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古王国として知られている極めて広大な領域、ルシア王国は、アリソン大陸の最北端に位置している寒冷山地帯である。古の時代よりここは妖精種と人間種文明の古里であったが、アルミナ時代からロマンサダ時代初期までの間に、種類豊富のるつぼとなったのだ。
ルシア王国は7つの地域に分かれている。アレンガーは山がちな地域である。山々や洞窟に囲まれるため、ルシア地方の首都であるロランド帝国の天然の要塞となったが、どうも北部の海岸沿いの洞窟は密貿易集団の隠れ家ともなっているらしい。アメシテアは霧に包まれている不気味な場所だ。アマシテア大河が色んな経路を経て幽霊海に注ぎ込むところ、アマツ・レールウェーとして知られている。
アリマンは最古入植地域のひとつであり、ルシアの最北端に位置し、常に雪に覆われている相当厳しい地域である。尚且つ、北部には幽霊海という有名な海が流れている。噂によって幽霊海は他の海より深いので、生きることに飽きた者は自殺をする為にここに来るらしい。所謂、自殺の名所だ。
エラメンドは主に森林に囲まれる、落ち着いた雰囲気の漂う地域である。アリマンとともに最古入植地域のもうひとつだ。ウメンドは山々に囲まれているにもかかわらず、珍しく平坦な場所が多く、数多い街道は整備されている地域だ。そのため、大地は豊穣で国民に十分な恵をくれる。ハテツはアリマンとエラメンドとともに最古入植地域のひとつである。アミシという火山が噴火した後、かつて農地に恵まれた地域は今や灰に覆われている。そしてウロゴロスは鉱山が数多くの地域だ。ここに位置しているカマジャシ王国は《鉱山国》としても知られている。南方をカマタツ、東方はエラムナ接している。
昨穫の月25日3E1609年、サンダス。季節・秋。
夜が明けて、晴れた寒い朝になった。今日も今日とて夏の終わりを感じさせる圧倒的な寒さが世を支配していた。冬が近いからか、気温がどうやら更に下がっていったらしいが、それを気にせず、彼らは夜明けに荷物を纏めて装甲馬車を用意して出発したのだった。三人の人族と一匹の角蜥蜴。その三人の人間は今、角蜥蜴に引かれている馬車の上に座りながら、他愛の無い会話に耽っている。
一人はオレンジ色の髪の毛が目立つ、革鎧を纏っている小柄な少女だった。小柄をよそに、その腕が良い。その為に彼女は騎士という職業が授かった。名前はエリス。もう一人は茶色のショートヘアを持つ、可愛いらしい少女だった。少女は膝頭までに伸びる真っ白いローブを着こなし、肌はまるで、月明かりを浴びられるかのように青白い。名前はリラ。アーチプリーストだ。
そして最後の一人は前の二人と対照的に、普通とは言えないけど強いて言うなら普通の少年。 名前はアイザック・クロス、錬金術師だ。黒いマントを身に纏って、その下の服も黒なんだ。髪も瞳も一応黒なので、彼を見れば夜の闇に溶け込みそうと思わせる人がいるに違いない。
姉妹と話しながらアイザックは周りの景色を見回していた。太陽は現在、地平線の上に登りつつある。見渡す限り丘や山々が遠くに見え、何処からか鳥の囀りが聞こえてくる。その景色からすると、アイザックはウメンド地域にいることを判断したが、それはやはりこの時点で確定じゃなかった。
「なんか、腹が減ってきたなぁー。な、リラ?」
エリスは言うと、装甲馬車を運転する妹のリラを軽く肘で突く。
「そうですね。私たち、朝ごはんまだ食べてないんですから」
リラはエリスに納得する。
「アイザックはどう?」
そう聞くと、エリスとリラはアイザックに顔を向ける。自分の名前を聞いて、アイザックは姉妹に視線をやると、「うーん、まあな。でも食いもんなくねぇ?」ということを言った。
「見渡す限り動物も魔物の姿も見えないし、狩りなんかも出来ないじゃない?」
それを聞いてエリスとリラは考え込むような顔をすると、なにか思い出したか、リラが言う。
