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お嬢様の優雅な一日 ~朝食編~

とりあえず思いつくままにネタをぶちこんでいきます。

 ジリリリ………ジリリリ………


 天蓋付のベッドに備え付けられているサイドボードに乗せられた目覚まし時計の音が部屋の中に木霊する。


 けたたましい音を立てる目覚まし時計を、布団から伸びた白い腕が止める。そして、その腕の主である少女がもぞもぞと布団から這い出てくる。


 その少女とは一体何者か。


「ふわぁ………もう朝ですのね………」


 そう、我らがお嬢様、御条(みじょう) 沙麻子(さまこ)その人である。


 少女の朝はとても早い。


「人の上に立つものは、人一倍に時間を有意義に使わなければならない。」


 父であり日本有数の財閥、御条グループの社長を勤める御条 様好(さまよし)。その父が言いつけたことを少女はしっかりと守っているのだ。


 少女は布団から抜け出すとクローゼットから服と下着を取り出して素早く寝間着から着替える。


 少女レベルのお嬢様になると、着替えの手配などもメイドや執事がやりそうなものだが、彼女はそれを良しとしない。


 便利すぎる生活は際限なく人を堕落させる。だから自分で十全にできる日常生活の行為は全て自分で行うというのが少女のポリシーだった。なんという気高い心がけだろうか。


 しかし、それでも少女が全てを自分で済ませてしまうことはない。


 なぜなら、全てを自分で済ませてしまうと、それは少女に仕える者の仕事を奪ってしまうことになるからだ。仕事を失えば、その者は用済みとなってしまう。それは彼女にとっては不都合なことだった。


「服装よし、髪型もよしですわ。」


 天井まで届きそうな巨大で豪奢な姿見の前で少女は身だしなみの最終確認を行う。


 これからこの部屋に人が来る。お嬢様として、下々の者に情けない姿は見せられない。そういった少女の心配りが感じられる行為だ。


 全てが整ったことを確認すると、少女はサイドボードに乗せてあった真鍮性のハンドベルを手に取る。


そしてーーー


「ーーー瀬羽須(せばす)!いつものものを用意しなさい!」


 少女がそう叫んでベルを鳴らしたその瞬間。


「はい、御条様。洗顔のご用意、整っております。」


「うひゃあ!?」


 少女の背後からいきなり男が現れる。


 黒のモーニングスーツに身を包み、手には湯を張った洗面器とタオルを持つ細面の耳目秀麗なこの男。


 その名を瀬羽須 (ちょう)。少女の父が少女のためだけに用意した、最高クラスの執事である。


 突如として湧いたその男に口をパクパクさせながら驚いていた少女だったが、何とか呼吸を整えるとその白魚のような指先をビシッと男に突きつける。


「せ、瀬羽須!あなたいつから部屋にいたのですか!ま、まさか一晩中一緒だったなんてことはないでしょうね!?」


 少女も年頃の乙女である。いくら身の回りの世話をする執事とはいえ、無防備な寝顔を同年代の男に晒したかもしれないという事実は彼女にとって恥ずかしいものだった。


「いえ、御条様がお声を発したその瞬間に換気用のダクトから侵入を開始。お声を出しているうちに天井裏へと移動。そして、ベルの音と同時に天板の一部を外して御条様の下へと参じた次第でございます。」


