001
洞窟の中を、エリス、リラ、みぞれ、アイザックの4人が歩いていた。アイザックの光魔法によって道か見えるようになったが、その光が届けない場所もところどころある。それにしても、ないよりマシってことなんで、誰も何も言わなかった。
「本当に、なにかの気配を感じ取ったのか、アイザックさん」
洞窟の空気は圧倒的。どこからか寒気を感じられるばかり。そのためにリラが発した息が白い。
「うん、大量の魔力を発している何かを感じられる。そのものは恐らく、賢者の石だと思う」
と言っても、賢者の石が発する魔力はいま感じられる魔力とだいぶ異なっている。それでも感じられる魔力はまだ圧倒的だ。アイザックの言葉を聞いたみぞれは一瞬、震えた。みぞれはホムンクルスである上に、雪女の細胞が入れられている。
寒さで震えているわけない。
興奮とか?
そんな可能性があるうえに高い。
「本当……ですか?」
「うん、たぶん」
でもなぜかわからないが、続けばなにか起こるとみんなは知っていた。しかしそのなにかはわからない。
それでも注意深く移動した方がいいと、そんな思考を抱きながら、4人はさらに洞窟の奥へ進む。
◇
そこは、大きな扉である。
その中から、圧倒的な魔力を感じられる。アイザックはその扉に近づき、平らな表面に手を当たる。
そうした瞬間、扉を覆った自分の知らない語で書かれた呪文みたいなマーキングが現れた。
「封印された。しかも結構古い魔法によって」
アイザックが観察すると、後ろにいる3人は頷いた。
「解けるん……ですか?」
みぞれが聞くと、アイザックは少し考え込む。
(解けるかどうかは問題じゃない。問題なのはなぜ封印されたってことだ)
なんの理由もなくこの部屋だけが封印された。何を守っているんだろ? または何を隠しているんだろ。それは俗に言うと、「好奇心」。
例え世界を滅ばせるほどの力を持っている武器だろうが賢者の石の力を匹敵、あるいは凌駕する錬金術における至高の物質だろうが、アイザックは気になった。
「うん、解けるけど時間がかかるかもしれない」
だからみぞれの質問にそう返事した。好奇心を満たさせるために。アイザックの声に潜む確信を聞いて、まるで安心させたようにみぞれは微笑みながら安堵の溜息をつく。
アイザックは、深く息を飲み込む。
するとその次の瞬間、その息を吐き捨てる。
これを何回も繰り返して、やがて掌に魔力を集めるアイザック。その魔力を無理やり扉に注ぎ込み、だけど反対に扉を封印した古魔法みたいなマーキングが反撃した。
アイザックの体に、圧倒的な痛みが走る。それを感じて一瞬怯むアイザックだったが、それでも魔力を決してやめない。歯を食いしばり、扉を封印した魔法を解けるためにに注ぎ込み続ける。
その結果として暗い洞窟は、目が眩むほどの眩しさに包まれる。
(あともうちょっと)
そう脳内で思うと、さらに掌で光り輝いている魔力を高める。後ろにいる3人の女子は目を塞ぎながら、怯んでいる。その光を直接に見ると、盲目にされるだろ。
5分、10分、15分、20分。
時間は止まることなく、続いていく。そして30分後。やがて光が薄くなって、止んだ。本当に終わったかどうか知らず、少女たちはぎこちなく、目をほんの少し開いて、前にやる。
そこは荒い息づかいで、アイザックが片膝をついていた。だいぶ魔力を尽くしたみたい。
それと元々古い魔法によって封印された扉が、開けっ放されている。中は暗い。けど真ん中には、なにが光り輝いていることが、4人は見える。
光り輝くそれを、アイザックは見つめていた。アイザックはそのものをよく知っている。【追憶の結晶】。昔、空を支配していた氷の龍の鱗の欠片でできて、長く忘れられた過去を甦させると囁かれている物質である。
「あれって、賢者の石?」
みぞれの質問に、アイザックは首を振る。
「いや、追憶の結晶と呼ばれている、錬金術の伝説の物質の1つだ」
追憶の結晶は、ポーションに追加されなくても使える。しかし発動するための条件は違う。
普段なら、誰でも追憶の結晶を無事に触ることが出来る。雪女やスノーエルフじゃなく、または血管にその血が走っていない限りセーフ。一方で、もし触った者は雪女とスノーエルフ、あるいは2つの種族の血を受け継いでいるものなら発動する。それ以外、ポーションにせざるを得ない。
アイザックは追憶の結晶を拾った。
なんで、こんなもんがここにあるんだ。と、自問せずにはいられない。どう考えてもおかしい。……と言っても、封印された部屋に置かれていたから考えればそんなにおかしくないかも。
「なんて、綺麗な結晶だ。な、リラ?」
「うん、とても綺麗ですね」
と、エリスとリラが言う。それを聞いて、アイザックは脳内で納得する。
(確かに綺麗なんだ。でも綺麗だからといって、危険じゃないとは限らない)
何故なら【追憶の結晶】には、もうひとつの能力があるからだ。特定の時点に時間を巻き戻させるのみならず、歴史自体を書き直させるという能力もある。
でもそうすれば、全てを変えるリスクを冒す。
所謂【バタフライ効果】と呼ばれることなんだ。
カオス理論によって、バタフライ効果とは非常に些細な小さなことが様々な要因を引き起こし、だんだんと大きな現象へと変化させる効果である。【行動には結果が伴う】というフレーズをピッタリと指す現象だ。
そのために【追憶の結晶】は【賢者の石】を越えてはいないにしても同じように危険性がある。
アイザックはそれを考えると、目を細める。
(なんでこの世に危険なものいっぱいあるんだ)
溜息をつき、【追憶の結晶】をポケットに入ろうとしたその瞬間、「あ、アイザックさん。これ何?」と、みぞれの声とともに空気がまるで、歪んだ。
「何……これ?」
確かに何これと言ってもいい。窒息死しそうに空気が急に重くなって、今でもだんだんと重くなっている。
風圧も一変して、息もだんだんと苦しくなる。
ぼんやりとした視線で、アイザックはみぞれの方に目をやる。彼女もみんなと同じように体幹が崩れ、心臓がある胸の部分を抑えながら意識を失っている状態。
……その手には、なにか薄く輝いているものが見える。
(あれは……何?)
