#1 can't allow your neglect
あらすじも文章もへたくそですが、読んでいただけると嬉しいです。評価してもらうと喜びます。
雨の強い日だった。
一寸先も見通せない程の冷たい雨霧の煙る中でユーリと・・・は出会った。
それは夢のような、・・・以外は覚えていない不確かな記憶だ。けれど、・・・は確信を持っている。彼がいつかそれを思いだしてくれると。何故なら、彼こそが自分の。
「っ!」
跳ね上がるようにしてユーリはベッドから起き上がった。
こめかみを濡らす冷や汗を拭うと、指先が恐ろしいほどに冷たくなっているのが分かる。
ーーまた、この夢か。内心で呟きながらベッドから降りる。既に十は超える程に見た自分ではない誰かの、自分との出会いの夢。内容は少しづつ違う。共通しているのは雨の中であるということと、廃都市であるということ、そして、ユーリが死にかけているということ。
何が悲しくて夢の中で死にかけている自分を見なければいけないのか。この夢のおかげで、この一か月で洗濯しなければいけないシャツの量が倍になった。
「大尉、いらっしゃいますか?」
部屋の扉がノックされる。だが、返事をするよりも早くその人物はユーリの部屋に入ってきた。
「・・・まだ返事してないけど」
ため息まじりに、侵入者をジロリと睨む。
「まあ、いいじゃないですか。まさか部屋の中でいかがわしいことをしているわけではないでしょう?」
「名誉毀損で訴えるぞ・・・まあ、いい。ちょっと待ってろ。今起きたんだ」
「そうですか・・・チッ」
「おい、上官に舌打ちしてんじゃねえよ」
反抗的な態度の女性はミレア・ニューウェイン、階級は少尉で、今年度からユーリの補佐官を務める新人だ。
彼女に部屋で待っているよう指示を出してから、朝の準備を終えて軍服に袖を通す。
白を基調とした防弾防刃性の生地に、赤と黒の刺繍で象られた蛇を貫く剣の胸章、襟元に輝くのは階級を示す一本線と位階を示す三つ星。
ヴァレディア公国対異界軍大尉ユーリ・トーラス、それが彼を指し示す肩書だ。
「さて、今日も・・・」
「失礼する!」
勢いよく開け放たれた扉に、本日二度目のため息を吐く。いつからユーリの部屋は公共の場になったのだろうか。
「おい、ついにノックすらやめたな!ここ、俺の部屋だぞ」
「すまない、緊急を要していた。手短に言うぞ、つい先程E地区に空間の歪みを観測した」
言いたいことはいくつもあるが、そのようなことを言われてしまっては何も言い返せない。喉の辺りまでせりあがってきていた言葉を飲み下して思考を切り替える。
「・・・柱は何本だ。それと出現時刻」
「三本、時間は今から3時間ほどだと推測される」
「ほとんど時間ねえじゃねえか!」
「緊急だといっただろう。では、私は研究室に戻る。報告、楽しみにしているぞ」
「あ、おい!敵のタイプは!?」
「不明だ!判明次第報告する!」
言いたいことだけ言い切ると、灰色のロングコートを翻して痩身の男性が去っていく。明らかに上官に対する態度では無いが、流石にわざわざ追いかけて文句を言うのも時間の無駄だ。事態を察して、通信機を持ってきた有能な秘書官からそれを受け取り、基地全体のスピーカーにつなげる。
「対異界軍、総員に通達する。武装して3時間後にE地区へ向かえ。「侵攻」が来たぞ」
ヴァレディア公国E地区3番街。芸術的なオブジェクトのようにも見える、純白の美しい建造物群の街並みが美しいメインストリート、普段は人通りの多いそこは、今は沈黙が聞こえてくるほどに静まり返っている。
時折鳴り響くのは噴水の噴き出す水の音と、物珍しさに集まった渡り鳥の鳴き声のみ、いつもの喧騒を知る者からすれば信じられない光景だ。
「本当に・・・みんな避難したんですね」
ぽつりと呟く。すると、隣で武器の確認調整をしていたユーリが尋ねてきた。
「避難区域を見るのは初めてか?」
「ええ、まあ。私の住んでいたA地区では「侵攻」が起こりませんでしたから」
「そうか、一応、参考までに聞くが、「侵攻」についての知識は?」
「・・・すいません、殆ど」
ミレアは今年、対異界軍に編入されるということで「侵攻」に関するデータを探した。だが、その殆どが閲覧不可とされていた。編入されてからは、業務に忙殺されてデータを探している暇などなかったのだが、それは言い訳だろう。
自分の仕事に対する意識が足りていなかった、自分を許せなくて声に力が籠る。
「そんな顔して謝んなって、別に気にしてねえから。実際、俺もちょっと認識が甘かったしな。まさか、こんなに早く「侵攻」が来るとは思っていなかったんだ」
「早く「侵攻」?」
「ああ、ちょうど少し時間が余っているし、軽くレクチャーしてやるよ」
得意そうなユーリに反抗心が首をもたげそうになるが、そんな子供っぽいことをしている場合ではないと自らを律して話の続きを促す。
「「侵攻」ってのは、この世界とは別の世界ーー「異界」と呼ばれるところからの、この世界に対する攻撃だ」
「異界、ですか?」
「ああ、とは言っても俺達からは干渉も、観測もできないけどな。実際にあるかはわからんが、これまでの「侵攻」から得られたデータから、あるんじゃないかと推測されている、そんな存在だ」