「普通に扉から入ってくださる!?」


「それは………御条様のおっしゃることでしたら、この瀬羽須、善処いたします。」


「いや、さも難しいことみたいな口ぶりだけど、そっちの方が明らかに簡単ですからね!?」


「はっはっは、ジョークですよ、ジョーク!御条様を和ませるための執事ジョークです。」


「和むどころか、朝一でわたくしの心の平穏が脅かされていましてよ?」


 高笑いする男を前に少女は額に手を当ててため息を吐く。


 この男、執事としてのスペックは申し分ないのだが、あまりにもスペックが高すぎることが災いしてとんでもないムーブを繰り返すのだ。


 その度に少女の心は疲労して、挙げ句の果てにはキャラ崩壊を引き起こすのだった。


「……はぁ、まあいいですわ。瀬羽須も善意でやってくれていることですし今回は大目にみますわ。」


「御条様の寛大なお心に感謝を。次は、段階を踏んで窓から入らせていただきます。」


「ねぇ?その段階本当に必要かどうか自分の胸に手を当てて考えてみて?………とにかく、先に洗顔を済ませてしまいましょう。瀬羽須、そのまま鏡の前に行きましょう。」


「承知いたしました。」


 少女は鏡の前に立つと、男が差し出した洗面器からお湯を掬って顔を洗う。程よい温度のお湯が彼女の顔と心を洗い流していく。


 たっぷりと顔を洗って純白のタオルで水気を切ると、そこには少女のさっぱりとした美しい顔が現れた。


「ふはっ、流石は瀬羽須。いつもながらお湯の温度管理は完璧ですわね。」


「お褒めに預かり光栄でございます。実はお湯は毎朝温度計で気温を計って、それに合わせてお出しする温度を変えているのですよ。」


「へぇ、そうだったんですの!どの季節でも丁度いい塩梅の温度だったのにはそんな理由があったのですね。」


「ええ、下手な温度管理で御条様の可愛らしいお顔に傷をつけるわけにはいけませんから。」


「……っ!も、もう!せ、瀬羽須ったらまたすぐにそんなことを言うんですから!」


「ちなみに、お湯の温度はこの瀬羽須の秘中の秘でございますので、温度を盗み取ろうとしたものは全て手首を切り落としております。」


「怖っ!?なにそれ、私の洗顔って昔の刀鍛冶の世界レベルなの……?………あ、分かりましたよ。これもさっき瀬羽須の言っていた執事ジョークですのね。もう、瀬羽須ったらジョークの時はちゃんとそう言って下さらないと。」


「…………。」


「…………瀬羽須?ね、ねぇ?これも執事ジョークですのよね?」


「…………。」


「えっ?ちょっ、ちょっと、瀬羽須?早くジョークって言って下さる?ね、ねぇ?本当に怖くなってきたから、お願いだから、早く!」


「………。」


「ねえってば、瀬羽須ぅ~!うわーん!怖いぃ~!」

 