「えっと、確かここから30分くらい、アゾンという村があるはずです」
「あ、そうだそうだ。あたし、完全に忘れてしまったんだ。じゃあ、あっち行こうよ。どう考えても出発も早いし、寒さから脱出できるだけでなく、暖かい場所でうめぇもん食えるんだ」
(どんどん男らしくなってきたなぁ、お前の言葉遣い。とは言っても、前からこんなふうに喋ったなー)
そう思いながら笑みを浮かべるアイザックだった。
「うん、そうする」
「じゃあ、決まりだな。アゾンへレッツゴー!」
と、盛り上がるエリス。
それを見てアイザックとリラはクスッと笑うと、三人の人族と一匹の角蜥蜴がアゾンという村を目指して進んで行った。
◇
世の果てまで広がっている壮大な空。その下に延々と連なっていくと幾つもの山々と丘がある。道は丘と丘の間を縫って作られているために、狭いところで装甲馬車が一台通ればふさがってしまうこともしばしばだ。けど進めば進むほど、見立ちの光景が一変すると、険しい山や背の高い丘にはきりがないと思い始める瞬間、道は開けて草原や麦畑ばかりの広い景色になっていく。それは少なくともアイザックたちにとっていいことだ。
標高の高い山に支配された道からこれから来る冬を思わせる草原の道へと変わっていく景色を見つめながら、アイザックはあくび混じりのため息をついた。太陽は頂点に達すると、空気が前よりもよっぽど温かくなってくるが、まだ大気圏に寒気が残っている。
「30分くらい、か?」
アイザックが皮肉に尋ねると、彼の言葉を聞いたリラは赤面した。
「計算は間違いましたみたいですね………ごめん」
そう言うと、恥ずかしそうに頭を下げるリラ。それにエリスは不機嫌そうな顔をした。
「ちょっとアイザックてめぇ、あたしの妹虐めるな」
「はいはい」
エリスの言葉を軽く流すと、気だるげな目を再び前に向ける。時間の経過とともに、除々に一本道に飽きてきたアイザックがもうひとつのあくびを漏らした。そして迫ってくる眠気を受け流すためにゆっくりと目をこする。ゆらゆらと装甲馬車が進んでいく。いつの間にか2時間が経った。すると3時間……5時間。
この時点で背の高い草も木もほとんど生えていなくなってきた。そのために視線はとても良くなって、かなり遠くまで見通すことができた。視線ぎりぎりの彼方には何かが見える。この距離からすれば小さく見えるが、確かに目の先には門があるみたい。門があるというのも、村とかもあるのだろう。そう考えながらも、決して期待はしていないアイザック。目の錯覚である可能性は全然あるから。
そんな気持ちでアイザックたちは道なりに進んでいく。見えているのは確実に村であるならばこれからの旅に備えて蓄える機会だが、もし村ではなかったらまあ、なんとなるさ、きっと。
アリソン大陸の北部にあるルシア王国。そこに建てられたひとつの都市。その名はロズランドという都市である。山の麓に位置し、ロズランドは緑に囲まれたとても美しい自然の都だ。国土を囲む山々は天然の要塞として都市を護り、土壌もとても豊かな場所だ。
ここでは、季節によって光景が変わる。その為にロズランドは、資産に余裕がある者達の中でなら避暑地、または別荘地としても知られている。
春は鮮やかで数限りない花々が咲き乱れ、人々の目を楽しませ、夏は骨を温めるほどの暑さを誘い、次の季節の厳しい気候の準備をされてくれ、秋は落葉の雨に心打たれ、冬は世界全てがしんとした静寂を与えてくれる。四季の移ろいがとても分かりやすく、観光で季節の折に訪れるには充分目を楽しませてくれる土地。
現在のロズランドの季節は心地よい秋だ。涼しいそよ風に促され、紅葉に染まっている落ち葉が優雅に舞い散る。空では真円を描く太陽が浮かんでいる。しかし太陽がまるでないかのように世界が気持ちの良い寒さに支配されている。
「えっと、これがアゾンの村か?」
