悪魔は出会う
…ー忘れられない光景がある。
目の前に広がるのは
一面のお花畑
そして真っ青な海と空
そこに吹く風はいつだって穏やかで優しく
傍には私のことを誰よりも可愛がってかれる‘’人”がいた
そこが何処なのか
この記憶がいつのもなのか
私には分からない。
ノートランド領に海はないし
そもそも自由に外に出られたのも5歳までで
それ以来、空を仰いだことすらない。
(…もしかしたら夢や絵本とかで見た記憶なのかもしれないけど)
それにしてはやけにリアルだった。
そこで過ごした日々はとてもキラキラしていて
今の私の暗い日常と対比すると
まるで天国と地獄のようにも感じられた。
ー結論。多くのことは望んでない。
その記憶のようにただ穏やかにまったりと暮らしたいだけ。
******************
「さあ!!やるよ!」
腹ごなしが済んで幾らか精気を取り戻したアリエルは
気合を入れるためにやや大きな声を出した。
勿論、1人なので誰も反応してくれないのは森でも同じだが。
【瞬間移動】は【中級魔法】だ。
移動距離によってその難易度も魔力消費量も多少変わるがこの程度の【魔法】ならば使える【魔法使い】は意外と多い。
かつて魔獣達を大量召喚したアリエルにとっては朝飯前と言ってもいいだろう。
だが。
(…うまく、いくかな。)
そこはかとない不安が付き纏う。
昔はそんなこと考えたこともなかった。
【魔法】なんて息をするよりも簡単に使えたし。
今、こんなにも怯えてしまうのは
ブランクがあるからだろうか…
それともあの頃は何も考えてなさ過ぎただけ?
でも。
そもそも私ってこんな慎重な性格だったかな…
(なんかずっと変な違和感…)
たしかに【瞬間移動】も失敗例はある。
以前、本で読んだ知識ではあるけど
目的地から遥か遠くに飛ばされて帰れなくなっちゃったり
最悪のケースだと手と足を置いて胴体だけ移動しちゃったり…
ぞくっ
「ま、まぁ…慎重になった方がいいのはたしかだよね」
しかも今回の目的地に至っては私のイメージだけのふんわりとしたものだし。
バッと両手を目の前に出すと
アリエルはそこに全神経を集中させた。
「綺麗な海…綺麗な空…お花畑…穏やかな風…」
(お願い!自由にのびのび出来る場所まで私を連れて行って!!)
パァッと眩い黄金色の光に包まれ
アリエルはギュッと目を閉じる。
ーそして。
次に目を開けた時には
思い描いていたものに限りなく近い景色が目に入ってきた。
痛いくらいに青々しい海と空、そしてそれを彩る鮮やかなお花畑…
「やった!成功した!!?」
と喜んだのも束の間。
瞬時に自身の状況を把握して青ざめる。
「ーってここ、空の上じゃん!!」
(…まさかこんなミス、この私がするなんて。)
って。
いやいやいや!今はそんなことにショック受けてる場合じゃない。
このままボーッとしてたらあっという間に地面に直撃する。
そうなれば大怪我どころじゃ済まない、たぶん。
アリエルは咄嗟に両手を落下方向にぐっと伸ばし
もう一度指先に力を込めた。
「私は軽い…羽のように軽い…」
衝突時の衝撃を少しでも和らげるために
自身の体重を限りなく0に近づける【魔法】
…もう失敗は許されない。
自然と額に汗が滲む。
地面はもう、すぐそこ。
(ぶつかるっ…!!)
「危ないっ!!!」
ふと。
誰かが必死に叫ぶ声がひどく間近に聞こえた。
と、同時に【魔法】が無事にかかってフワッと浮いたのを感じる。
(なんとか…助かった…)
そのままふんわり地面に降り立ったところで
背後からドッシーン!!となかなかの衝撃音か聞こえて来た。
「えっ…?!」
慌てて振り返ると誰かが倒れているのが目に入る。
…見た感じ、私と変わらないくらいの少年だ。
(も、もしかして?!巻き込んじゃった!?)
状況から察するに空から落ちて来る私を見つけて
無謀にも受け止めようとしてくれたのでは…?
(あわわ…もし魔法が間に合ってなかったら一緒に死んでたよ…)
「あのっ、人間の…男の子だよね?きみ、大丈夫っ!?」
【人間の男の子】ですか?
なんて、確認するのは自分でも変だと思う。
…だけど私にとってこれは5年ぶりの生の【人間】との再会であり会話だったのだから多少変でも致し方ない。
少年は恐らく私を受け止め損なってバランスを崩し
そのまま地面に思いっきり倒れたんだろう。
暫く「うーん」と唸っていたけど
私の呼びかけに反応してパッと顔を上げた。
狼の毛皮のような綺麗な銀髪に
エメラルドのように煌めく碧の瞳
その面差しは予想していたよりも幾分か幼かったが
唇の形やまつ毛の細部に至るまで繊細に整っており
まるで御伽噺の中の王子様のようにすら思えた。
(うわぁ。男の子でこんな可愛い子、初めて見たよ!)
…思わずまじまじと観察し、目を輝かす。
(あ、やば。見過ぎたかな?)
そんなアリエルの心配をよそに
少年もまた無言のまま、一向に目を逸らさない。
そして漸くその端正な唇を開くと真っ直ぐアリエルの瞳を捉えたまま
「…天使様、ですか?」
と言った。
期待に満ち溢れたキラキラした眼差しで。