第6話〜桜井若奈は考えるのをやめた。
「ようこそいらっしゃいました。数多の叡智と万物の書物の眠る大図書館【ルハネ=キア】へ」
見事なお辞儀に見惚れる若奈。
おじ様、かっこいい……。
年上の魅力に気付いた花の乙女である。
余談であるが、彼は妻子持ちである。
「申し遅れました。私は当図書館の司書統括をさせて頂いております、アルバートと申します。迷い人の案内も司書の役目。出口までご案内しましょう」
…………。
シミひとつない赤い絨毯の敷かれた通路を歩く二人。
時折人影が現れるが、若奈の頭には性別や雰囲気以外の情報が頭に入ってはこない。
不思議と容姿などの記憶が曖昧になって消えていくようだった。
どこか明晰夢を見ているような気分になる若奈。
考えてみればこの図書館にやって来た瞬間からして不思議の始まりである。
倉庫の扉を開けたら荷物が倒れて来て気絶して夢を見ている、なんて説明されたら納得してしまう。
それほどまでにルハネ=キア大図書館は圧倒的であり、幻想的だった。
通路の壁はどちらも本棚になっており、見上げるほどの高さまで埋められているが、広い通路と落ち着いた灯りを放つ小さなシャンデリアが閉塞感を感じさせない。
そして本棚もそうだが等間隔で緻密な細工の彫られた柱が連なり、さらに僅かずつ模様が異なっているため歩いているだけでも楽しめた。
時たま本が一人でに宙を浮いて本棚に入っていくのが見えたが、おそらく若奈の見間違えだろう。
さすがにそれはファンタジーが過ぎる。
桜井若奈は考えるのをやめた。
「すごいですねぇ」
そんなありきたりな反応にも穏やかな笑みで対応するアルバート。
初老に差し掛かる見た目だけに、孫を見守る好々爺のような雰囲気がある。
ちなみに彼に孫はいない。
息子は自宅警備という名の高等遊民である。
結婚しないのかという問いかけに「もうしてるよ」と画面の中の嫁を見せられた時から、彼は孫を諦めている。