悪魔と出会う
※少年視点です。
神殿に祈りを捧げるのは僕の日課だ。
(…でも最近はこんなことに意味なんかないんじゃないか、と思う。)
そんな事を考えていると知られたら
信心深いお母様には怒られてしまうかもしれないけれど。
「…もし神様が本当にいるなら…お母様も今頃こんなに苦しんではいないだろうし。」
お母様は病に臥せてからかなり長い。
ついにはお医者様からも「もう治る見込みはないだろう」と残酷に突き放された。
現在はお父様の領地の中でも1番静かで空気が澄んでいる《グリンヒルの別荘地》に僕と2人、療養に来てはいるが…
日に日に弱っていくお母様の姿をただ見ているしかないのは辛かった。
だからこそ
僕は毎日祈りを捧げる。
…それしか僕に出来ることがないからだ。
(少なくとも祈っている間はお母様のために何か役立っているような気持ちになれる。)
「これじゃあ僕のための祈りだよね…」
少年は肩を落としふぅっ、と小さくため息をつく。
帰り道への足取りは重い。
(きっと…僕が帰ったらまたお母様は辛いのを隠して無理して笑うんだろうな。)
どよん、と
自己嫌悪に沈んだ気持ちをなんとか切り替えようと天を仰ぐ。
…空は眩しいほどに青々しい。
(あ、やばい。綺麗すぎて泣きそう。)
空の色はお母様の瞳の色と同じ色なのだ。
しかも今日は雲ひとつない快晴…
その眼差しはいつも以上に優しく、美しかった。
(僕はお母様にもう一度、心から笑ってほしいんだ…)
…なんて感傷に浸っていると
ふと。
その美しく青々しい空には決して似つかわしくないものが僕の視界に入って来る。
「…?えっ、 えええええぇっ?」
ー嘘、でしょッ!?
涙は思わず引っ込んだ。
(いや、まさか?!)
そう。人間が空を飛んでいる。
…っ、あり得ない。
僕が知っている限り
鳥や蝙蝠と違って
人間は、空を飛ばない。
…理解不能だ。
しかも心なしかこっちに向かって…
(落ちて来るっっ、、、!?)
少年の小さな身体ではそれを受け止めることは困難だと思われた。
だが。頭で考えるよりも先に身体が動いて腕を伸ばしていた。
「っ、危ない!!!」
フワッ
(あれ?)
…吹っ飛ぶ覚悟で差し出した両腕だったが拍子抜けするほどの衝撃のなさに逆に反動ですっ転ぶ。
ドシン!!
寧ろ転んだ衝撃の方が数倍強かった。
…地味に、痛い。
「うーん」とそのまま、うつ伏せになって悶えていると
頭上から透き通るように綺麗な声が降って来た。
「あの…人間の…男の子?だよね?きみ、大丈夫??」
僕はその声に顔を上げ、同時にハッと息を呑む。
この世のものとは思えないほど美しい
金髪金眼の天使のような女の子が
心配そうに僕を覗き込んでいる。
…いや、今まさに空から降って来たんだ。
間違いなく天使。
(もしかして本当は僕の祈りが届いてて
神様が使いを送ってくれた…?)
神様なんかどうせいない、ついさっきまでそう思ってたけど。
…これは現実?それとも夢?
僕は何も言えずにただただ呆然とその神秘的な少女を見つめた。
彼女もまたキョトンとした顔で僕を見つめる。
その視線に頬がだんだんと紅潮していくのが分かった。
(…息が、できない。)
「…天使さま、ですか?」
僕はようやく絞り出した声で恥ずかしげもなくまっすぐにそう尋ねた。
彼女は何も答えはしなかったが、暫くするとふんわりと花のように微笑んだ。
…僕にはそれで十分だった。
(やっぱり!)
確信した僕はそのまま彼女の手をギュッと掴む。
重かった足取りが嘘のように軽くなり
そのまま足速に邸にまで彼女を引っ張って連れて帰った。
「ちょ、ちょっと待って!?一体、どこに行くのっ?」
後ろから困惑したように尋ねて来る彼女の声は
もはや僕の耳には一切入って来なかった。