けられるか弄られるかの二択だ。
数少ない僕の味方は幼稚園からずっと僕を育ててくれているお爺ちゃんとお婆ちゃんの二人だけで、この二人だけは僕の事を100%の愛情を持って接してくれている。
そんな祖父母にいつか親孝行ならぬ祖父母孝行が出来たらいいなと考えている。将来は立派に働いて好きなだけ旅行とかをさせてあげたいなと思っている。そもそもこんな化け物を雇ってくれる会社があるのか分からないけれど……進路希望調査表を見つめながらそんな暗い事ばかり考えていた。
「将来の事を考えると偏差値が高い周斎高校を選んだ方がいいかなぁ、今の成績なら狙える範囲だと思うし、距離的にも近いし」
そんな独り言を呟いていると、突然家の電話が鳴りだした。祖父母は出かけていて今、家には僕一人しかいないから急いで自分の部屋から出て、電話のある廊下へと走った。
ディスプレイには『伊集院 愛』と表示が出ている。何処かで見た事のある名前のようながするが……そんなことを考えながら受話器を取ると電話先の女性は馴れ馴れしく僕の名前を呼んだ。
「もしもし、健君かな? 久しぶり! 愛叔母さんだよ」
叔母さんという名乗りで僕は伊集院 愛さんの事を思い出した。僕がまだ幼稚園児だったころ、親戚の結婚式で一度だけ会ったことがあったのだ。
その頃は叔母さんもまだ中学生か高校生ぐらいで母ともかなり年の離れた妹だったから、叔母さんとは呼ばずに愛お姉ちゃんと呼んでいた気がする。
僕は薄っすらとした記憶を頼りに返事をした。
「お久しぶりです愛叔母さん、確か大昔に親戚の結婚式で会って以来ですよね?」
「ちょっと~、私はまだ二十代半ばなんだから叔母さんなんて言わないでお姉ちゃんって言ってほしいなぁ」
自分から叔母さんと名乗っていたのに……と思いながらもツッコミの言葉を飲み込んで、了解の言葉を返した。
「分かりました、愛姉さん。ところで今日はどういった御用ですか?」
「えっとね、今日は受験生の健君にお勧めしたい高校があって電話したの。訳有栖高校って言うんだけど知っているかな?」
訳有栖高校――確かそこそこ偏差値の高い高校で、部活面でも好成績を収めていると聞いたことがあるし、僕の母も通っていたとかなんとか。
進学先としては良いのかもしれないけれど、電車での移動だと迂回する形になってしまって一時間半ほどかかるうえに、バスの便も都合が悪そうな場所だったはず。
愛姉さんには悪いけど、通学するには少しハードルが高いことを伝えた。
「ありがたいお話なんですけど、ちょっと通うには遠いですね」
「その点は心配いらないよ、高校三年間は私の家で私と一緒に二人暮らしをしながら通えばいいから」
「えっ?」
ほとんど接したことのない愛姉さんから突然の同棲生活を提案され、困惑した僕は間抜けな声を出してしまった。驚いて返答が思いつかない僕へ、お構いなしに愛姉さんは話を続ける。
「大丈夫、お爺さんとお婆さんには既に話はつけてあるし、健君の体の事情だって知っているよ。金銭面だって私は金持ちだから心配いらないし、家だってすっごく大きい一軒家だから健君の体でも不自由は感じないと思うし、私だって全然迷惑なんて思わないよ、むしろ家事とか色々やってくれるなら助かるぐらいだし」
本人がここまで言っていて既に祖父母にまで話をつけてくれているなら本当に迷惑とは思っていないのかもしれない、僕はそう分析したが、引っ越すことにデメリットが無いわけでもなく、愛姉さんに僕の考えを伝えた。
