そして、悪魔と少年は。-後編-
全身を巡る魔力回路を無理やり全部こじ開けてー…
限界まで精度と純度を高めた強力な【魔力】を
今度は硝子玉でも扱うかのように丁寧かつ、繊細に操る。
…そんな行為が小一時間も続けば
集中力も神経も容赦なしにすり減っていく。
もはや意識を保つ事すら心許ないところだが
確実に手応えを感じ、ギリギリのところで持ち堪える。
事実、雁字搦めだった【呪い】の鎖は徐々にバラバラと解け始めていた。
「あと…すこしっ…!!」
それは漸く終わりが見えた、と安堵した瞬間の出来事ー…
突然、静電気のようなものが頭の中でバチンッ!と弾ける音がして視界がふっと塞がれた。
『残念だけどこの【魔力】はお前には絶対に使いこなせないよ。』
嘲笑うように誰かがそう、耳元で囁いた。
(ー誰?)
薄れていく意識の中、懸命に記憶を手繰り寄せるがその声の主に心当たりはない。
(…っ、そんなことより今はまだ…だめっ)
はっ、と我を取り戻し僅かな気力でなんとか解呪を進めようと捥がく。
もうそこからは訳がわからなかった。
「アリエルさん!?」
私を呼ぶセレーナ様の叫びがハッキリと聞こえたのを最後に
全身の力が抜け私の意識は完全に途絶えたー…
******************
「…と、言うわけで。神様が本当にいるならとりあえず2、3発は殴ってやりたい!て思うんだよねぇ〜!」
「〜…っここでそのように不謹慎な事を仰るのはお控えくださいっ!!」
あれからあっという間にもう10日ー…
ーその10日の間ずっと意識不明で寝たきりだったらしい私は一時は命の危機すらあった、と説明されたが全くもってその実感はない。
寧ろ十分過ぎる睡眠のおかげで身体は頗る軽くなり頭は冴え渡っていると感じる程だ。
(…まぁ。目が覚めた時にランカストル家のお邸ではなくこの神殿にいた事には驚いたけど。)
どうやら【呪い】との死闘のうえ、
私は魔力暴走してぶっ倒れてしまったらしい。
…あの後のことは全く記憶にない。
目覚めた当初は状況も呑み込めず思わず取り乱したが、
神殿に私を連れてきてくれたのがセレーナ様だ、と聞いて少しばかり気が楽になった。
(とりあえず…殺人者になる未来は避けられて良かったよ…!)
「宜しいですか?神は常に貴方のことを見守ってくださっているのです。
ここにいらっしゃった時の状況を考えれば…神に感謝こそすれどその様な発言はいけませんよ。悔い改めなさい。」
目の前でつらつらと説教をかましているのは
この神殿の司祭・アバリス。
セレーナ様から頼まれて私の身元を引き受けてくれたらしい。
見たところまだ年若いのに冗談が通じなくて頭が固すぎるところが偶に傷…
でもまぁ…この数日間私を献身的に介抱してくれていたみたいだからそこは感謝しないとね。
「はーい。ごめんなさーい」
アバリスは私の態度に何やら不満があるようで
それをぐっと堪えているのが見て取れた。
(小娘相手に本気で怒るのは大人気ない、とでも思っているのかもね。ほんっっと真面目な人だよ…)
「コホン…っとにかく!セレーナ様からは暫くはここで療養させるように、と申しつけられていますから。
神殿内でなら安全ですので自由にお過ごしくださって結構です。」
ーそう。この神殿はかなり特殊な場所らしい。
【コルラッド神殿】
…名前の通り、コルラッドという神様を祀っているこの神殿はその加護により外部からの干渉を一切受け付けない。
つまり外界から閉鎖された極めて排他的な場所ということ。
まずこの神殿の存在を知っている者自体非常に限られており、
現在は神・コルラッドの代理人であるアバリスに許可を受けた者以外は立ち入ることすら赦されない。
本来ならば開放的であるべき神殿という場所なのに
これは実に珍しいことだ…
(…うーん。でも私みたいに大して信仰心もない小娘にも許可が出るんだから案外誰でも入れるのかな?)
少なくとも神殿の中にいれば私の持つ【強力な魔力】も外部から察知することは出来ないようだ。
場合によっては私の両親も
…ーー国王陛下も。
私のことをありとあらゆる手段を講じて探すかもしれないからこの環境は正直有難い。
しかも神殿という場所では基本的に王権は不可侵ー…
自身の身を守るのにこれほど最適な場所はないと言える。
(暫く…どころかずっと居たいかもしれない)
…いや、いやいやいや。
それじゃあ塔の中に閉じ込められてた頃と状況はあんまり変わらないんじゃ…
「結局振り出しかぁ〜…」
いつまで居ていいのかもわからないし。
「……?何が振り出しなのかは存じ上げませんけど
神はこれからの貴方のことも受け入れてくださいますよ。」
「え〜〜っ本当かなぁ?今までも大して受け入れられてないような気がするんだけど」
私のその言葉がアバリスの眉間に2本の縦筋を入れる。
「はぁ〜…それだけ神のご加護を受けておきながら何を仰っているんですか、まったく。」
…神の加護?私が?こんなにリスキーな人生なのに?
神様に仕えている人の言うことはよく分かんないな。
「…まぁ、それはいいや!ところでセレーナ様やランディにはいつ会えるかなぁ?」
「お会いできませんよ。昨晩貴方の容体が快方に向かっているのを確認したのち、急いで本邸に戻られましたから。」
「…え?」
助けてやったのに、とは別に言わないけどさ
何も言わずに消えちゃうなんて2人ともちょっと薄情すぎやしない??
…てゆーかあんだけ立派なお邸があるのに本邸は別にあるんかいっ!?
「…私も事情をすべて把握している訳ではありませんが、貴方のことを想っての行動だと思いますよ。」
明らかに不貞腐れた顔の私にアバリスはそう声をかけてくれた。
「セレーナ様はとても貴方の身を案じられていましたから。
自分のせいだ、と何度も何度も懺悔して…
だからあまり責めないであげて下さい。
きっと私に貴方を託したことには事情があるのですから。」
「……うん、そうだね。」
私は曖昧に微笑んだ。
(そんなこと…わかってる)
…おそらく。
この一連の出来事は成功を収めた、と言っていいのかもしれない。
けれど私の中では何ともスッキリしない幕引きだ。
約束を果たしたら見れると思ってたものを見逃した…それが悔しいのだろうか。
結局、セレーナ様の【呪い】がちゃんと解かれたのかもこの目で確認していない。
それに…
ランディのあのキラキラした笑顔。
…なんだかんだその為だけに随分頑張った気がする。
どうしてそこまで頑張ったのかは今となってはわからないけど。
(首を突っ込んだのは自業自得だから文句は言えない…でもこのやけにあっさりした終わり方って…)
「いや、やっぱり次会ったら文句は言う!絶対言う!!」
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……ーこうして
悪魔と少年の出会いと別れはまるで夏の嵐の如く激しく、瞬く間に過ぎ去って行った。
その内またすぐに会えるだろう、というアリエルの安易な考えは外れ
再び2人が巡り合う日は随分と先の話となる。
そしてその時、
彼女たちの運命がまた大きく動くことはー…
まだ誰も知らない。
➖第一章 完➖