悪魔の婚約者
※王太子視点です。
「王太子殿下は本当にルキウス陛下と瓜二つでいらっしゃいますね。」
ーー幼い頃はそう言われる事が何よりも誇らしかった。
父の圧倒的な強さ、指導者としてのカリスマ性、そこにいるだけで空気をガラリと変えてしまう存在感…
その全てにどうしようもなく憧れた。
父と同じ漆黒の髪も瞳も自慢で。
見た目だけでなく中身だって父に少しでも近づきたいと如何なる努力も惜しまなかった。
おかげでどこに行ってもついて回る《次期国王陛下》という責務を重圧に感じたことは一度もない。
自分以外に父の跡を継げる者などいないし
この国をより良いものに出来るのもまた、自分以外にはいないという自負が大いにあった。
それを裏付けるだけの実力を身につけて来たのだから当然の思考だろう。
……しかし。
そんな思い上がりは最も簡単に打ち砕かれることとなる。
どれだけ努力を積み重ねても【本物】達は一瞬でその全てを奪い去ってしまえるという残酷な事実をあの時はまだ、知らなかった。
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「おめでとうございます。この度、殿下のご婚約者様が正式に内定したとのことです。」
国王陛下の側近から唐突にそう告げられて
俺は思わず固まった。
今のところ【次期国王】である自身の結婚に自由な選択などある筈もないことは重々承知しているが
ここまでなんの前触れもなく決まるものかと正直困惑する。
「……ふーん。それで、相手は?」
態度はあくまで冷静を装うが内心は複雑なものだ。
国内の権力封じか、将又外国との政治的取引か。
最低限の礼儀として名前ぐらいは、と尋ねてはみたものの国益だけを追求した結婚相手に興味などまるで抱けなかった。
「はい。アリエル・ノートランド伯爵令嬢様、でございます。」
「………はぁ?」
しかしながら耳を疑いたくなるほど予想外の名前に動揺が隠しきれなくなる。
窓の外を退屈に眺めていた視線が急速に側近へと向かう。
アリエル・ノートランド
伯爵令嬢…といえば聞こえは悪くないが
とにかく彼女は普通の貴族令嬢ではない。
ーー罪人だ。
たしか二つ名が【ノートランドの悪魔】…ではなかったか?
そもそも2年前から行方不明で指名手配中だったはず。
この際、罪人云々は置いておくにしても
所在の知れない花嫁を果たしてどうやって娶れ、というのか。
「……ありえねー」
「殿下、そのようなお言葉違いは如何なものかと。」
「相手が誰であろうと俺に拒否権など存在しないことは勿論分かっているさ…だがその相手が不在なんだぞ?こんなもの最初から成立し得ないだろう!」
心底俺を馬鹿にしているのか?と嘆きたくなる。
「ルキウス陛下は既に御令嬢の居場所にお心当たりがあるようです。
それに殿下と同じく彼女にもまた拒否権など存在しません。ご安心下さい。」
「ハッ、…居場所に心当たり?つまりはまだ見つかってすらいないと言うことじゃないか。
相手はこの件を了承するどころか知りもしない…なのに拒否権もないだと?笑わせる。
大体にして最悪野垂れ死んでいるかもしれない者と婚約しろなどどうかしているだろ…」
「とにかく殿下がどの様にお考えであろうと、この件はもうルキウス陛下とノートランド伯爵様との間で決定した事でございますから。」
…流石は国王陛下の側近だけある。話がまったく通じない。
「…もういい。下がってくれ。俺が陛下に直接話をしに行こう。」
「陛下は公務でお忙しい身です。そのような時間はありません。」
「………。聞こえなかったのか?さっさと下がれ!!」
ギロリ、と睨みつけたところでようやく側近も俺の怒りを察したのかそそくさと部屋を後にした。
それを完全に見送ったところで1人頭を抱えて深い深いため息を吐く。
(冗談じゃない)
ある意味【脅威】は味方につければ最強だ。
陛下は【ノートランドの悪魔】を利用して自国はおろか近隣諸国までも徹底的に力で支配するつもりなのかもしれない。
しかし、幾ら十分な利用価値があるとて罪人と王族が婚約するなど前代未聞の話…
国内外問わず大きな批判が上がる事は避けようもない。
(そのリスクを取ってまで強行するということは…)
この軟弱な愚息の末路を大層心配して下さっていると言う事だろう。
「…くっ、ははは。まったく、本当に馬鹿にしてくれるよな」
かつては獰猛な獣の様に恐ろしく、慄然とする程に屈強に見えた”父”もその皮を剥がしてみれば普通の人間に過ぎなかった。
陛下はただどうしようも無く怯えているのだ。
【白銀の狼】に築き上げた全てを奪われてしまうことを。
「それにしても…アリエル・ノートランドか」
陛下のくだらない私怨に付き合わされる前になんとかしてやらないと、な。
………まぁ、生きていればの話だが。