「そこまでしていただいてありがたいですけど、僕は今住んでいる地域の高校に通った方がいいかなと考えているんですよ。僕の人間離れした身体は地元で散々奇異の目にさらされてきました、だけど、月日が流れて地元の人間も僕の存在を見慣れてきていて、すれ違う人にジロジロ見られたり悲鳴をあげられることも少しずつ減ってきました。避けられたり揶揄われたりすることは相変わらず多くて、友達も全然いないですけど、新しい土地に行って、また一から奇人扱いを受け続けるのはちょっと辛いです」
僕が引っ越しをしたくない本当の理由を打ち明けると、愛姉さんは五秒ほど沈黙した後、僕に謝ってきた。
「そっか、確かに言われてみればそういう辛さがあるよね。今言ったこと以外にも健君がぶつかってきた辛さっていっぱいあるよね。私がもっと早く動けていればそんな苦労を減らせたのかな、ごめんね健君」
「早く動けていれば? それってどういうことですか?」
「あ、ごめん、今の言葉は気にしないで。それで話を戻すけど、新しい土地でまた一から自分の存在を認知されるのが恐いって悩みだけど、確かにそういう扱いを全く受けないようにするのは難しいと思う……だけど、かなり減らす事なら可能だよ、少なくとも訳有栖高校ならね」
僕の問いかけに対して愛姉さんが言葉を濁したことが気になったけど、それ以上に訳有栖高校の持ち上げ具合の方が気に掛かり、疑いの念を持ってしまった。
それはやっぱり過去に色々な扱いを受けたから、そう簡単に物事が上手くいくわけがないと思えてしまうからだ。
昔の事で言えば、普段人目を恐れて全然外に出ない僕がどうしてもスキーがしたくて、夜にこっそり雪山でスキーをした時には
『雪山にビッグフット出現!』
と新聞に僕の後ろ姿が載ってしまったり、体育祭や球技大会では僕を利用したいグループと僕の存在はレギュレーション違反だと騒ぐグループで激しい対立が起きたりと、僕が居る事でいつも周りが騒がしくなる。
そんな僕が今よりずっと目立たなくなるなんて絶対あり得ない。そう思いつつも、せっかく愛姉さんはわざわざ時間を作って電話をかけてきてくれたわけだし、一応理由を尋ねることにした。
「正直、化け物扱いされている僕が普通に近い扱いをされるなんて難しいと思うんですけど、どうして訳有栖高校なら可能だと言えるんですか?」
「君と同じぐらい個性的な人ばかりだからだよ、生徒も先生もね」
「へっ?」
思いもしない答えに僕はつい変な声を出してしまった。愛姉さんは続けて理由を述べた。
「見た目だけで言えば、やっぱり健君が飛び抜けているかもしれないけど、いわゆるテレビとかで出てくるような超人的な生徒が毎年そこそこ入学してくるの。といってもテレビはほとんどヤラセだったりするけどね。でも訳有栖高校には本物が集うの。そして、そんな個性的な生徒を導く先生達も普通じゃない人が多いの。私立高校だからある程度独自ルールが効く面もあるし、きっと今より楽しい生活をおくれると私が保証してあげる」
正直言葉だけじゃよく分からないけど、もし愛姉さんの言っていることが本当だとしたら、僕が霞むぐらいに凄い人達がいっぱいいて、相対的に僕を目立たなくさせることが出来るかもしれない。
反面ヤバい人達ばかりに囲まれて僕のメンタルがやられちゃう可能性だってあるけれど。入学してくる生徒一人一人の細かいところまで愛姉さんが理解しているとは思えないし。色々な考えがよぎった僕は愛姉さんに少しだけ考えさせてくださいと言った。
「オッケー、じっくりゆっくり考えてね、入学願書を出すまでには、まだ時間もあるからね。それじゃあまたね健君」
そう言って愛姉さんは通話を切った。僕は手よりずっと小さい受話器を元の場所に戻し、自分の部屋に帰ってからもずっとどうすればいいのか考えていた。
僕の様な特異体質の人は世界に一人もいないのだろうか? そんな事をいつも考えては『居るはずがないだろう』――と自身の考えを否定する……そんな毎日に終わりがくるなんて。期待と不安が入り混じったドキドキを久しぶりに感じていた。
