第8話〜桜井若奈は、興味が向いたら真っ直ぐな子だった。
「こちらの区画ですね」
「うわー、なんかガラリと雰囲気変わりましたねぇ」
アルバートの案内で移動すること数分。
いつの間にか通路の様式がゴシック調のものに変わっていた。
床も絨毯ではなくモノトーンを基調とした大理石に。
本棚や柱の彫刻などもより緻密なものにかわっていた。
若奈にはタイトルが読めなかったが、なんとなく置かれた本の系統も変わった気がする。
「この先に談話室があります。高津本様をお連れいたしますので、そちらでしばしご寛ぎ下さい」
若奈を談話室に案内したアルフォードは美しい所作でお辞儀し、音もなく退室していった。
大理石の床を革靴で無音の移動。
並みの執事……司書ではない。
「それにしても、不思議なところだねぇ」
内装の変化もそうだが、あまりにも広すぎる。
ここまで何度か角を曲がったことはあっても階段を上下したことはない。
にも関わらず未だに外を覗ける窓もない。
時折明かりを取り入れるための天窓のようなものはあったが、色付きのステンドガラスがはめ込まれており空は、というか外は見えなかった。
途中上りの階段もあったので、ここが最上階ということもないだろう。
歩いた距離と体感的にここまででも広さは一般的な学校の敷地よりもある。
「うーん、これがファンタジーってやつ?おとぎ話みたいだねぇ」
小さめなシャンデリアに照らされた談話室は思いの外明るく、そして椅子に腰掛けた時にはいつの間にか目の前の机には紅茶とお菓子の乗った皿が置かれていた。
椅子に座ったのはアルフォードが出ていった後なので、用意してくれたのは彼以外の誰かだ。
「もしかして妖精さん?ありがとうございます」
雰囲気的にファンタジーと言うよりはメルヘンだった。
この状況に何もない空間に頭を下げている若奈の頭の中も相当にメルヘンだろうが。
ある意味脳内がお花畑と言うよりは麻痺してしまっているのかもしれない。
カタンッ…
談話室で若奈が寛ぎ始めてから数分ほど経った。
紅茶は半分ほど減り、クッキーもすでに半分以下だ。
談話室の棚に置かれた本を目で追っていた若奈は、不意に何もない壁の方からした音に反応した。
「妖精さん…?」
近づいてみても壁には何もない。
しかし何の気なしに手を置いてみると、壁の一部の肌触りが違うことに気が付いた。
うまく周辺の色と模様に合わせてあるが、どうやらそこだけ回転扉のように回るような仕掛けがあるらしい。
若奈が仕掛けの向こう側を覗いてみると小さな取っ手があり、それを引くことで隙間なくはめ込まれた壁がせり出してきた。
視覚的には、壁に偽装された扉が現れたようにも見える。
「おー、これって隠し扉?なんかかっこいいなぁ」
そんな呑気なことを呟きながら扉の奥を見てみると、奥には通路と階段があり、その先にふわふわと浮きながら移動する淡い光が見えた。
「…ほんとに妖精さん?」
すぐに光は見えなくなる。
気になった若奈は扉をくぐり、光の後を追ってすすんだ。
桜井若奈は、興味が向いたら真っ直ぐな子だった。