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第3話〜桜井若奈は踵を返して来た道を引き返す。

十数分前。


放課後、SHRを終えた教室は騒めきで満たされていた。


部活に向かう者、残っておしゃべりを続ける者、携帯を操作する者。


若奈は特に部活も入っていなければ、放課後やることもない。


バイトは原則として禁止だし、趣味と言えるようなものも特にはない。


普通に教科書などを鞄に詰めて、クラスメートの女子と会話をしていた。


「じゃあ若奈、また明日」


そう言って荷物を持って席を立ったのは転校初日に話しかけられて仲良くなった、クラスメートの高津本咲たかつもとさき


「うん、またね咲」


若奈もまた荷物を持って席を立った。


と言っても咲はハウス会と呼ばれる校舎ごとの代表組織の集まりに、咲は特にすることもないため帰宅するために、である。


若奈の転入した高校は稲穂学園という県立高校で、まるで大学のように校舎や施設が乱立し、ハウスと呼ばれる校舎に数百人ごとに分けられて勉学に励んでいるのだ。


中庭を囲うように6つの校舎が並び、若奈が転入したのは2ハウスである。


「本は返すの、いつでもいいから」


「うん、ありがとね」


玄関前の階段のところで彼女と別れ、若奈は靴を履き替えて外に出た。


2ハウスは比較的校門が近く、最寄り駅までは歩いて10分ほど。


途中天に向かってそそり立つ塔のモニュメントの脇を通り抜けて、若奈は駅に向かって歩を進めた。


ちなみにこのモニュメント、稲穂学園の七不思議に数えられており、なんでも校長室の引き出しの中のスイッチを押すとモニュメントの中からミサイルが飛び出すのだとか。


完璧に余談である。


…………。


若奈が借りた本を教室の机の中に忘れたことに気づいたのは、丁度駅の改札を通る直前だった。


定期を出そうと鞄を開けた時、本を机に入れたままだったことを思い出したのだ。


「……うーん、どうしようかなぁ」


正直ここまできて本を取りに戻るのはめんどくさい。


しかし今日は金曜日で、部活も何もしていない若奈が学校に行くのは月曜日になる。


本は実にいいところで中断しており、このままだと土日の間は悶々すること間違いなしだった。


しかも借りた本というのが今放映されている映画の原作となったもので、咲と日曜日に観に行く約束をしていた。


若奈は映画は原作を読んでから観に行く派だった。


でないと映画の内容がよく分からないことがあるから。


桜井若奈、17歳。


勉強はやや苦手だが、興味あることの予習には余念のない子だった。


一瞬迷い、そして一つ頷く。


桜井若奈は踵を返して来た道を引き返す。


せっかくの映画を楽しめなくなるのは嫌だった。


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