 場面は変わってここは朝の食堂。二十人は軽く座れそうな長い食卓の端に設けられた豪奢な椅子に、少女が一人腰かけて黙々と食事を摂っている。


 少女の側には執事の男が控えて、給仕を務めているが男が一方的に喋るだけで二人の間に会話はない。


 それもそのはず、この男、先程まで少女のことを執事ジョークでからかい倒して弄んでいたのである。それに気づいた彼女はご立腹、会話が無くなるのは当然の流れといえた。


「御条様、こちら御条家直営の養鶏所で今朝採れたてのブランド鶏卵を使用したスクランブルエッグでございます。お好みでケチャップなどもお使いください。」


「………。」


 目の前に解説を添えられて出される食事を少女は黙って口に運ぶ。男との会話もなければ、食事に対しての感想もない。彼女は半ば意地になって男を無視していた。


 男も少女の意図を察してか、特に何かを語ることなくただ給仕に徹していた。


 少女の目の前の皿が空くとすぐに男が淀みの無い動きで次の料理を提供する。


 動揺を感じさせることの無いその動きがますます少女を意固地にさせた。


「次の一皿は同じくブランド鶏卵を使用したオムレツでございます。こちらお好みでソース、ケチャップでお召し上がりください。」


「……………。」


 少女はただ、出された料理を黙々と平らげる。


「次の一皿は同じくブランド鶏卵を使用したサニーサイドアップでございます。お好みで塩、胡椒、醤油、ソース、ケチャップ、マヨネーズなどでお召し上がりください。」


「………………………。」


 少女は料理を平らげる。


「次の一皿は同じくブランド鶏卵を使用した温泉卵でございます。お好みで塩をかけてスプーンで掬って喉ごしを楽しんでお召し上がりください。」


「………………………………………。」


 少女は料理をーーー


「だああぁぁっ!なんで卵料理ばっかりなの!?栄養バランスの概念はないの!?流石の私もこれはツッコむわ!」


「申し訳ございません、御条様。何もおっしゃらないものですから言葉にならないほど卵料理がお気に召したのかとばかり………」


「そこは察するところよ!?お湯の温度の時はめっちゃ察してくれてるのに何この落差!君の直感はナイアガラの滝か!」


「すみません、御条様。全てこの瀬羽須の不徳の致すところでございます。………実はこの後にまだ、ゆで卵やポーチドエッグが控えているのですが………」


「キャンセルして、キャンセル!というか温泉卵から全部卵茹でる系メニューじゃん!調理方法までバランス感覚なしか!」

 

「すみません、御条様。この瀬羽須、一度はまったらとことんやるタイプでして。」


「一体、何が原因になったら急にとことん卵茹でたくなるの………?………あー、なんかもういいよ。結局話さないようにしてたのもこっちから破るしさ。ふんだ。」


 そう言い残すと、少女は不貞腐れて椅子の上で膝を抱えて丸くなる。天然なのか、あるいは意図的なのかは分からないが、結果としてまた男の術中にはまってしまうような形になったことが彼女には情けなかった。


 そのままどんどん休眠中の団子虫のように丸くなっていく少女。このまま彼女が丸くなり続ければ、イタリアサッカー伝統の硬いカテナチオの守りごとく、彼女の心を開くことは容易ではないように思われた。


 しかしその時ーーー


「ーーー御条様。」


「………!」


 男が動いた。


 男はするりと椅子の前に進み出ると、膝を折って少女に頭を垂れる。


「まずは謝罪を。この度はこの瀬羽須が至らぬせいで、御条様を深く傷つけたことを深謝いたします。」


「…………。」


 男が少女の右手を取る。膝を抱えるために巻き込まれていたその腕は、意外にも少しの抵抗もなく男に従う。


 男は少女の手を両手で優しく包む。その姿はまるで神に捧げる祈りにも似ていた。


「未だに至らぬことも多い我が身ではありますが、この瀬羽須、御条様への想いは誰にも負けぬ自信がございます。」


「……………!!!」


 そこまで言うと、男は手を開く。そして右手で恭しく少女の右手を取るとその甲に口づけをした。


「御条様が私を想って下さるように、この瀬羽須も御条様をお慕いいたします。ですから、どうか私をあなたのお側に置いていただけますか。」


「瀬羽須……。」


 丸まっていた少女は途中から椅子の上に正座して男の言葉に耳を傾けていた。その頬には朱がさして、顔には一面に喜色が浮かぶ。


 男が顔を上げるその前に少女は頭をぶるると振って、いつも通りの顔を作った。


「もちろん………ですわ。だって、瀬羽須は私のための執事なのですから!いやだと言っても離しませんわよ?」


「御条様………。」


「さぁ、卵でお腹も膨れましたし、そろそろ学校に行く支度をしないといけませんわ!瀬羽須、準備なさい!」


「承知いたしました。………ですが、御条様。その前に………」


「………?なんですの?」


「今日のデザートはプリンなんですが。御条様、卵はもうお嫌いですか?」


「………!………食べますわ。」


「かしこまりました。厨房に向かいすぐに用意いたしますのでそのまま椅子にかけてお待ちください。」


 ウインクをひとつ残して厨房へと向かう男。少女はその背中を見つめてーーー


「ーーふふっ、やっぱり瀬羽須には敵いませんわね。」


 くすりと一声笑ってそう呟いた。

御条「プリン?わたくしはお嬢様よ?こんなものちゃんちゃらおかしくて…………うまぁい!!」



プリンは人を幸せにする=プリンは神。

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