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003

そして暗闇が生まれた。

それは恐ろしいほどの完璧な暗闇だった。 何ひとつとして形のあるものを識別することができず、自分自身の体さえ見えやしなかった。そこに何があるという気配さえかんじられなかった。そこにあるものは黒色の虚無だけだ。


「ここは?」


ここは…

ここは………

ここは……………


鈴のような、少女のその小さな声が暗闇を飾るように雷鳴の如く鳴り響り、遠くに木霊した。見渡すかぎり暗闇が延々と広がっていき、朦朧とした視線で知覚した世界は幽暗に包まれていた。少女はとりあえず歩き出すことにした。何があるはず、という希望を抱きながら、少女は緩やかな足取りで、歩いていた。


パタパタパタと、足音が地震のように響き渡る。時折、軋みのような音が聞こえたが、何も見えない。それでも何も見えないのだとしても、未だ床みたいなものを足元の下に感じられる。だから道を進めば、心配はいらないと少女は認識した。でも自分も知っている。そう言うの愚か者しか辿り着かない考えだった、ってことを。


そして30分後。


やはりここには、何もない。人影も物も、まるで地獄のどこかで道に迷っているみたいだ。とは言っても、地獄はこんなに寒い所じゃないよな。ボクは好きだけど。そう思いながら、少女は休憩を取ることにすると、足取りを一応止めることにした。別に、疲れている訳じゃない。と、自分を促すように頭の中で何回も繰り返すが、一瞥だけで疲れていることがわかる。


「なんで、ボクはこんなところにいるの? そもそもここは一体どこだ? 確か僕は、森の中にいた………」


そうだ! 森の中にいたんだ!

…………でも、どうして?

なぜ何も思い出せない。……これはもしかして、記憶喪失ってこと? ……うん、それに間違いないよな。


記憶を失って、なんとか森に辿り着いて、何日も食べずに過ごしてきたんだ。つまりボクは、死んでいる?


空腹を耐えられず、餓死した。

そんな結論に達したが、妙なことに疲労をまだ感じられた。それと靴とか何も履いていないから蹠が痛い。人が死ぬと、神様は魂だけを貰うでしょ? そして貰った魂を地獄とか天国とかに送るでしょ? そんなときに痛みとか疲労とか、感じられる?


やはり少女は何もわからなかった。死後の世界の仕組みについて。だから自然に、死後の世界ではなく、夢だという結論に至った。


「これは、夢だ」


現実じゃない。非現実的な状況だ。でもどうやって、起きられる? 夢から強く望めば、起きられると誰か教えてくれた。その誰かは誰なのか知らないが、とても優しい人という心当たりがある。だからその人の言葉を信じて、少女はぎゅっと目を閉じると、頭の中でこう繰り返した。


(起きてください………起きてください……起きてください)と。


心の底から、もう一度世界を味わうことを望んでいた。心の底から、もう一度世界の醍醐味を楽しむために望んでいた。心の底から、もう一度世界に蘇生させることを望んでいた。


そしてその瞬間、浮遊感に襲われていた。



暗闇の中、何もないものに手を伸ばしながら少女は、恐怖に歪んだ表情のまま無言の悲鳴を上げていた。少女は現在、果ての見えない、さらに深い深淵に堕ちているところである。どんどん小さくなっていく天以外何も見えず、息を吸う度に胸を締め付ける風圧が肺を襲う。


心臓の鼓動があまりにも早すぎて、目に見える世界がさらに暗くなっていく。瞬く間に人生が走馬灯のように駆け巡り、その一瞬で自分自身の誕生と死亡を目撃したのだ。なんで、こんなことになったんだろう。尋ねても答えが返してこないが、それでもその、胸の中の希望と、燃え盛る蝋燭のような光がまだ見える。


今にでもまだ、強く感じられる。



そして光が生まれた。

それはとても不思議な光である。目を開けると、そこは見慣れた森の風景だ。穏やかな風にざわめく木々の葉、世界を照らし出す淡い月。


………。


そして、炎の音?

炎の音が近くに聞こえる。


フラフラする感覚を無視し、少女は上半身を無理やり起こし、前に視線を投げる。そしてそこに燃え盛っているのは、やはり猛烈な炎だった。でもそれだけじゃない。炎の周りに、見覚えのない人がいた。


何これ? と、少女は思いざるを得ない。もしかして、誘拐された? いやいや。そもそも1人で森の中にいたから誘拐というよりむしろ見つけられて助かられた? ってそんなことはどうでもいい!


(どうしよう、ボク? このままじゃあボク……いやいや! 考えたくない! とりあえず逃げよう )


そう決めると、少女は周囲を観察する。でも観察すればするほど、逃げ場がないという事実に変わりはない。


そしてそこで、少女はあることに気づいた。


………ボクにはあてなんかねぇ? 帰る場所がない。と、思うが、この記憶喪失状態で、あるかどうかは知らない。とは言っても、お母さんもお父さんのことも覚えられない。つまり、ここから脱出できても、何も変わらない。ボクはまだ1人で、この森の中にいるってこと。


「あ、ようやく目が覚ましたかい? 」


と、その瞬間で、男の声が隣から聞こえた。



少女はホムンクルスである。はじめて会ったときにうまく見えなかったが、今炎の光に照らされ、アイザックは少女の額にある紋章がハッキリと見えるようになった。繰り返す。少女はホムンクルスである。ホムンクルスとは、蒸留器で作り出される生き物だけど生き物じゃない生き物である。


