私の素敵な旦那様
お読み頂き有難う御座います。続きです。
ああ、いいお天気!!
朝の光に空は澄んで、お茶の木は綺麗な緑で、おうちには愛するサツキさま!!
これ以上の幸せがあるかしら!!
いいえ、私にはこれ以上の幸せは無いの!!
うふふ、うふふふふ!!
ああ、歌いだしたい!!笑いたい!
で、でも此処お外だから、駄目。ちゃんとしなきゃ。
変な顔をサツキさまに見られたら嫌だもの!
思わず笑いだしそうになりながら、気を引き締めてお茶の木にお水を撒く。
キラキラと舞い散るお水がとても綺麗。
サツキさまとお外に出るまで、空も、お水も、景色もこんなに綺麗だなんて思わなかった。
あの方が居るから、私の世界はキラキラしている!!
あの暗い物だらけの部屋から救い出してくださった、私のサツキさま!!
ああサツキ様、ブランシュは全て貴方のお陰で此処に幸せでおります!!
「あのう…………」
「?」
何方かしら。
男の方の声がするわ。
キョロキョロしていると、お庭の入り口の方に所在投げに立った、同い年くらいの殿方が居た。
サツキさまのお客様?
そんなご予定は聞いていないのだけれど…………。
「どなたですか?」
新しい郵便屋さんかしら?
それにしてはお服が…………警備騎士様のようなお服。
ああ、そうだわ。此方に常駐されている方がお怪我を為さったとかで、新しい方がお見えになるんだったわ。
きっとご挨拶にいらっしゃったのね。いやだ、きちんとしなきゃ。
家主であるサツキさまの分まで!!
スカートの皺を延ばして、きちんと堂々とした態度を!!
「あ、あの!!」
あら、お茶の木をじっと見てらっしゃるわ。初めてこの地に足を踏み入れた方にとっては、見慣れない植物かしら。
お茶は皆さん飲んでいらっしゃるようだけど、木をご存じないのね。
「お茶の木がお珍しいですか?」
「…………!?」
何故かしら。
ギョッとした顔で見られてしまったわ。
そんなに汚れていたかしら…………。ちゃんと鏡を見るべきだったわ。
「妖精…………い、泉の妖精!?」
あら、この方妖精が見える方なのかしら。
素敵な特技をお持ちなのね。
いけないわ、そんな事はどうでもいいわね。ちゃんとご挨拶をしないと、家長であるサツキさまに恥をかかせてしまう。
「あの、私はこの家の者でブランシュと申します。どちら様でいらっしゃいますか?」
「あ、…………御免なさい。俺はこの先の町に赴任された騎士…………」
今度は顔が赤くていらっしゃるわ。
もしかして、朝から日差しが強いから具合が?
きっと遠方からいらしたんでしょうし、お疲れなのね。
「…………あの?」
「すすすすすすみません!!ええと、ええとおおお!!その、自分は怪しいものでは!!その、ソコカイ村に派遣された騎士ですっ!!」
あら、やっぱりそうだったのね。
「まあ、ではリーバ様の後任の方…………」
「はいっ!!リーバの甥です!!ルベール・リーバと申します!!」
「まあ、お初お目にかかります。私、ブランシュ・ヨツガヤと申します」
「ブランシュさん…………名前までお美しい…………」
あら嬉しい。
私の名前は兎も角、ヨツガヤと言う家名を得た事は素敵で気に入っている。
褒められて嬉しくなった。
あら、いけない。
新しい警備騎士様にサツキさまをご紹介しなければ。
さあ、早くお呼びしましょう!
「少々お待ちくださいな、今、主人を呼んで参ります」
「しゅ、主人?」
そう、主人。夫。
ひとさまに向けて、サツキさまをそうお呼びすることが出来るのは本当に望外の幸せだわ。
思わず足まで浮かれて、変に走ってしまいそう。
いけない、ちゃんとしなきゃ。
急いでお家に戻ろうとしたとき、私の目の前に黒い影がすっと立ち塞がった。
ああ、ああ!!
何度見ても私の愛しい方!!サツキさま!!
「ん…………お客さん?」
「サツキさま!!」
何処かで見たらしたのかしら、来て下さるなんて!!
