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001

枚挙にいとまがない星に埋もれる夜空には淡い月が浮かび、その下の野原が爽やかな風沿いに揺れている。それを見ると、少女の心が緩み、溶けてしまうかのように筋肉をリラックスさせていく。


「綺麗だ」  


声。それが、少女の声だった。 誰でもの哀しみや苦しみを溶かすことができるほどの、ちょっと弱くてもまだ優艶な声だ。 その声が一瞬、緩やかな風とともに森を飾り、瞬く間に消えていく。


少女以外、誰もいない。


それを知っているけど、それでも落ち込むとは限らない。 むしろ、簡単に言葉にすることができない【感情】に襲われている。 静穏は大きな宝物であるみたいな不思議な感情だ。 何を言いたいのかは自分でもまったく分からないが、とりあえず静穏にしよう。  


そう。静穏だ。  


………  


もうすぐ終わってしまう儚い静穏だ。


このままじゃ死ぬ………


少女はゆっくりと立ち上がり、窶れても一歩を踏み出そうとした。が、やはり体が弱すぎて自分を支えることすらできない。 近くの木に体を寄りかかって、一息をつく。頭がぐるぐる回っている。全身に力が入らず、四肢の感覚はすでにない。


もう限界に達したみたいだ。


膝を突く。


数日何も食べずに過ごしてきたから、胃がようやく抗議し始めたみたいなのだ。それはまるで、内臓が徹底的に貪られているかのようだが、それに対して何もできない。 そう、何もできない。  


私は……死ぬか?  


そう思った瞬間、何か眩しい事に目が眩らんだ。


 光?  


……… そう。光だ。  


奇怪な形状に捻じくれた、蔓草の如く木々を這い上がる分厚い葉を通じて、森に差し込んでくる眩しい光が、生まれた。 その光が全てを、照らしていた。   



昨穫の月28日3E1609年、ティルダス。季節・秋。


壮大華麗な大都市、ロズランドを去ってから、一日が経っていった。エリス曰く、姉妹の故郷であるアナシテェジアまであと三週間だが、アナシテェジアに着く為に、とある森を通らなければならない。幸いなことに、少なくともエリスとリラにとって魔の森じゃないが、アイザックは一応期待していた。それでも、森は森だ。どんな森でも必ず様々な材料が生息している。錬金術師であるアイザックにはいいことなんだ。


そこは、海のように荒れくるい、また静まる厖大な、静謐の森だった。なびいたように草木がお辞儀し、すごく遠くまで続く。陽もあんまり通しはせず、そのために森は影だらけだった。両側から鬱蒼と生い茂る植物に囲まれて、敷石もまばらな道が続いていた。その道を装甲馬車の一台が止まることなく走っていく。


「そろそろキャンプ張ろうか?」


地平線の下に太陽が沈みつつあり、世が真っ暗に完全に染まるまであと一時間くらい。それを計算すると、アイザックはエリスの提案を受けて返事を返す。


「うーん。まあ、そうだな。夕食も狩らなければならいから早めに空き地でも見つけよう」


それに装甲馬車を運転しているリラは頷いた。


「じゃあ、お決まりですね」


リラがそう言うと、エリスとアイザックは頷いた。それを合図として受け取ると、リラは装甲馬車を操り、空き地を見つけるまで森を彷徨うことにした。道を進めば進むほど、だんだん狭くなっていくが、幸いなことに馬車がまだ通られた。周囲が静まり返ると、世界は心地よい平和に沈む。聞こえるのは、ぱたぱたと道を走っている装甲馬車を引っ張る角蜥蜴の足音だけ。


その心地よい沈黙を、アイザックは容赦なく破っていた。


「にしても、アナシテェジア街ってそもそもどんなところなんだ?」


アイザックの質問を返事したのは、リラだった。


「豊かな土壌に恵まれて、野原に囲まれている農村ですよ」


「農村?」


「うん、アナシテェジア街と呼ばれているけど、実は田舎にある小さな農村よ」


エリスの言葉を聞いて、アイザックはふと、あることに気づいた。


「つまり、エリスとリラは冒険者になった前に農家だった?」


「まあ一応。起きてから寝るまでずっと両親と一緒に麦粒や米倉、色んな食べ物を収穫したり、井戸から水を汲んだり、あと庭仕事もしたりしたんだ。今振り返ってみれば、かなり楽しかったなぁ。ねぇ、リラ?」


「うん、とても楽しかった。特にお母さんとお父さんと一緒に」


「へぇ………意外だな。あ、じゃあどうして冒険者になることにしたんだ? 」


そう聞かれると、黙り込む姉妹。


それにアイザックは


(? 僕なんか言った?)


そう思った瞬間、エリスは言う。


「うーん、どうしてかな? 正直あんまり考えてないよな 」


「私も。エリスお姉ちゃんが急に「あたし、冒険者になる」って言ったときにお姉ちゃんにつくことにしたんだが、やはり強いて言うならあんまり考えてない」


「そうなんだ?」


「うん、まあ」


「まあまあ」


と、そこでアイザックは言う。


「でも本当に凄いと思うよ、それ」


アイザックの言うことに、エリスは反応した。


「え、なんで?」


「だから…………」


アイザックは黙り込む。それにエリスとリラは一瞬、目を合わせると、再びアイザックに向ける。


「だから?」


と、エリスは聞く。するとアイザックは、


「うん、だから」


返事した。


「何よそれ!」


急に大声を出すエリス。エリスの反応を見て、にやにやと笑うアイザック。


「まあ、そんなことより…みんな食べたいことある?」

「あ、あたし肉食べたい」

「私も」


と、何気なく会話をしている三人の冒険者。するといつの間にか、とある空き地で馬車が止まっていた。



「うん、ここはいい」


見渡す限り、木々が延々と広がっていく。円を描いて、小さな空き地を囲んでいる。大きな葉を通じて、太陽の光が見えるが、その光は薄く、今にでも消えそうに見える。それを見ると、アイザックは疲れ混じりの溜息をすると、姉妹に目をやる。


