004
昨日の投稿をまだ読んでない方、003に追加しましたからぜひ
アイザックが出る前に、数分前のことだった。
「あのヤろう…全員を寝かして何が目的なの」
エリスは、怒りで歯を食いしばりながらそんなことを呟いたのだ。いつもの革の鎧を着込んで、妹のリラの様子を窺っているところだ。どこにも怪我みたいなものはなく、心臓も安定な鼓動を維持している。
ただただすやすやと寝息を発しているだけ。
「あれはなんなんだったの?」
そんなことを言うものの、リラのこの現在の状ふ態からすると大体想像はつけることができる。
飯を食っているときのことだった。アイザックは何かを企んでいる顔をしているのを見て、気になったからしばらく彼の様子を窺った。するとちょうどリラとみぞれが目を逸らしたとき、着ているローブの袖から透明な液体が入っている小瓶を取り出し、こっそりと三人の飲み物に入れた。
それを見たエリスは、もちろん困惑していた。最初は毒だと思っていたが、アイザックはそんな人じゃないと改めて考えたら、とりあえず飲むふりをしてもうちょっとアイザックの所作を観察することにした。
けど、1時間、2時間、3時間、4時間が経っても、何も起こらなかった。気の所為だと思い始めた。するとやっと寝る時間が来たのだ。ベッドに横たわった瞬間、リラは深い眠りについたのだ。どんだけ彼女の肩を揺っても、全然目を覚ますことはなかった。まるで死んでいるみたいな、そんな雰囲気を発しているリラだった。みぞれも間違いなく、リラと同じ状態だとエリスは判断した。しかし念の為に、確認することにした。扉に近づき、ノブに手を当てる。
すると、
「なん、なんだこれ?」
エリスはイキナリ、激しい疲弊感に襲われたのだ。 魔力が体内から吸収されているみたいな、そんな感じだった。ノブから手を引き、思わず後ずさりした。
「今のって?あいつが、また何かをしたのか?」
息をなんとか取り返して、エリスがそう言ったのだ。この状況は、子供が親に「大人しくしろ」と叱れているみたいだった。エリスの機嫌をさらに悪化させた考えだった。
「だったら」
と、エリスは、後ろにある窓に視線を向けた。
そう。扉を使うことができないなら、窓を使えばいい。
そんなことを思うと、締め切った窓に近づくエリス。すると躊躇いながらも、その窓のハンドルに手を当てる。
「……」
扉とは違って、激しい疲弊感に襲われていない。それに気づいてエリスは、「わたしの勝ち」と言わんばかりの顔になり、窓を完全に開けたのだ。窓が開いた瞬間、とてつもない寒さにエリスは襲われた。反射的に窓をまた閉めるところだったが、やめた。これで外出られる。
幸いなことに、部屋は2階にあったからここから地面までの距離はそんなに遠く離れていない。タンスに寄りかかっている、何年間に亘ってずっと使っていた剣を手に取り、ベルトに帯びる。すると寝ている妹に視線を向け、なぜかわからないが「愛してる」っていうのを言いたくなった。だから彼女はその言葉を呟いた。すると窓を使って部屋を出たのだ。
◇
部屋から脱出した瞬間、宿屋のドアが開き、受付をやってくれた人が出た。エリスは別にそんなことに関して別になにも大したことを思っていないが、彼女が出てドアを閉めたら、ついさっき閉めたばかりの扉が数秒後にまた開いたんだ。しかし、誰もが出てこなかった。
もちろん、そんな異変を目撃したエリスは言うまでもなくビビった。幽霊か何か、ってそんなことを思いつつも彼女はとりあえず受付嬢の後につく事にした。なぜ後につくことにしたと聞かれたら、単に「いやな予感がしたから」と、エリスは答えるのであろう。
だから物陰に身を隠し、エリスはこっそりと受付嬢の後についた。あとやはり、最近起こっている少女連続誘拐殺人事件を考えると、ほうっておくことはできない。そんな理由も兼ねて、エリスは彼女を見守り続けることにした。少なくても、彼女が家につくまで。その後はな…まあ、アイザックの野郎を見つけてぶん殴ったら妹のところに戻ることだな。
やはり窓を開けっ放しにしたせいでかなりリラのことを心配している。正直に言って、アイザックなんて気にせんで妹と一緒にいたほうが多分、雪が決して降り止まないここで気温が一番低いときは夜この都市に人があんまりいない大通りを歩くことよりもマシだろう。また何も考えずに無鉄砲に行動したからこうなっちゃったんだ。
(まあ、いいか)
と、そんなことを思った瞬間だった。
「やぁ嬢ちゃん。迷子か?」
宿屋を出たときから見守るという前提でずっと後についてきた受付嬢は、話しかけられた。そしてエリスはそれを聞くと、一瞬体内に流れている血液が凍えたのだった。
◇
アイザックは目を細めた。
敵だと認識した男は二人いる。
一人はデカい体に、ムキムキの筋肉を持っているハゲやろ。恐らく筋肉バカ。知能がほとんどなく、ただ殴るだけでものを解決するタイプ。もう一人は隣にいる巨人にまるで比べ物にならないほど痩せっぽちだった。背もかなり低かったが、髪の毛を持っている。頭にちゃんと脳があるかどうかは不確定だけど。
