表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

004

「これは、ちょっとヤバイっすね」


結果として、思わず思っていることを言っちゃった。そのミスに気付いて、少女を見下ろした。幸いなことに、聞かなかったみたいだが、違和感に襲われるということが一見して分かる。


「だ……だいじょうぶ?」


物思いに沈んで唇を噛んだ。緊張していることがわかる。でもその緊張感を解ける方法をアイザックにはない。こういう状況に巻き込まれたことがないから。


(ど……どうすればいい?)


まるでアイザックの嘆願を答えるかのように子供より獣じみた咆哮を聞いた。


(そうだ! 飯だ!)


「うん、大丈夫だよ。それより食うか? 食事は十分にあるよ」


いずれにせよ、どれくらいここにいたのかわからないんだが、腹が空いているの一目瞭然だ。体が小さいうえに、今にも気絶しそうに見える。見れば見るほどなんか可哀想に思わずにはいられなくなるが、それだけでない。アイザックは幼い頃の自分が、少女の瞳に映っていることが見える。


「ほんとうに……いいのか? 迷惑をかけたくないです」


彼女の声は疑惑に満ちた。それにアイザックは何も言わずにさっき洗ったボウルを手に取り、燃え盛る火のあたりにある鹿汁が入った鍋を拾って、残りの鹿汁をボウルに注ぎ込む。


「キミ一体何言ってるんだろ。いいに決まってるんだよ。ほら食え」


そう言って少女に鹿汁が入ったボウルを渡した。その暖かいボウルを腫れ物に触るようにゆっくりと手に取った。掠った瞬間、全身に暖かさが蔓延るかのようにふるえ出す。こっちを見上げる。その少女の視線にアイザックは微笑を浮かべる。


それを見て、少女は再び小さな手にしたボウルを見下ろし、唇に近づけると、その唇を小さく開き、鹿汁を啜る。味がどうかな。などとアイザックは思わず思っていたが、味はどうかとかはともかく、少女は構わずに汁を啜り続けていた。


「美味いか?」


少女がうなずく。


「それはよかった。僕の料理を味見してくれる人は今までなかなか居かったからちょっと緊張してたけど、美味いと言ってくれると嬉しい………あ、そうだ。これも」


膝にある皮水筒を手に取り、少女に差し伸べる。少女はそれを見ると、おずおずと手を伸ばして掴む。


「大丈夫大丈夫。僕は何もしようとしないから」


(でもやはり、少女は何も悪いことしなかったなぁ)


記憶を消すの主のミスだったみたい。でもやはりその嫌な予感をどうしても避けられない。


(こりゃ、いろいろ複雑やな)


と、アイザックは思うと、溜息を吐く。


(まあ、とりあえず冷静に行こう。本当に何を企んでいるかどうかはわからないから)


そう決めると、地面から棒を拾うと、火に投げる。葉の隙間から見える夜空に浮かぶ月の位置からすると、日付が変わろうとしている。たまに木にいるフクロウの鳴き声と、目の前の燃える火以外、何も聞こえない。世界は平和的な静寂に包まれていた。


少女を見下ろすと、すでに鹿汁を食い荒らし、今は心を込めて水をすすっているところだ。何日も食べず飲まずで経っていったのだろう。きっと満腹ではないが、来客があるとは思わなかった。


「食べ終わったみたいだな。じゃあ、僕たち、そろそろ寝ようか?」


そう提案すると、少女は水筒から唇を離して、目の前の焚き火に視線を投げる。火が踊り狂っている。無意識に少女は口を開くが、言葉が出てこない。


「ほら、寝よう。明日……」


そしてそこまでアイザックが言った。


立ち上がようとした瞬間、少女は踊り狂う火から目を離さずにぎゅっとアイザックの袖を握り締めてくる。時間がまるで止まっていた。けど少女の小さな声が、まだ胸の奥で鳴り響いた。


「………アイザックさん……わたし……これからどうすればいいのですか?」


どうすればいい? 


その質問は耳の奥に響いて、渦巻きのように頭の中で回っていた。視線を少女に投げる。けど少女はやはりこっちを見てこない。


「どうすればいいってどうしたんだ? 何があった?」


自分の質問をじっくり考え、ほんの少し静寂があった。


少女はやがて首を横に振る。


「いや……なんでもないです」


言われて、あくびをもらす。何か悩んでいるみたいが、何を考えているのかわからない。


「眠い?」


少女は寝ぼけ眼を擦りながら頷く。


「それじゃ、今日は寝ようか? 明日はそうだな………僕らと一緒に旅するのどうだ? よかったら」


と、アイザックが言った。


それに少女が、「本当ですか?」と訝しげな顔をしながら問いかけてきた。


「本当だよ。僕を信じてくれ」


そんなことを言うと、少女は目を見開く。それにアイザックは少女に優しく微笑みかけると、言う。


「名前をつけてもいい?」


少女はやがて、火から目をそらしてアイザックを見上げる。迎えられてきたのはアイザックの無邪気な笑顔だった。考えるような顔をして、ほんの少しだけ間をおいて、少女はようやく口を開いた。