そう思った瞬間、アイザックもやがて、意識を失った。
◇
寒さ。
初めに感じたのは、寒さだった。それまで微睡みの中にいたのが、その寒さによって覚醒しアイザックたちを取り戻した瞬間だった。
目を開ける。そこに澄みきってなめらかな宝石のような蒼穹が広がっている。
雲がひとつもない、海のような空だった。
その青い海に、真円を描いた太陽が浮かんでいる。けど妙なことに、骨を暖かめる温かさより、世界は圧倒的な寒さに包まれていた。
そしてその空から、雪が止むことなく、ひらひらと降っている。
一面、銀世界だった。
「ここは?」
目の前に拡がっている景色を見ると、さっきの洞窟にいないことが明確だ。
代わりに壮大な都市がある。
その都市を見ると、アイザックは息を呑み込んだ。
「マリア王国」
確かに目の前に広がっているのは、あのマリア王国だ。
氷の王国とも呼ばれるそこは、ルジン山の奥に建てられた国のひとつである。そこには雪女とスノーエルフの戦争が始まった前に、様々な種族が平和に暮らしていた。様々な種族とは、雪女をはじめとして、人種、獣族種、亜人種、妖精種、エルフすらも含んでいる、色んな種族である。
マリアにいた種族は平和に暮らして、日々を何気なく送っていた。それに加えて、マリアを治めた王室も異人種間で、王様はエルフ、王妃は雪女という形で出来た。そして自然に、2人が産んだ子供たちは雪女とエルフのハーフであった。
それがスノーエルフという種族の誕生だった。エルフの圧倒的な魔力と、雪女の氷属性を受け継いだ混血だ。雪を思わせる肌の色で、大体スノーエルフだと識別できるが、ほかに特徴があると言えば、髪は主に白で、瞳は主に青い。あとエルフの有名な長耳も遺伝されていた。
マリアが繁栄するにつれて、雪女とエルフがだんだんと性交し、スノーエルフの種族がだんだんと増殖し、やがてスノーエルフが公的に種族と見なされた。
それは、マリアにとって恵まれたことなのだ。
マリアは元々氷に覆われた国であった。ビル、超高層建築、植物さえも氷でできて、でも妙なことにビルや超高層建築の中は慎ましく、植物も意外と食用になれる。ひとつのマイナス面だと、雪をあんまり好きじゃない者はここを嫌いになるに違いない。ここは氷でできた国である上に、雪が決して降り止まない。
噂により、マリアを建てた聖マリアの願いだった。なぜそういうことを願ったのかわからないが、彼女の願いを聞いた神々がマリアを氷と雪に閉ざした。
そのためにマリアは氷の王国とも呼ばれることになり、いまだに史によって有名な国である。
もちろん、この話はもう200年前以上のことなんで、マリアというかつて絢爛豪華な国はとっくに、破壊された。と、囁かれている。
が、目の前の都市を見ると、アイザックはマリア王国だと判断した。つまり何らかの仕掛けで、過去に戻されたってわけだ。でも確か、時点の時まで巻き戻される物が【追憶の結晶】以外ないでしょ?
そう思うがふと、意識を失った前にみぞれのその言葉を思い出した。「あ、アイザックさん。これ何?」って。アイザックは思い出すと、みぞれに視線をやる。みぞれもエリスとリラと同じく呆気にとられたまま、マリア王国を見つめている。
特になんの変化がない。見た目的に。体の中には完全に別の話なんだけど。魔力はいま、狂乱している。そしてよく見たら、左手の薬指を嵌めているのは………見たことの無い指輪だった。きっと魔力をめっちゃくちゃにされているのは、あの指輪が原因だ。
でもどこでそれを手に入れたのだろ…………と言っても、その答えはすでに決まっていた。みぞれは確実に指輪をその封印された部屋の中で見つけたのだ。それに間違いない。それにしても、時を取り戻せる指輪。アイザックはやはりそれを見たことがない。そういうものが存在することをも知らなかった。
気になる点は複数にあるが、1番気になっているのは「どうして、【追憶の結晶】が封印された部屋にそんなものが落ちられた」ってことだ。
考えれば考えるほど、アイザックの頭がますますと痛くなってきた。やはり考えすぎるのは健康に対してよくないよな。でもアイザックは天才である上に有名な錬金術師。考えすぎるのしかたがない。