色々考えてはみたものの、結局のところ僕一人で決められる問題でもないし、お爺ちゃんとお婆ちゃんが帰ってきてから話し合うことにしようと決めた僕は、趣味の一つであるアニメ絵のお絵描きを始めた。
この身体故に自然とインドア趣味が増えていくことになって、気が付けば一人の時間はいつも絵を描くか、漫画・小説・アニメ・ゲームに触れていて、所謂オタク趣味に傾倒していた。
夕方になりお爺ちゃんとお婆ちゃんが帰宅して、いつものように晩御飯を一緒に食べている時に訳有栖高校の話を振ってみた。
「二人に相談したいことがあるんだけど」
「高校の事じゃろ?」
お爺ちゃんは察していたようで、戸棚から入学案内を取り出すと机の上に広げた。
「わしも婆さんも訳有栖高校に入るのは賛成じゃよ、健の両親だって訳有栖高校で文武両道の楽しい青春を過ごせていたし、新しい環境で過ごしてみる事も健にとって良い社会勉強になるじゃろ」
「お父さんもお母さんも訳有栖高校だったんだ、ますます興味が湧いてきたかも。でも、やっぱり不安な気持ちが強いんだけどね、ははは」
苦笑いをしてしまった僕を見て、お婆ちゃんは押し入れの中からアルバムを取り出して写真を指さしながら僕に言った。
「ほら見てごらん、若い頃の健ちゃんのお母さんだよ。普段はクールだったあの子が、写真の中ではこんなにも笑っているでしょ? きっと高校生活に満足していたと思うわ。だから健ちゃんもきっと大丈夫よ。それに、もし新しい環境が健ちゃんに合わなくて辛かったら、いつでもこの家に戻ってくればいいのよ。すぐに地元の高校へ転校することになって戻ってきたっていいんだから」
「そうなったら流石に申し訳なさすぎるよ」
「そんな事ないわよ、挑戦してみた結果、辛すぎることがあって逃げちゃうのは何も悪い事じゃないわ。むしろ逃げですらないわ。現状を変えたくて新しい事に挑戦するのは素晴らしい事だし、上手くいかなくてもきっと経験になって財産になるわ。それに何かあったとしても安心して帰ってこられる場所として、お爺ちゃんとお婆ちゃんとこの家があるんじゃない、大船に乗ったつもりで頑張ってらっしゃい」
僕はお婆ちゃんが『辛かったら逃げればいい』『挑むことに意味がある』『何かあっても帰れる場所がある』と言ってくれた事で、まるで新しい考え方を手に入れたような、明るい未来のチケットを手に入れたような、不思議な高揚感に包まれていた。
八杯目のおかわりを唐揚げと一緒に胃へ掻き込んだ僕は「散歩してくるね!」と言って玄関へと向かった。玄関まで着いてきたお婆ちゃんが物珍しそうな表情で僕に声を掛けた。
「いつも人目に触れたくないって外に出ない健ちゃんが珍しいわね、外は暗いから車に気を付けてね」
お婆ちゃんの言う通り、僕が自分の意思で散歩をする確率なんて皆無に等しい、それでも散歩をしたくなったのはきっと新生活を決意できたことによる高揚感からだろう。
僕は人生で初めてウキウキな気分を携えた状態で玄関を出ていった。いつもよりも明るく見える夜道を車に気を付けながら早歩きで進んだ。
ここら辺は街灯が少ないから車との接触事故が意外と多く、本当に気を付けないと僕とぶつかった車の方が危ないからだ。
歩を進め、川に辿り着いた僕は、ワクワク気分をそのままに小石を手に取り水切りにトライした。
「一回、二回、三回………………九十八回、九十九回、百回! 丁度百回だ、縁起がいいなぁ!」
キリの良い数で水切りが終わり、土手に寝ころんだ僕は、視界にたまたま映った流れ星に願いを呟いた。
「高校生活を楽しく過ごせますように……」
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