「うん。かまわないです。本名を思い出すまで…」とおずおず言う。


「よし。それじゃ……………みぞれはどう?」


森がもう一度、静寂に呑み込まれた。それでもアイザックは構わず微笑むと、アイザックを見ると、微笑まずにはいられない少女。


「うん。みぞれはいいです。これからよろしくお願いします、アイザックさん」


「こちらこそ、みぞれちゃん。お二人さんの故郷に到着するまでよろしくね」


そう言うと振り返るアイザックだったが、みぞれの言葉に思わず、その足取りをやめた。


「ボク、この森にいる理由は捜し物があるから。その捜し物を見つけるまで一緒に探してくれないですか、アイザックさん?」


そしてアイザックは少女の言葉を聞いて、ふと、言った。


「いいよ。で、その捜し物は何?」


すると少女の次の言葉に、アイザックは固まった。


「【賢者の石】っていうものですが、知ってますか?」


なぜならアイザックは実は【賢者の石】を持っているから。つまり……【賢者の石】のもう一個が、この世に存在しているってことでしょ。と、アイザックはそう思っていた。



「賢者の石。なんで君が知ってるんだ」


アイザックの言葉に、みぞれは首を傾げる。


「……えっと…なんでだろ?」


なんでだろって。少女の顔を見ると、妙なことに、本当に何も知らないみたいだ。アイザックはそう観察すると、欠伸混じりに溜息をする。


(困ったなぁ。この子全然読めないんだ。目標は何? そもそも目標とかあんのか。万が一本当に主に捨てられたなら、なんで賢者の石を探してるんだ? でもさっき、賢者の石をなんで知ってると聞いたら自分でも分からなさそうな顔をしたんだ)


考えれば考えるほど、頭がだんだんと痛くなる。

こういう、何も理解できない感情をアイザックは嫌いが、それはそれでしかたがないことなんだ。

全てが明確になるまでに、大人しく待つしかない。


そう決めると、アイザックはみぞれを見る。

無邪気な表情で、アイザックを見つめ返す。

それにアイザックはもうひとつの溜息をもらすと、言う。


「なにがなんだかわからないが、とりあえず寝よう。君は僕のテントを使え。僕は外で……」


そして、そこで、みぞれはアイザックの言葉を遮る。


「一緒に寝るの……ダメ?」


思考停止。


というほどの衝撃を受けたアイザック。

それを聞いて、アイザックは絶句した。


(おいおい、なんだこの展開は?! いや、冷静に考えろ。相手は子供だぞ。数時間前1人で森を彷徨っていた餓死しそうな子供だ。一緒に寝たい理由はきっと、1人で怖いでしょ。それならしかたないよな。いや、きっと大丈夫だ……大丈夫だよな)





「やはりロリコンだったなぁ、お前。まじでキモい。死ね」


そして翌朝。


一緒に寝るとこを発見したエリスの誹謗を受けたアイザックはなんかいもわらなくて溜息をついた。


「だから違うんだ」


「違うかどうかはともかく、お前が子供と寝てた事実に変わりはない、このロリコンめ」


軽い朝食を取ったあと、4人+1頭の角蜥蜴は森をさまよっている。


空には太陽がもうすでに頂点に至ったが、木々の葉を通じて差し込んでいる光以外森はまだ薄暗い。その為に空気が寒いが、耐えられないほどの寒さじゃなかったから一応大丈夫だった。


「で、どうしてここから出られないわけ?」


不機嫌そうに聞いたエリスに、アイザックはちらりとそっちを見るが、すぐ再び前に視線を投げる。


「前も言ったじゃん。みぞれに捜し物があるって」


そう返事すると、エリスは腕を組んだ。


「じゃあ、自分で探せば……」


そして、そこで言葉が遮られた。


「却下。みぞれは子供だぞ。この広い森で子供を1人にするとなにが起こるかわかんないでしょ」


(まあ、本当に子供じゃないんですけど)


「でも……」


「とにかく、みぞれの捜し物を見つけるまで一緒に探すって約束したんだ。リラも賛成するでしょ?」

「チェ」


舌打ちをするエリス。


「リラだって早くアナシテェジアに到着したいでしょ」


「まあ確かに…」


「ほら」


「でも子供を見捨てられないなぁ」


リラの言葉に、アイザックは微笑む。


「ありがとう、リラ。お前だけが良い奴だな」


そう言うと、隣に歩いている少女に目をやる。


「聞いたか、みぞれ……」


「やべぇ、呼び捨てにした。引くわ」


(お前黙っておけ! ってかなにが悪いか? )


「一緒に探すって言ったんだ。よかったなぁ」


それにみぞれはアイザックにほほ笑みかける。


「うん!」


みぞれは、嬉しそうに言う。


(と言っても、実は賢者の石持ってるよなぁ、僕。正直言って探さずに森を出られるが、もう一個の賢者の石が存在するのを考えるだけで不安になる。賢者の石、世界の理を壊せるほどその力が強すぎて恐ろしい。できればほかのやつがそれを手に入れるまで回収したい。そうすると余計なことを避けることができる)


そう考えると、アイザックは眦でみぞれのほうをちらりと見る。


(どうして、君が賢者の石の存在を知ってる上に探してるんだ? どう考えてもおかしいだろ。しかもなんで賢者の石が欲しがるのか知らずに………やっぱ誰かの命令に従ってるんだよなぁ。そしてその誰かってのは間違いなく君の主だな。これからじっくりと観察した方がいい。いやなことが起こる前に。そしていざとなったら………)


そこでアイザックは思考をやめることにした。


いや。肯定的に考えろ、自分。


そう頭の中で言うと、再び前を見る。


なにか企んでいるわけないでしょ。


そう信じたいが、どうしても信じられない。

自分の言葉を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