胡散臭い、そんな感想が口を突いて出そうになる。我慢するが、怪訝そうな表情は見られてしまったらしく、ユーリが苦笑いする。
「ま、信じられんよな。実際、俺もよくは分からねえし、ここまでは俺達に大きく関係があるわけじゃない。重要なのは、どうすれば「侵攻」を退けられるのか、だ」
「・・・柱を、壊せばいいんですよね?」
「・・そうだ」
僅かにユーリが言葉に詰まる。
ミレアが知っている唯一の情報、それはわずかながらも、彼の意表を突くことに成功したらしい。
「異界の「侵攻」は柱がなければ続けられない。俺たちの仕事はシンプルだ。攻め込んでくる連中から町を守りながら、出現した柱を破壊する・・・」
言いながら、ユーリが空を眺める。
つられて彼と同じ方を見れば、そこにあるのは中天に浮かぶ太陽と薄雲の漂う青空がある。そして、それらが陽炎のように揺らめく。
「そろそろだな」
隣に立つユーリが呟いた次の瞬間、まるで霧が晴れるかのように巨大な白亜の柱が出現した。否、出現したというよりも、最初からそこに鎮座されていたとでも言うべきだろうか。
「少尉、俺から離れるなよ?ここは既に戦場だ。半径15m以外を守ってやれる自信がない」
「っ、舐めないで下さい。自分の身は自分で守れます」
「期待しておこう」
ミレアの学院での戦闘訓練成績は上から四番目だ。人相手とはいえ、実戦訓練も相応に積んでいる。
ーー落ち着いて戦えば、問題無い。
そう考えてしまった瞬間を、張り詰めすぎた気の緩みがほんの僅かに緩んだ瞬間をこの世界は許さない。
「ッ!」
背後の僅かな物音に、咄嗟に振り向く。その次の瞬間、更にその背後、つまりはほんのコンマ数秒前まで彼女の向いていた方向で金属音が響いた。
もう一度振り返ると、目の前にユーリの刀の腹があった。
どうやら、自分は狙撃されたらしい、どこか他人事のように考える。足元に転がる弾丸が、先ほどの金属音の正体だろう。
「緊張し過ぎだ。一回深呼吸をしてみろ」
「っ、はい・・・」
ユーリの言葉に大きく息を吸い込み、吐き出す。
心臓の音が煩かった。今、ユーリに守っていて貰わなければ死んでいたという事実が、今更ながらに恐怖となって身体を蝕む。
「少尉、俺達にはいくつもの感覚がある」
「?」
「お前は目に頼り過ぎだ。耳も、肌も、目と同じくらいに情報を俺達にくれる、その事が意識できるようになって、ようやく一人前と言える」
アドバイスをくれたのだ、と理解するまでに数秒かかる。言葉足らず、とは言えない。数刻前にユーリが言った通り、ここは戦場なのだ。無駄話をしている暇は無い。
「さて、じゃあまずは周囲の状況を確認してみろ」
「はい!」
ミレア達の装備は人の機能を拡張する事が出来る。
先程の僅かな物音に過剰に反応してしまったのは、装備によって聴覚を強化してしまっていたためだ。
しかし、当然ながらその事はデメリットばかりでは無い。
強化された視覚は、音速の銃弾程度ならば見切る事ができ、聴覚は個人の足音を聞き分ける事すら可能になる。
そして、それらを正しく使えば、僅かな身動ぎの音や人がいる事で生まれる空気の淀みや揺らぎすらも知覚、周囲の状況を完全に把握する事が出来る。
「その建物の影に二人、あちらには一人います」
「正解だ。いいか?状況把握を常に怠るな、「侵攻」が始まった時点で敵は至る所に潜んでいる」
「はい」
「俺が二人を仕留める。少尉は一人を」
小声で話し合い、弾けるようにして飛び出す。
だが、残り10m程でこちらの接近に気付いた敵も迎撃態勢に入る。そして、敵の周囲に浮かぶ幾何学模様が輝いた瞬間、光弾がミレアへと襲い掛かってきた。
見た事も無い攻撃だが、銃弾よりも遅い攻撃に態々当たってやる必要も無い。
強化された感覚により、それら全てを余裕を持って回避、残り8mを一歩の踏み込みで潰す。
「何!?」
驚愕の表情を浮かべたのは、こちらの世界とさして変わらぬ男性だった。脳内に浮かんだ、小さくは無い動揺を押し殺して剣を振り抜く。
「ハァ!」
レイピアにも似た、細身の剣による一閃。
胴体を真っ二つにされた男性の上半身が地面に落ち、残された胴体から血が溢れ出す。
「これは・・・」
「「侵攻」の敵は、こことは違う世界の存在だ」
「大尉・・・」
いつの間にか背後に来ていた上官の声に振り返る。
「そりゃあ、人に似た生命体もいるだろうさ」
「・・・大尉、気を使って貰わなくても結構です。彼らは人間でしょう?」
人殺しの罪を背負う事は軍に従ずると決めた時から、覚悟していた。
だが、彼は首を横に振る。
「いや、人じゃ無い。彼らは確実に俺達とは違う。少尉も見た筈だ」
言われて思い出すのは、先程の光弾だ。男性は銃のようなものは持っていなかった。
「技術なのか、おとぎ話に出てくるような魔法なのか。まあ、俺らは「魔法」と呼称しているが・・・奴らは俺達には出来ない事が出来る」
そういう問題なのだろうか?あの男性は会話すらなかったが、見た目も、反応も、自分の知っている人間と大きな差は無かった、ように思える。
そんなミレアの考えを見抜き、その上でユーリはーー。
「ま、奴らが人かどうかを考えるのは「侵攻」を撃退してからでいい・・・どういう存在であれ、奴らは俺らの敵だ」
冷酷に、そう締め括った。