その呼吸が止まるまで
お読み頂き有難う御座います。
ラストです。
……。
息が出来ない。
……ギャンギャンキレた声とオロオロする声を前にして。
結構力強いな、ブランシュ。
……何でこんなことになったんだか?
つか俺、家の前で何で他人を目の前に嫁に熱烈なキスをされてるんだ?
そういうムードじゃ無かっただろ?全く無かったよな?
来た当初はガキだったけど、流石に一度結婚……結婚モドキをしてたからな。そういうのは騎士になってからも見たし、分かるぞ?
「サツキさま、お耳を少々貸してくださいな」
さっきブランシュにそう言われて屈んだのが問題だったのか?
若干座った目になってたから、髪の毛を撫でてあやしたみたいだったのが気に入らなかったか?
だからってだからって……いや、うん?
取り敢えず俺と親子関係を間違われてキレたのは分かった。
ブランシュは結構有る意味激情家だ。普段は大人しいんだがな。
まあ、この目の前であんぐり口を開けてる警備騎士の指摘は間違いじゃない。
だって俺らの関係はついこの間まで親子だった。
だが、ブランシュはそれが死ぬ程嫌なようだ。
ジェリアが村に戻って来てからは如実に酷い。案外短気なんだなと初めて知った。
亀と蜥蜴と犬を飼った時は若干ビビりながらも慣れたら喜んでたのに。
……まあ、それはいい。
しかし、何で家のド真ん前、他人の前でキスしてくることになる?
つか、長い。
何処で仕入れて来た、そのテクニック。絶対に俺発信じゃないぞ!?
「んむぅ!!」
全く止めそうにないから、ブランシュごと抱き上げた。
あ、やっと口離した。
……ヨダレ垂れそう。垂れたかもしれない。
……思わず顔を背けて、ブランシュの口を袖で拭ってしまった。
あ、つい。子供扱いとか怒らないといいけど。
「サツキさまったら」
怒って無いか、良かった。
「何してんのよおおおお!!お、親に……頭おかしいんじゃない!?この子、こ、この子供危険よザッツ!!」
「私は、サツキさまの!!正当な誓いの元に夫婦となった!!妻です!!から!!」
ジェリアの声に負けないくらい、茶畑に響き渡ってる。
……意外とデカい声出せるんだな、ブランシュ。
あ、犬のクリームが吃驚して遠吠えしてんな。因みに名付けはブランシュだ。
毛色がクリーム色だから。安直だが覚えやすくていい。
「つ、つま……!?」
「妻、妻!?嘘でしょうザック!?こんな小娘が!?幾つ離れてると思ってんのよ!!」
そんな犯罪だろみたいな目で見られる筋合いはない。
何でそっちの警備騎士迄、そんな目で見られなきゃならないのか分からんし。
……頭の上から不穏な空気を感じるな。
「7つか?」
「はい、サツキさま。たった、7歳だけ年下の妻ですわ!!」
上見たら未だ目つきがヤバいな。さっきので頬っぺたが赤くて可愛いのに。
「7つ!?」
「嘘でしょ!?30半ばでしょザッツって!!」
……俺の老け顔で年齢を誤解される弊害は一体何時になったら止まるんだろうか。
というか必要に駆られて偽らざるを得なかった昔は兎も角、今そんなサバを読んだことは無い。必要も無いし。
……歳を上に申告すんのってサバでいいのか?よく分からない。
「未だ20代初めなんだけど」
「嘘でしょ!?同い年でしょ!?否定しなかったじゃない!!」
「同意したこと無い」
つかお前、自分の年齢ばらして大丈夫か。会ったばかりの他人もいるぞ。
え、意外と歳行ってるこの人って目で見られてるぞ、横の警備騎士に。
「……ジェリアさん、憧れの都会で学校に行ってらして、其のまま田舎がお嫌で職に就かれたんですよね?都会の殿方に恋破れられて傷心で帰郷されたのはお辛いでしょうが……」
「な、何でガキがそんなこと知ってんのよ」
村に買い出し行くと絶対誰かがその話題してるから、結構有名だし俺も知ってたけど。
ぎゅ、とブランシュの腕が俺の頭を抱く。
……地味にバランスが取りづらいな。後、ブランシュの長い水色の髪がデコと耳に被さって痒い。
「貴女だけですのよ?サツキさまが私と結婚されている事実を無視して、余所の夫に結婚を迫っている恥も外聞も無い行いを自覚されていないのは」
「……!!」
「……ブ、ブランシュさん?」
……スゲー顔だ。
ブランシュは見えないが、ジェリアの顔は般若みたいだな。後、よく分からん迫力の女の戦いに警備騎士が引いてる。
気持ちは分かる。俺も良く分からん。
後、ブランシュの見た目に騙されたなコイツ。俺も其処迄女性経験は豊富じゃないが、見た目通りの女なんてそうそう居ないのにって事位は身に染みてる。
まあ、元妻みたいにあくどい見た目通りの女もいるけどな。
「いや、ちょっと嘘でしょザック。あんた、あたしがお嬢様で荷が重いから娘に一芝居打たせてるだけでしょ?」
何処でそんなお前に対して健気な俺が出来てくるんだ。
「結婚証明書でも持ってくるか?」
「まあいっそ村の皆様に写しをお配りしましょう?サツキさま」
「村の人達は記憶有るだろ。つい1年前に式挙げたんだし」
大した服も着せてやれなかったが、あのブランシュは滅茶苦茶可愛かった。こんな可愛い娘を嫁にやる庇護欲が何故か湧いたし。
相手俺なのに。
「ですけど、お配りするべきでしたわ。もしくは、外扉の有るお部屋全てに大きくして飾るべきですわね」
結婚証明書の写しをか?