二人は急に物陰から現れたってことは、恐らくそこで何時間も待ち構えたからのでしょ? つまりここら辺は彼女の家があるていうのを前もって知っていたってわけ。張り込みでその情報を手に入れたか、彼女がこの事件の張本人と関係があるのか、そんなことをいまのところアイザックはまだ知らない。ただ会話を盗み聞きして、情報を集めることしかできない。
「いいか、俺らについてこい。ボスの命令だ」
言ったのは、デカいヤツの隣にいる小さいヤツ。武器みたいなものは……持っていない? それともデカいヤツは生きている武器みたいなものだから持ってなくても大丈夫っていう考えで無防備のまま来たのか? だったら随分と頭がイカれてるな、ってそんなことをアイザックは思っていた。
「い…いやだ」
と、彼女は後ずさりしながら言う。
まあ、そりゃそうだ。夜道で急に男二人が女の前に現れて「ボスの命令だからついてこい」なんて言ったら大人しくついていく女の人はこの世にいないだろ。逆にもしいたらそれはそれでヤバいでしょ? と、皮肉っぽく思うアイザック。口から漏れようとしているため息を噛み殺し、アイザックはとりあえず静かに今からの成り行きを見守ることにした。
「あ、それなんだけど、お前には否定権なんてない。大人しくしないと暴力沙汰になっちまうぞ?」
(いやお前が言ってもあんまり脅かしって感じがしねぇけど)
今日のアイザック、ちょっと機嫌が悪そうみたい。まあ、今までのことを考えれば、それはそうだ。昨日から全然一睡できなくて、それに加え急に自分に関係のないケースに巻き込まれたら、そりゃ機嫌が悪化するよな。言っていることがわかるだろ? あ、ちなみにさっきのことを言ったのは小さいヤツだった。
「まあまあ、落ち着きなさい、旦那。別に暴力に訴える必要がないでしょ。理由を聞いてもらってから次の行動を決めるべき、な?」
(……………………まじかよ)
言うでもなく、アイザックは呆気にとらえた。さっき脳筋だと軽視したハゲやろは、すぐ暴力に訴えず、ちゃんと言葉を使って仲裁した。アイザックはあまりほどの衝撃を受けてそこで命を落とすかと思っていた。
「チェ。そんな筋肉があるのにまた仲裁者を演じようとしてる? まあ、ヘタレはヘタレだ。しょうもない」
「まあまあ、そうは言わないでよ」
(何、この二人? )
思ったのはアイザックだけじゃなく、物陰に身を隠しているエリスも。受付嬢だってバツが悪そうにそわそわしている。
「でもさ、お嬢ちゃん。命令は命令だから素直についてくれない? できれば暴力に訴えずに」
ハゲやろの言葉に、受付嬢はまた後ずさりした。
「いやって言ってるだろ? もうほっといて」
彼女のその言葉を聞いて、ハゲやろはため息をつく。すると悲しげな顔をして、言う。
「そうか? ならしかたない」
彼のその言葉を聞いて、アイザックはまた目を細めると、体内で魔力を集め始める。
その瞬間だった──
ハゲやろは手を差し伸べて受付嬢を捕まえようとしたが、見えぬ力に引きずられ、後ろにぐいっと下げられてギリギリその手を躱したのだ。
アイザックは、この一夜に2度目の衝撃を受けた。
(エリス?!)
間違いなく、そこで受付嬢の襟を捕まえたまま、片手で剣を持って二人の男へ向けているのは、睡眠ポーションの影響で夢の世界にいるはずのエリスが、真剣な顔をして男たちを睨みつけている。吹き抜けてくる穏やかな風に、彼女のその髪が優雅に踊っているかのように翻り、彼女が放っているその圧倒的な存在感により一層の威厳さを増やしている。
「この子に手を出すな」
すごい権力を持っている声音で、エリスは言う。そして男の二人はあっけに取られたか、何も言わずにただ驚いたような目線で、彼女を見つめることしかできなかった。受付嬢だって驚異に満ち溢れている眼差しで、エリスを見つめている。しかし一番驚いているのは、言うまでもなく透明のポーションを使って受付嬢の後についた、アイザックだった。
(なんでこいつがまだ起きてるんだ? 確か三人の飲み物に睡眠ポーションを入れたでしょ? もしかして、そういうのに耐性があるか? いやでもリラは? 二人は姉妹だから当然、もしあればあいつにも効かなかった。仮に耐性があったとしても、どうやって僕の警備態勢をバイパス………した? ま、まじか )
と、そこで、アイザックは気づいた。
(…………バカか自分。窓から脱出したでしょ。はぁ〜。もう、いやなんだここ。帰りたい。早く帰りたいよ〜)
と、そんなことで泣き喚くアイザックだったが、その反面に、エリスと二人の男は睨み合っている。いや、もっと正確に言えば、睨んでいるのはエリスの方だった。二人の男は、獲物でも見ているような視線で、受付嬢とエリスを見つめているのだ。しかし淀むことなく、殺意や緊張感に満ち溢れた沈黙が、続いていく。