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ノートランドの悪魔  作者: 春夏秋冬
第一章 悪魔と少年
12/21

悪魔は決起する

-その夜はとても静かな夜だった。


皆が寝静まったあとの邸内には蝋燭の灯り一つもなく、

唯一照らすのは窓から差し込む月明かりのみ。


昼間の暖かな雰囲気は一変し

寒くはないのにどこか冷んやりとした空気を纏っている。


あまりにもシン、としているからなのか

遠くで鳴く鳥の声がやけに近くで聞こえるような気がした。


(…静か過ぎてなんだか緊張してきたんだけど!!)


「僕、こんな遅くまで起きていたのって初めてです!」


切羽詰まり気味のアリエルとは反対にランディは呑気にもこの一夜限りの冒険を楽しんでいる様子だ。


「しーっ!!もうちょっと声量抑えて!バレたら2人とも絶対叱られるよ!!」


「あ…すみません…」


公爵夫人の部屋まで細心の注意を払って抜き足差し足忍び寄る。


-まるでコソ泥だ。


最初は【魔法】を使って移動することも考えたが

少しの【魔力】の消費も惜しいと思ってやめた。


ランディをお供させているのは誰かに見つかった時に如何様にも言い訳が出来るから。

つまり()()()


正体不詳の子供が真夜中に邸内を1人でうろついてるよりは2人一緒の方が幾らかマシだろう。


「ランディ。お母さんのお部屋に着いたら誰も入ってこない様に君は扉の前で見張っておいて。

もし誰かに気づかれたら扉を2回ノックして知らせるんだよ?わかった?」


「はい!」


(…出来れば誰にも気づかれないといいんだけど。)


公爵夫人の【呪い】を解くのにはおそらくそれなりの時間がかかる。

その間に集中力が途切れる様なことが起こると

一体どうなるのかはアリエルにも想像がつかない。


…と、いうよりあまり想像したくない、というのが正しいかもしれない。


(どっちにしろ今考えることじゃないのは確かだね…)


大理石の廊下はちょっとでも油断すると足音が響きそうで怖い。

靴を履いて歩く勇気はなくて裸足だからか冷たい床の感触がまるで氷の上を歩いているみたいでゾクッとする。


-なんだかそれが今から私がやることを拒絶しているようにも思えて心地が悪かった。


『ゴーン ゴーン ゴーン…』


突然の大きな音にビクッと体が跳ねる。


「大時計が0時を知らせる鐘ですね…」


(しっ、心臓が止まるかと思ったあああ!!)


そう言えばエントランスの中央に無駄に立派で大きな時計があったっけ?


「真夜中とお昼の12時にだけ鳴るんです。」


…なんて間の悪い。


「でもそっか…もう0時なんだね…」


ランディの話では夫人は身体のこともあって

あまり遅くまで起きていることは無いそうだ。


この時間帯であればもう眠りも深くなっている可能性が高いだろう。

頃合い(タイミング)としてはちょうどいい筈だ。


…出来れば寝ている間に全てを終わらせてしまいたい。


(念のために部屋へ入ったら夫人の眠りを更に深くする【睡眠魔法】をかけて…)


-そうこう考えている内に足は気づけば南廊下の突き当たりに差し掛かっていた。

部屋を堅く閉ざす扉は夜になるとより一層存在感があるように見えて思わず圧倒される。


アリエルはゴクリと固唾を呑んだ。


(ここまで誰にも見つからずに来れたのは幸か不幸か…)


「今、扉の鍵を開けますねっ!」


流石のランディも先刻(さっき)までの気楽さはいつの間にかどこかに消えたようだ。

緊張しているのか鍵を持つ指先が少し震えている。


(きっとお母さんのことを考えて胸がいっぱいなんだね…)


思わずアリエルの胸も熱くなった。


(…うん!…絶対成功させよう!!)


鍵が開く。

と同時にアリエルはするり、とランディの前に立ち

全ての不安を吹き飛ばすかのように笑んだ。


「…じゃ、行ってくるね!」


ランディは静かに…そして力強く頷く。


「どうか…どうかお母様をお願いします。天使さま…」


******************


(…思った程は、暗くない)


魔王の根城にでも来たような気持ちでいたが

部屋の様子は昼間と()して変わらなかった。


ただ、天蓋付きベッドのカーテンはキッチリと下がり切っていて

公爵夫人が今どのような状況なのかこちらからはまったく窺い知れない。


(…でも衣摺れの音一つしないって事はぐっすり寝ている証拠だよね?)


絨毯が敷き詰められている床は先程よりは多少気楽に歩ける。

一歩一歩近づく度に心拍数は痛いくらいに上がったが

自分でも意外なほどに冷静だ。


(なんだか今夜はいつもより【魔力】が漲っている気がする…)


【魔法】を使おうとする度にストッパーのように付き纏う原因不明の不安…

それは今も確かにある。

それなのに…今夜に限っては成し遂げられる、という確信の方が勝った。


(ランディに変なスイッチ押されたのかな)


【天使】だと囃し立てられて調子に乗った訳じゃないけれど。


5年間意味のない時間をただ無為に過ごして来た私にとって

この出来事はすごく意味があることのように思えるのだ。


(私がここにいる、意味。)


失敗するイメージは不思議と湧かなくなっていた。

…信じてくれる人がいると人はここまで強くなれるものなのだろうか。


ベッドに近づき改めて呼吸を整える。

ー気合は十分だ。

(…よしッ!!)


カーテンを捲ろうと手をかける。


…と。


「やっぱり来てしまったのね…私の勘違いであって欲しかったのに。」


薄い布一枚越しに公爵夫人のため息混じりの声が聞こえる。

寝言にしては随分ハッキリとした口調だ。


(え…嘘?起きてる!?まずい!と、とりあえず【催眠魔法】を…)


そう思った刹那ー…カーテンがバッと開いた。


「いらっしゃい。アンジェラさん…いえ。アリエル・ノートランド…さん?」


月光に照らされる夫人の表情は酷く哀調を帯びた笑みだった…。

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