とは言っても、目の前の都市はアゾンの村じゃないことが一目瞭然。彼の質問にリラは目を大きく見開いたまま、返事をしてくれた。
「アゾンの村、じゃないですね」
彼女のその鈴のような小さな声が急に強くなった風に沿って掻き消されたが、アイザックたちはなんとかまだ聞こえた。
(ですよね)と、アイザックは思っていた。「じゃあ、ここは一体どこなんだ?」と、そんなことを聞いた。
彼の質問に対してリラには返事がない。その為に首を振って溜息をつく。
「わかんない」
それにアイザックは小さく微笑んだ。
(どうやらリラって方向音痴みたいだ。なんか可愛い)
「まあまあ」
と、そこでエリスは二人の話の腰を折れた。
「とりあえず入りましょうよ。アゾンの村じゃないものの、まだここで必要品買えるんじゃね?」
そう提案すると、その彼女の言葉にアイザックは頷いた。
「でしょうな。リラは?」
「ああ、私は賛成です」
「じゃあ、行きましょう、二人とも」
そう言うと、エリスは前に指差した。そしてそれを合図として、装甲馬車を操縦しているリラは動き始めた。
そこは、真っ暗に包まれている部屋だった。その真っ暗な部屋にテーブルの1台と布団の1つしかない。いや、もっと正確に言えば、無生物は2つしかない。なぜならそこにも、二人の女の子がいたから。一人は布団で仰向けに寝転んで、天井を無表情に見つめている。年齢的には二十代前半に見える、とても可愛い女性だった。そしてもう一人の女の子は布団で仰向けに寝転んでいる女性の手を自分の小さな手で強く握り締めながら、泣いている。女の子は明らかに女性より年下、多分、十五歳しか見えない少女だった。
少女はなぜ泣いているか、それは見ればわかる。なぜかわからないが、少女の母親が病気になったみたい。それは、いつもと変わらない日だった。朝目が覚めて、朝ご飯を取って、仕事に行って、夜遅く帰ってきた。その無限なサイクルは女性にとって普通のことだったが、ある日、お母さんが眠りに落ちて、次の日に無反応になった。病院に行った方が良い、と少女は最初に認識したが、あることに気づいた。
それはお金という存在だ。
全くないとは言えないが、生活費を辛うじて賄うことができるお金を母さんが貰っている。
あれが無いと、どうやって生きられる? たとえ無反応状態が治されても、医療費ところが食糧をどうやって買う事が出来る? この状況で何をすればいいのか、少女は全く、わからなかった。
暦
日
サンダス(日曜日)
モーンダス(月曜日)
ティルダス(火曜日)
ヴンーダス(水曜日)
ザンダス(木曜日)
フレダス(金曜日)
ザーダス(土曜日)
月
薄明の月(1月)The month of Sun's Dawn
暁月の月(2月)The month of Dawn's Moon
月食の月(3月)The month of Luner's Eclipse
先穫の月(4月)The month of First Harvest
闇夜の月(5月)The month of Dark Nights
真中の月(6月)The month of Mid Year
恵雨の月(7月)The month of Rain's Blessings
乙穫の月(8月)The month of Second Harvest
黄昏の月(9月)The month of Sun's Dusk
昨穫の月(10月)The month of Last Harvest
落葉の月(11月)The month of Fallen Leaves
降霜の月(12月)The month of Frost's Fall
星座
薄明の月(ブレムミュアエ座)
暁月の月(グリフォン座)
月食の月(クラーケン座)
先穫の月(ヒュドラー座)
闇夜の月(キメラ座)
真中の月(ベヒーモス座)
恵雨の月(バジリスク座)
乙穫の月(マンティコア座)
黄昏の月(フェニックス座)
昨穫の月(ドラゴン座)
落葉の月(ミノタウロス座)
降霜の月(ウロボロス座)