心配してくださったのかしら。
ちゃんとしていたつもりだけど…………。
不安な表情が出ていたのかしら、サツキさまが頭を撫でようとしてくださって…………止まって、肩を優しく叩かれる。
人前ですものね。
…………少し、子供扱いかしらとも思いますけど…………でも、今は私は妻ですもの。
妻に触れるのは当然ですもの!!
…………ちょ、ちょっと残念。
「リーバ様の後任でいらしたそうですわ、サツキさま」
「ああ、爺さんだったもんな…………。此処に住んでます、サツキ・ヨツガヤです。呼びにくければザッツとでも」
「は、はい!!ルベール・リーバです!!え?……………………ヨッガヤ?」
あら、どうして首を捻ってらっしゃるのかしら。
そんなに言い辛いのかしら?
「あー、そっちも呼び辛いか…………。何か呼び易そうな言い方有ったか?ブランシュ」
「そうですわね、如何しましょう」
ですけど異世界からお出でになったサツキさまがお持ちの大切な家名ですもの。あまり変に変えてはいけませんよね。
大切なお名前だから、広めてはいけないかも?
…………家名の本でも買って、普段は其方を名乗るようにしましょうか…………。
「似てない若いお父さん、ですね。ブランシュ嬢」
…………。
…………何ですって?
この方、何と仰った?
サツキさまを…………私の旦那さまを、お父様!?
そりゃ、1年前まではお父様で間違いなかったけれど、今お父様と間違えたのこの方!?
主人、と申し上げましたわよね!?
「…………」
私は父親の顔も知らず、産みの母親は残酷でひとでなしで大嫌いです。
だけど、こういう時に思い知ります。
…………気に入らないから、排除したいという気持ちが我慢できないその凶暴性が、私の身に巣食っていることを。
「…………ブランシュ」
「…………」
「ブランシュ、睨むな。ビビってる」
「…………」
睨んだ位でなんですか。こんな小娘相手に怯むような方が警備騎士だなんて、おかしいでしょう。
この方は私とサツキさまの関係を…………1年前までは間違っていなかったけど、間違ったのです。
私は暴力は振るいません、だけど消え失せろ、と叫んでしまいたい。
だけど…………今度こそサツキさまの優しい手は私の髪を梳きました。
するすると、怒りが失せて行きます。
…………ああ、やはりこの方が居ないとダメ。
きっと、この方が居ないと私は…………。
黒い瞳が私を映しています。愛しい方の目に映るのは、薄青い髪のそれなりの容貌の女。
私は正直自分の容姿が他人の目に映るかなんてどうでもいいですが、サツキさまがお好きだと言われるのでサツキさまだけの為に装い、美しくありたいと思っています。
ええ、落ち着きました。
ちゃんと関係をお伝えしましょう。
一時の激情で警備騎士を怒鳴る妻なんて、それこそサツキさまの恥です。
赴任されたばかりで知らないのですもの。
ちゃんと、私が『サツキさまの妻、ブランシュ』であることをきっちりと、しっかりと、ちゃーんとご説明を申し上げなければ!!
…………結婚証明書を入れた箱の鍵、何処に置いて居たかしら。
写しを沢山用意して、お知り合いの方に配りたい位です。
「ちょっとザッツ!!何時まで待たせるのよ!!」
「え?ああ、まだ居たか?ジェリア」
私にはサツキさまが必要なの。
サツキさまがいなければ、…………常に怒りに打ち震えて、癇癪持ちで誰にとっても鼻持ちならない人物になると思うのです。
あの産みの母のような、醜い女に。
そんな人間になるのは、本当に嫌。
ですけれど、この赤茶色の髪の女性…………ジェリア。
ほんの僅かなご好意で、彼女の家の荷運びを手伝われた高尚なサツキさまに横恋慕して!!
サツキさまの行く先々に現れては纏わりつく、我慢ならない相手!!
今日は家にまで押しかけて来ていたなんて。
…………許せない。許せない。許せない。
私の内側に有る、ぐつぐつと煮えたぎる何かが…………弾けさせても、構いませんよね。
妻有る殿方への横恋慕は、重罪ですもの。
清楚で可憐、湖の妖精のような見た目ですが……地味にあの母親の娘なので、結構に結構な激情家、ブランシュです。サツキくんを与えて置けば清楚で可憐で大人しく収まります。
サツキくんは気の強い女性に好かれる相が有るんですね……。