「昼休みに屋上へ来てください。大事な話があります」机の中にあった紙を見つけたのは放課後でした。
「嘘、だろ……?」
誰も居ない放課後の2年F組。委員会を終え自分の鞄を取りに来た 青木 拓馬 は呆然としていた。
忘れ物が無かったか自分の机の中に手を突っ込んだところ、奥の方にある「青木くんへ」と書かれた4つ折りの紙を見つけたのだ。
「昼休みに屋上へ来てください。大事な話があります」
なんだろうと思い紙を開くと、綺麗な文字でそんな事が書かれている。
「これって……告白、されるやつだよな……」
もし男子高校生が初めて女の子から手紙を貰ったら、どんな反応をするだろうか。
普通は驚き、あるいは少し困惑してから喜ぶだろう。もしくはまずイタズラを疑うかもしれない。
拓馬の場合は、驚き、困惑し、そして後悔していた。喜びもわずかに混ざっているが微々たるものだ。
今は放課後。紙に書かれた昼休みをとっくに過ぎている。
おそらくこれを書いた本人は拓馬が屋上に昼休み来なかったと捉えただろう。
なぜもっと早くに気付かなかったのか、5時間前の自分をぶん殴りたくなった。机の奥をちょっと覗くだけで楽しいリア充ライフが待っていたかもしれないのに……。
拓馬はこの女子らしい綺麗な文字にイタズラを疑うことは無く、ひたすら自責の念に駆られる。
とにかく、なんとかこれを書いた女子を見つけて気付かなかったことを謝りたい。それにどんな子がこれを書いたのか……。超可愛かったり……?
落ち着け自分。
今は妄想なんてしている場合じゃないと自分に言い聞かせた拓馬は、無意識に屋上へとダッシュで向かった。とてもこのまま何もせず諦める事なんて出来ない。
はぁ。はぁ。早く。もっと早く。
普段使わない筋肉に鞭を入れ、汗だくになりながらも猛スピードで階段を駆け上がる。
ガチャリ。
「はぁ。はぁ。……やっぱり、そう、だよな……」
猛ダッシュで息を弾ませながら扉を開いた拓馬は、案の定誰も居ない屋上を見てため息をついた。
もはや息が切れているのかため息が出ているのか分からない状態になっている。
心のどこかで、屋上へ行けば手紙を書いた女子が待っているかもしれないという都合の良い展開を期待していたが、その期待も消え失せた。
もっとも、ここがそんなに都合の良い世界であったのなら、今まで拓馬に彼女の1人も出来たことが無いのはおかしい話なのだが。
「……寒っ」
しばらく呆然と立ち尽くしていた汗だくの拓馬に強い風が吹き付け、拓馬の心をより一層虚しくさせる。
「……帰るか」
明日探せばいい。出来ることはやった。となんとか自分に言い聞かせ、とぼとぼと元来た道を戻った拓馬は力無く鞄を肩にかける。
グラウンドからの運動部の掛け声だけが聞こえる階段を降り、誰も居ない廊下を歩いた。
◇
それから何分経っただろうか。あまりに歩幅が小さかったため下駄箱へ到達するまでえらく時間がかかり、あんなに汗だくだったのがすっかり乾いている。
全く神様も酷いもんだよな。こんな事自分にとっちゃ一生に1度あるか無いかってくらいの奇跡なのに……。
あまりのショックに神を呪いながら靴を履き替えていると、不意に後ろから声をかけられた。
「あの! 青木くん!」
普段なら驚いていただろうが、なにせ今はそんな気力すらないので拓馬の体はピクリとも動かなかった。
そのままゆっくりと後ろを振り返ると、同じクラスの女子、冴木さんが立っている。
短い茶髪で見た人を魅了する笑顔を放ち、男子から(もちろん拓馬からも)人気が高いのだが、今はその面影は無くどこか暗い顔をしていた。
彼女とは家が近所で時々見かけることはあるが、まともに向かい合ったのはこれが初めてだ。
「なに?」
今は精神衛生上、なるべく早く切り上げて帰りたい拓馬は無意識に不機嫌そうな返事をしてしまった。
「あ、ごめん。どうしたの? 冴木さん」
八つ当たりはいけないと今出来る中で最高の愛想笑いを浮かべる拓馬。
変に思われてはいないと思う。多分。
「えっと……」
しかし彼女はモジモジとうつむいたまま動かない。
告白でもすんのかな。ハハッ。ハハハッ。
でも流石に今更そんな事は期待しな……
「青木くん! あの手紙、見て、くれた……?」
え……。
本当に拓馬の頭の中は「え」の1文字だけだ。
彼女の声はデクレッシェンドの要領で徐々に小さくなったが、確かに今「あの手紙」と言った。
十中八九。いやそれ以上の確率で机の中の手紙の事だろう。
神様、悪く言ってごめんなさい! そしてありがとう!
手のひら返しとはこの事だろう。だが拓馬にとって今はそんな事どうでもよかった。
目の前に現れた手紙の女子。これで晴れてリア充の仲間入り……?
「あれ冴木さんだったの? ほんとにごめん!」
一気に気持ちが明るくなった拓馬は目的である「手紙に気付かなかった事への謝罪」をした。
すると冴木さんの顔はなぜかみるみるうちに真っ赤になり、今にも涙が溢れ出てきそうな状態になる。
え? なんで? どうしたの?
「そう、だよね。屋上に来てないってことはそういう事だもんね……。こっちこそごめんね。」
なんとか涙を堪えながら小さな声でそう言った冴木さんは、すぐさま走り去ってしまった。
え……。
肩から鞄がズレ落ちたが、しばらくの間拓馬は呆然として動けなかった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。