悪魔は腹を括る
国王ルキウスは悪王ではない。
…-いや、どちらかと言えば…その逆だ。
即位後の彼は皆の予想に反して善政を敷き
シルヴァスタ王国は先代が治めていた時代より遥かに豊かな国へと成長を遂げた。
その人柄は豪快奔放でやや強引なところもあるが妙に人を惹きつける…
まさにそれは”王の器”とゆうものなのかもしれない。
…だが、それはあくまでも表面的な話。
家臣たちは皆、
「ルキウス陛下は稀代の名君だ」
などと口を揃えて彼を讃えてはいたが
その裏でルキウスの一挙手一投足に常に怯えていた。
要らないものは容赦なく切り捨て
必要なものはそれが誰のものであろうと力尽くで奪い去る…
目的のために手段を選ばない氷のような冷酷さが彼の中にはあったのだ。
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(…考えれば考えるほど【呪い】をかけたのが国王陛下なんじゃないかと思えてきた)
国王陛下なら【宮廷魔導士団】の優秀な【魔法使い】を自由に使うこともできるだろうし
【禁忌魔法】を使った罪を揉み消すことだって実に容易だろう。
(陛下が王位に即位してからもう長いし…なんで今さらここまでするのか理由はわからないけど)
たしかに未だにルキウスではなく
正妃の子セレーナこそが王に相応しい、と唱える者が一定数いることは事実だ。
(でもよっぽど本人にその気がなければ公爵夫人が女王になるなんてありえないんじゃ…)
…まぁ考えたところでその答えは当事者にしかわからないし
アリエルにとってはなんの意味もない事だ。
ただ…
もし本当に国王陛下が【呪い】をかけたのだとしたら
果たしてそれを勝手に解いて大丈夫なのか、という疑問は残る。
(たぶん…いや…
絶対大丈夫ではないだろうなぁ〜…)
…かと言って既にこの厄介な問題に首を突っ込んだ今、
引き返す道はもはやない。
「はぁあああ…っ」
アリエルは盛大にため息をついた。
「だ、大丈夫ですか?」
すかさずランディが反応する。
ずっと1人だったからそんな事ですらとても新鮮に感じられる。
…って感動してる場合でもないけど。
5年前のあの日から私の【運命】は狂い始めた。
…いや
そもそも規格外の【魔力】を持って生まれた時点で元々十分狂っているんだろう。
-難儀な人生だ。
(これまたタチが悪いのが…
知らず知らずのうちに自ら茨の道を選んで進んでる気がすることなのよね…)
それを他人は自業自得と言う。
…救いようはない。
(ま…まぁ、とにかく後戻りできないんだし?
もう馬鹿になって開き直ろう!!)
石の塔に一生幽閉され続ける人生も
実家にすら帰れず彷徨い続ける人生も
国王の逆鱗に触れて処刑される人生も
どれもそんな大差ないさ、きっと!
(平穏平和からは程遠い《不幸》と言う意味では…)
でも何より一番後味が悪いのは…
失敗してこの子のことを悲しませることだろうな-…
チラッとランディを見るとすぐにバッチリ目が遭った。
先刻からランディは一度もアリエルから目線を外していないのだからそれも当然のことなのだが。
「天使…いえ、アンジェラ様…」
母親と話していた時にはあんなに浮かれていたランディの表情は
気づけば今にも泣き出しそうだった。
「いろいろと…ごめんなさい。」
「…んっ?!」
「よく考えたら僕…アンジェラ様のお話も碌に聞かず強引にここまで連れてきてしまったので…」
(あ。その自覚はあったんだ…)
この少年も【天使】との思いがけない出会いにアドレナリンが大量分泌されて大興奮状態だったに違いない。
今更ながら自身の行動を顧みて後悔が溢れ出したのだろう。
この少年…ランディは
思い込みは激しい上に人の話は聞かないしおまけに強引…
できれば関わりたくない一番面倒なタイプの人種だけど
なんだか不思議と助けてあげたくなってしまう…
ある意味すごい才能の持ち主だ。
(顔が可愛いから?…うーん、とても純粋だからかな?)
「最終的に付いてきたのも助けるって決めたのも私なんだからそんなこと気にしないでいーんだよ?」
「ですが…何か、とても悩まれている様子だったので…」
しょぼん、とする様子はまるで捨て猫のような意地らしさだ。
「あ〜ー…」
(貴方の母親は実は病気じゃなくて呪われていて
しかもその呪いをかけたのは貴方の叔父でもある国王陛下かもしれなくて
私が安易に助けたら最悪処刑されるかもで
更に呪いを解くのもそう簡単なことじゃないから
まさに今!頭が割れそうなほど頭を悩ませていたところなんですよ〜)
…うん。そんなこと言えるわけがない⭐︎
(私が今、言えることは…)
「ランディ」
「…はい。」
「不安にさせたら申し訳ないけど…私は君が望んでるほど…”万能”じゃない、とは思う。」
2人の間に静寂が流れる。
アリエルの唐突な発言にランディも少し戸惑っているようだった。
「…でも。この力を持って生まれたことにも
今日、君と出会ったことにもちゃんと意味があるって私は信じてみたいと思うんだよね!」
「…?あの…それはどういう…」
アリエルはそのままギュッとランディの両手を強く握り締める。
「だから…大丈夫だよ。」
その時、アリエルの黄金の瞳は今日の太陽よりも眩しく輝いていた。