リラとエリスはいま、自分のテントを張ろうとするところである。角蜥蜴は馬車から解放されたから、近くの川で水を飲んでいる。浄化されていないが、角蜥蜴は人間ではない。こういうの普通だろ。自分のテントを張ろうとするところで、ふっとあることに気づいた。


(そうだ。今日の夕食は大都市ロズランドから買ってきた果物だけ)


どう考えてもそれは足りない。そう思うと、再びエリスとリラに目をやると、言う。


「じゃあ俺は狩りに行ってくる。キャンプを頼むよ」


「え? アイザックが? 狩りもできんの?」


エリスの質問にアイザックは、


「当たり前じゃない? 何年も森に住んだと思ってた? 狩りとかそういうの普通だろ」


「まあ、そりゃそうか。でも弓矢持っていないじゃない?」


「うん、持ってないよ」

「じゃあどうやって狩れるんですか?」


バカでも見ているような視線でエリスが尋ねると、アイザックはただ、微笑んで返事する。


「あのな、弓矢がないからといって狩れないとは限らないよ? 魔法で獲物を仕留めるのよっぽど楽でしょ」


そう言うと、アイザックはふと踵を返して、森の奥に進む。


「じやあ、行ってくる。俺のテントも頼むよ」


そう言い残すと、その姿を枝葉に消した。


彼の後ろ姿を見ると、溜息をつくエリス。


(自分のテントも頼むって、ふざけんな)


そう思うと、焚き火を焚くために枝葉を集め始めるエリス。あとでアイザックのテントも張ろうと思う。


(ってかなんであたしがやりなきゃいけないんだ? リラもいるでしょ)


そう思ってリラの方向に目をやる。リラは角蜥蜴の頭を猫のように撫でながら微笑んでいる。それを見ると、溜息をつくエリス。


能天気子やな。



空に浮かぶ夕陽にも関わらず、森は薄暗い。時折聞こえる鳥の鳴き声以外他に聞こえるものが無い。どこか重苦しい気配が色濃く漂う、場所であった。獲物は約二百メートル手前。周囲に気を配らない一頭の小さな鹿だ。 確かにほんの少しの音で耳をぴくぴく動かすが、食事に気を取られているせいか、あまり動いていない。それはアイザックに対して運の良い事だ。


アイザックは木の裏に隠れていた。手には魔力でできた弓があり、その弓の弦には魔力の矢が番えられている。アイザックは鹿を見つめながら、息を整えて狙う。正直に言って、魔獣の革の黒いロングコートを着ているから、猟師というより暗殺者のように見える。本人でも気づいただろ。かっこいい、とでも思っているから着ていることに文句を言わなかった。


弓弦を張り、アイザックは一瞬、息を殺して酸素の流れを止める。狙っているのは頭部。まぁ、どこに当たっても結果が変わらないけど。 結局のところ、鹿が死ぬ。そして自分が生きる。矢は魔力でてきたから、そういうの当然だ。魔の森に住み始めた頃、師匠から弓の使い方を学んだ。そういう危険な場所に来る予定はあるならそれくらいのことが必要性だ。だから毎日、師匠と一緒に魔の森を彷徨い、日が暮れるまで獲物を狩ったのだ。弓に慣れるようになるのは単に時間の問題であった。


アイザックは目を細めると、矢を放つ。その矢が空気を切り裂き、真っすぐに飛んでいく。その微かな音に鹿が頭を上げてこっちを見たが、もう反応できない。 その矢が頭部を貫くと、断末魔すら上げずに鹿は地面にぶつかて死んだのだ。それを見ると、アイザックはため息を吐いた。すると酸素を肺に入る事を許す。木の陰から出てきて、魔力をばら撒いて弓矢を消す。


今夜は宴だ。 メインディッシュは鹿肉。飲み物は近い川の浄化した水、そしてデザートは大都市ロズランドから買ってきた甘く熟した果物だ。 地面に冷たくなって横たわる鹿の躯へと歩きながら、ベルトについている鞘からナイフを取り出した。


「ついでに毛皮も取っていこうか。といっても、それはもう決まってるんだけど。鎧を作れるだけでなく、売る事も出来るしな」


そう呟き、彼は鹿の性器と麝香腺を切断する。 尻尾から喉元まで浅く切り、体腔に切り込むの気をつけてナイフを皮下に入れる。 次、胸甲を引き裂き、胸腔を開けると頭蓋底にできるだけ近く喉笛と食道を切る。腸管前端が晒したまま、内臓を除き始める。 尿が肉を穢せるので膀胱を注意深く切り取る。 するとそれも除く。その後に彼は肛門の周辺を切り取り、体腔を経て肛門を取り除く。 血液を流す為に少年は躯を引っ繰り返し、そのまま蹄の真上に切り、皮を剥いた。 それが終わり、一瞬も途切れずに肉切りを始める。出来れば、日が暮れるまでキャンプに戻りたい。肉は収納巻物に封じられるから腐ったりはしないに違いない。





キャンプに戻るところのことだった。歩いていると、何か地面に伏せているものが目に入ってきた。



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