何の為に……?
流石に異世界と言えどもそう言う文化は無かった気がするが。
前の世界では……食べ物屋とかに色々調理師免許?みたいなの飾ってたとは思うけど。
「写真……肖像画でもいいんじゃ」
「それも素敵ですわね!」
「り、離縁なさいよ!!」
離縁?離婚って事か?新婚なのに?
は?何を言い出すんだコイツ。
ジェリアの発言は、俺らの目を点にした。
「………こんな田舎でマトモな男なんてあんた位しかいないのよザッツ!!そんな小娘よりずっといい生活させてあげるわよ!!」
「ちょ、貴女、何を……」
「一目惚れだったのよ!!運命なの、ザッツ!!」
いや、そんなこと言われても。俺の意思を無視しといて何の運命だよ。
「ジェリアさん」
「な、何よ」
「運命は貴女だけの独りよがりなものでは御座いません。そして、双方同意のもとでないと愛は生まれませんの。ねえサツキさま」
「あー、うん。そーいう事だから」
「……な、な……」
「何故こんな美しい方がオッサ……いや、老け顔……いや、私と歳が変わらんとは……」
「……いいけど、老け顔で」
散々向こうにいる時からも年齢詐称だの大人料金を誤魔化すなだの言われてきたし。
だが、抱えてる頭上のブランシュは余計怒りに火を注がれたようだった。
普段はおっとりしてるのに……俺の事が絡むと、かなり怖い気質になってる気がする。
つか、腹減って来たな。朝からこんな変な絡まれ方すると疲れる。
未だ水撒きも終わってないってのに。
「まあ、何て失礼な方。初対面の守るべき村民に悪口ですか?」
「い、いや!!ち、違うんですブランシュさん!!」
「ヨツガヤ夫人とお呼びくださいませ」
……成程な、この警備騎士……ブランシュに一目惚れしたってのか。
この短い期間でヤケに一目惚れ率高いな。
俺は一目惚れしたことが無いから分からないが、ブランシュは可愛いしな。
「兎に角、警備騎士のあんたに挨拶は済んだな?ジェリア、何が有ろうと金輪際お前とは結婚しない」
「ちょ、ちょっと待ってよザッツ!!」
「理由はお前のブランシュを貶す言動にいたく傷付いたから。はい断った」
「……!!」
面倒になって来たからも有るが、此処で完膚なきまでに断っておかないと気が済まなくなって来た。
……まあ、恨んで何かしてくるんなら引っ越してもいい。隣村とか。
俺の能力に農作業を助けるものは全くないが、開墾とかそう言う系統はあるみたいだし。
「俺は農作業で忙しい。帰ってくれ」
「日差しが強いので日が高くなる前にお水をやらないといけませんの。ジェリアさんは素敵なんですから人の旦那様に感けていては人生が台無しですわよ。素敵な出会いがありますように。さようなら」
「な、何よ何よ何よーーーーー!!」
……あ、ちょっとブランシュに丸め込まれてる。
あの単純さは知り合いレベルなら嫌いじゃないんだが、気が強くてしつこいのがどうにもな。
片方はぎゃあぎゃあ言いながら、片方は肩を落として帰って行った。
「やっと帰りましたわね!!ああ、お水撒きも未だですし、お昼のお仕度をしなきゃ!」
「……水撒いとくから昼飯の用意頼めるか?クリームとゼンザイとミツマメの」
「ええ、サツキさま!あの子達もお腹を空かせていますものね」
因みにゼンザイが亀でとミツマメは蜥蜴。俺の名付けだ。クリームときたらクリーム善哉かクリーム蜜豆だろ。
茶色に体に白い餅みたいな甲羅のゼンザイと、赤いえんどう豆みたいな鱗のミツマメ。
多分、俺と若葉さん以外にネタに笑う奴はいない。
……まあ、帰れないのは分かっているし、とっくに諦めた。
だけど何だろうな。此処に来る前に連れてって貰った喫茶店。パフェが無い其処で、文句を言って母親に叱られながらも兄ちゃんと俺が迷いながらも頼んだメニュー。
あれは、旨かったかマズかったか、どうだったか。
そんなくだらないことを時々思い出す。
「サツキさま?」
目の前には、俺の世界にいない髪の毛の色と目の色を持ったブランシュ。俺の嫁。
向うへの道が見つかった所で、彼女を向こうに連れて行くことは無理だろう。
大体、あっちで親兄弟がどうしているかも分からない。
「何でも無いよ」
時々今日みたいなウザい事も有るし、ブランシュと仲違いすることもあるだろう。
前の世界に比べれば不便だし、意味の解らない事も多いし。魔法の世界だという割に俺は魔法を使えないし、他の事では若干恵まれてはいるが、大した能力も無いし勿論チートも無い。
だけど、俺は彼女とこの世界で茶畑を育てて生きていく。
育てたお茶が好みで、旨いねと言いながら。
それで、あの日の滅茶苦茶俺の選択は正しかった、良かったと、死ぬ寸前まで思って生きたい。
帰れない、帰らない転移者、サツキくんの話で御座いました。
お読みくださった貴方に感謝を。良しなに。




