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006


翌日。


雲ひとつもない朝の真っ青な空に浮かんでいる太陽の紫外線に包まれ、アイザックたちはみすぼらしい建物の前に立ち尽くしている。その建物は四階建てのボロボロのアパートで、ひび割れが目立つ煤けた煤けた外壁には触手のようなツタがびっしりとからみつき不気味な雰囲気を醸し出している。コンクリートの狭間から寒気が滲み出ていて、容赦なくアイザックたちの肌に染み付いたのだ。それを感じると、震えざるを得なかったが、太陽の光を感じられるからか、その寒気はすぐ去っていって、玉響の温かさに取って代わった。


見渡す限り誰もいない。まるでみんながここのとこを何らかの理由で避けているみたい。それはなぜかわからないが、あんまり深く考えないほうがいいとアイザックは決めた。


みすぼらしい建物を囲んでいるのは、色褪せた垣根だった。その垣根の隙間からつるみたいな植物が生い茂ってはみ出ている。それを見ると、師匠さまから受け継いだ小屋を思い出さざるを得ない。本当に古い記憶だけど、それでもアイザックにとって懐かしい記憶だ。


「ここは、まいちゃんの家ですか?」


そう聞かれると、まいは頷いた。それにアイザックは「なるほど」と言わんばかりに頷いた。するとまいはさらに言葉を続けた。


「生まれたときからずっとここにお母さんと二人暮しをしていました。たからわたしにとって、とても大切な場所です」


まいの目は遠い。まるで過去を思い出しているみたい。……いやきっと思い出している。とてもとても悲しげな目付きをしているから。まいは明らかに悩んでいるが、聞いていいかとアイザックは思った。


でもそれはやはりちょっと……アレだな。失礼ってゆーか、まあ失礼だけど、もっと正確に言えばプライバシーの侵害だな。


などと考えながら、アイザックは言った。


「とりあえず、中に入ろう。お母さんはきっと、まいちゃんのことを心配しているから」


アイザックの言葉を聞くと、まいはぼやっと頷くと、ドアを開けて2階まで上がって、2階の一番奥の部屋まで歩いていた。するとスカートのポケットから鍵を取り出し、その鍵を鍵穴に入れて鍵を回す。ぱちゃんという音とともにドアが開いた。中に入ると、はじめに感じたのは、圧倒的な寒さだった。家具がほとんどない。目に見えるものはみすぼらしいソファと台所にある冷蔵庫だけ。それでも少女は気にしなく、部屋に入ると、まいは憚らずに部屋の奥の部屋に歩いた。


すると部屋のドアをやさしく、開ける。


まいのあとをついたアイザックたちはほぼ同じタイミングで部屋について、その中に入る。窓は漆黒のカーテンに遮られているか、太陽の光が全然入ってこない。正面玄関のように家具がほとんどない。


部屋に入ってすぐ右に視線を向けば、そこは1台の小さなテーブル。


部屋の真ん中にはひとつの布団が敷かれている。そしてその布団の上に仰向けに寝転んで、天井を見上げているのは、女性の一人。だいぶ痩せているみたい。何日も何も食べずに過ごしたんだろう? と、アイザックは考えるが、やはり答えを知らない。


少女は女性の元まで歩き、悲しげな目で女性をみつめる。間違いない。布団の上には、まいちゃんのお母さんだ。アイザックは目を細めると、まいちゃんとお母さんがいるとこまで歩いて、人体解析魔法を発動した。


急所は普通、心臓もまだ鼓動している。息もできるが、浅く聞こえる。筋肉は……不自然に痙攣している。何日も動かずに過ごしたせいからかな。それはたぶんそうだけど、それでもなんか変だと思わざるを得ない。


まあとりあえず、麻痺回復薬をあげようか。


そう決めると、アイザックは茶色のボロボロのポーチを開けてそこに入れた麻痺回復薬を取り出すと、片膝をついてやさしく、女性の頭を上げて支える。


「こんにちは、お母さん。僕はアイザック・クロスと申します」


アイザックが言うが、女性は何も言い返さない。別に返事を待っていたことじゃないけど。


「僕は一応、錬金術師ですよ。お娘の頼みでお母さんを助けに来ました」


そう言うと、手にあるポーションをあげて女性に見せる。


「これは麻痺回復薬っていうポーションです。これを飲めば、元気になれる」


と、優しく微笑むアイザック。


そのアイザックを見ると、エリスはなんかイラつくと言わんばかりの顔をしながら目を細める。


優しいアイザックを見るの初めてだから。


「お娘さんのために元気になりたいよね? だったらこのポーションを飲んで元気になってくれ。いいか?」


アイザックは隣のまいに聞いた。するとまいは憚らずに「いいです」と返事してくれた。


それを聞くと、アイザックは頷いた。すると再び手にいる女性に視線を向けると、言う。



「わかりました。じゃあ……せーのっ」


女性の僅かに開いた口に、麻痺回復薬を流し込む。


「いろいろありがとうございます、アイザックさん」


まいは言うと、頭を下げる。それに微笑んで首を振りながらアイザックは「いえいえ」と言い返す。アイザックがまいのお母さんに麻痺回復薬をあげてから、僅かな数分後。ポーションを飲ませたあとすぐ眠りについたので、アイザックたちは部屋から出ることにした。


三人はいま、玄関に立っている。窓から太陽の光が差し込み、寒いリビングを少しだけ暖かめる。


「本当に、ありがとうございます。アイザックさんのお陰でお母さんが……」


と、そこまで言うと、黙り込むまい。次の言葉を言い難いみたいが、それでもアイザックは構わなく言う。


「いや、大丈夫って。手伝った理由は単に手伝いたかっただけだよ。だから礼を言う必要なんてないさ」


「でも……」


「これでお二人共、元通りの生活に戻ることができる」


アイザックの言葉に、まいは何も言わなかった。


何も言い返せなかった。


やはり目の前の人は、徹底的な神でした。


悟らせた。


「あ、忘れるところだった」


そう足を止めるアイザック。腰に巻き込まれているポーチをあけ、中から薄緑色を放っている小瓶を取り出す。それをまいに差し出す。


まいは訝しげな表情をしながら、アイザックをじっと見つめる。それにアイザックは優しく微笑むと、言う。


「これが、記憶喪失ポーション。まいさんが寝ていた間に麻痺回復薬とともに作ったんだ。これを使って、あの出来事を忘れられる。受け取ってくれ」


そう言うと、アイザックはポーションをまいにあげる。

恐る恐るとそれを手に取り、まいはアイザックを見上げる。すると見返してきたのは、光に包まれる現実離れした存在。


「勿論、飲みたくないなら飲まなくていい。でも僕に言わせれば、飲んだ方がいいと思うよ」


そう言い残すと、踵を返す。エリスとリラとともに大通りに沿って歩く。目指すのは、ロズランドを取り巻く門である。ここに来てからただ一日が経っていたが、それでもいい経験になりそうだから深く心に埋めることにして、新たな明日を目指す。


その三人の後ろ姿を見ると、優しく微笑むまいという少女。この世界に来てからもう二年が経っていた。その二年の間ずっと自分とお母さんの二人だけ。お父さんを知らない。それにしてもまいは嬉しかった。


多事多難にもかかわらず、まいはとても嬉しかった。


しばらくの間、まいは三人の後ろ姿を見つめていた。どこからか切望な気持ちを感じるが、まるで風に沿って吹かれている羽根のようにすぐ消えて、代わりに暖かい感覚に変わっていった。


「ありがとう」


少女は最後に言うと、手にある小瓶に視線を向ける。

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