蒸留器に人間の精液や細胞(結果を強化するには糞や胎内も一応入れることができる)を入れて、40日密閉し腐敗させると、透明でヒトの形をした物質ではないものがあらわれる。それに毎日人間の血液を与え、温度で保温し、40週間保存すると人間の子供ができる。性別は入れたホルモンによって変わる。つまりエストロゲンだと女性、テストステロンだと男性の子供になるが、見た目が入れたホルモンによって変わるのだとしても、実はホムンクルスには本当の性別が無い。


また、人体錬成の術として政府的にホムンクルスを作るのが禁止で、もし作ったことがバレたら死刑を受ける。アイザックは自分自身でホムンクルスを作ったことがない。人の命という代償を払って新たな生命を産むことに興味無かったから。でもホムンクルスを作ることに反対しているのだとしも、まだホムンクルスの作り方を知っている。賢者の石を錬成したけどホムンクルスを作る為の過程を知らない錬金術師は錬金術師の恥だから。


師匠さまだってホムンクルスはいたが、そのホムンクルスを作ったのは師匠ではなく、森の中でたまたま見つけたホムンクルスだ。そのホムンクルスは助手として活躍して、200年前に師匠さまと一緒に死んだ。とは言っても、自然に死んだというわけではない。人間と違ってホムンクルスは破壊されなかったら永遠に生きられる。でも普通の人間のように食べたり、飲んだりすることをやらなければやらない。師匠さまが持っていたホムンクルスの場合、自分を仮死の状態にすることにした。


つまり今でもどこかで、師匠さまの愛おしいホムンクルスが仮死の状態でまだ生きている。どこかで、とは言ってもきっと師匠さまの側にいるに違いない。本人でもそう言っていた。助けてくれたお礼として、わたしは貴方様のお側に永遠にいると決めたのです、と。


少女の方向を見ると、アイザックは少女が起きていることに気づいた。そう言えば、記憶が正しければそれぞれのホムンクルスには特別な能力とかあるよな。目の前のホムンクルスにはきっと、雪女の細胞が入っているからその特別な能力は恐らく氷を無から作り出し、自由に操ることだろう。大体氷に関係がある能力だ。


(なんてすげぇよな)と、アイザックは思いながら、少女に声をかけることにした。


「ようやく目が覚ましたかい?」


アイザックの声を聞いて、少女は少しだけ怯んだ。それを見ると、雨の中にいる子犬を考えずにはいられないアイザック。本当に、弱く見える。もし触れれば折れそうほど体が線のように細い。


アイザックはとりあえず謝ることにした。


「ごめん」


でもアイザックの言葉を無視したように、少女は聞いた。


「ここは?」


やはり少女の声がガラスのように脆く、今にも砕けそうに弱い。本当に大丈夫なのかな。そんなことを思いながらアイザックは優しく微笑むと、返事する。


「今夜の僕らのキャンプだよ」


それを聞いて、少女はこっちに目を向けた。そこにはエリス、リラ、そしてアイザックの姿がいた。「僕ら」とは目の前の3人でしょ? それともボクも含まれている? 少女はわからなかった。全くアイザックの言葉の意味を把握して理解出来なかった。


「……そんなことより、自己紹介はまだだな。僕の名はアイザック・クロスだ。革の鎧に纏った少女はエリス、隣にいる子はリラ。キミは? なにを呼べばいいの?」


と、そこで、少女は圧倒的な暖かさに襲われた。今更暖かい毛布に包まれていた事に気付いたみたい。毛布を脱いで、燃える炎から少し距離を取った後、アイザックの質問を答えた。


「覚えてないです」


少女の妙な行為を見て、アイザックは驚かなかった。体の構成は雪女の細胞でできたから普通の反応だとアイザックは解釈した。エリスとリラは一方驚いたけど。そうだ。あいつはあんまり錬金術に詳しくないよな。あとで教える、と心に留めたあとアイザックは再び、目の前の少女に視線を送る。


「そう? 覚えてないか」


アイザックが聞いた瞬間、少女はまるで圧倒的な悲しみでも襲われたかのように肩をすくめた。何を言えば良いのか分からないので黙る事にしたかもしれない。


「じゃあ、両親は?」


とは言っても、ホムンクルスには両親がいない。主は一応いるけど。でも「おまえの主は」とか言うと、余計な事が起こるかもしれないから言い方を少し変化した。少女はそれにも何も言わずに肩をしかめる。そんな反応からすると、主の正体でも知らないことがアイザックはわかった。


「それも覚えてないです。気がついたら森にいたんですが……」


つまり、主に捨てられた? 錬金術師の世界で、たとえポーションだろうがホムンクルスなろうが、失敗した実験を捨てるのが普通。もしアイザックが思っていることが本当ならば、主が少女の記憶を消して森の中に見捨てた? そんな可能性は全然あるが、少女を観察すればするほど欠点とかがないことが明確になる。


むしろ完璧なホムンクルスだ。完璧なホムンクルスの記憶を消して見捨てる錬金術師なんてそもそもこの世に存在しない。つまるところ、何らかの目的で少女をこの【幻の森】かつてアルジン山に主が置いて行ったんだ。また、ホムンクルスが記憶を失った少女のふりをしている可能性もある。考えれば考えるほど、アイザックの中で蠢いている不安がどんどん湧き上がってくる。


嫌な予感がする。


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