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会長との出会い

 はっ!? ここはどこだ!!


 朝目覚めてみると、そこは俺の部屋じゃなかった。……えーと、昨日は確か、変な幽霊が消えた後、また変なのが入ってきて俺は気を失ったと。


 確かそんな感じだったはず。ならば俺は部屋にいなければおかしい。なのに、なのになんで俺は屋外にいるんだよ。


 よーく見てみると、この景色は俺のボロアパートの近くでもない。懐かしい景色。俺が中学生まで住んでいた街だ。


 目の前には公園、ちょっと右の道を曲がれば大きいデパート。左に行けば中学校がある。


 そして俺の後ろには、これまた懐かしい昔の我が家があった。


 本当に懐かしい。木造二階建てのどこにでもある平凡な家だけど、この家が大好きだった俺がいる。


 家族との思い出が一杯詰まっているこの家には懐かしい反面、近づきたくないと訴えてくる心も存在している。


 でも、なんでだろ? なんでこの家に近づきたくないんだ?


 理由が、分からない。


 中学までこの家にいて、高校入学に合わせて俺は両親と一緒に引っ越しをしたはずだ……。


 それだけなんだよ! なのに、なんで『近づきたくない』っていう心が存在しているんだよ!


 俺の引っ越しに美優も着いて来たんだよな。


 金があるからなんでもありなんだろうと、その時は思っていた。


 と、そんな事は関係ないか。なんで俺はこの家に近づきたくないんだよ。


 俺が頭を抱えて悩んでいると、目の前の公園に見覚えのある人物が見えた。 


 あの二人は異様に見覚えがある。……というか中学の頃の俺と美優に違いないだろう。



 美優との身長差が現在とあまり変わらないのをみるに、恐らくは中三くらいだろうか。

 

 中三。俺が引っ越しする年だな。


 なにかこの記憶を思い出すヒントがあるかもしれない。


 俺はとりあえず昔の自分に近づこうと一歩踏み出した瞬間、世界がグラッと揺れた。



 そして真っ暗になり、俺の意識が遠のいていく。


 夢の世界から帰ってきた俺は、自分の位置を確認してみる。


 下半身は押入れの中に突っ込み、上半身は外。うつ伏せになっていて両手を万歳!! とでもいうかのように上げている。


 なんか無性に恥ずかしくなったので、押入れから出て、今度は周りを確認。


 窓から暖かな陽光が差し込んできていて、かなり眩しい。


 そんな朝の雰囲気には似合わない異様な環境があった。


 本棚には無数の黒い手形。天井には赤い手形。床にはゴリラみたいな手形。どこを見ても手形手形手形。


  ここまで異常だと、逆になんも感じないという奇妙な体験をしていると、無人であるはずの俺の布団が膨らんでいる事に気付いた。


 それに近づいて上から覗いてみると、美優だ。


 すやすやという擬音が聞こえてきそうなほど、気持ちよさそうに寝ている。


 昨日の夜、最後に入ってきたのは美優だったのか。家政婦さんが家にいるくせに、なんでわざわざ俺の家に来るんだよ。


 つーか、鍵は? あれか? 幽霊が開けっぱなしにしていきやがったのか? だとしたら迷惑な幽霊だ。


 今度会ったら、一言文句言わないと気がすまない。


 幽霊には今度文句を言うとして、問題は美優だ。


 

 なんでこの部屋の主である俺が地べたで寝て、美優が気持ち良さそうに俺の布団で寝てやがる。



 大体、なんで俺の布団なんだよ。俺がこの前美優の家に行ったとき、凄いふかふかなキングサイズのベッドがあったはずだ。



 絶対にあのベッドの方が寝心地いいはず。なのになんでだよ、せっかくのベッドがもったいないじゃないか。



 ――と、そう言えば今日の夜にもあのお化け来るのかね。



 最後の方は恐怖心がなくなってたけど、今思い返せばやぱり恐い。


 

 というか、あんなのを見て恐怖を抱かない人なんていないだろう。



「う……ううーん」



 おっ、美優起きたか。どうしよう、昨日(今日か?)の事を美優に話そうかな。



 あーでも駄目だ。美優は恐がりだった。ホラー映画を見た時なんか、ずっと腕にくっついてきてたもん。



 うん、言わないでおこうかな。


「宗おはよう~。どうしたの? 難しい顔して……なにか考え事でもしてるの?」


「いや、なんにもしてないぞ。美優の気のせいだ」



 美優は「そっか」と言ってから布団から出てくる。すると当然、掛け布団から美優の体が出てきたのだが……。



「ちょっと待て美優。なんでお前はそんな恰好をしてるんだ?」



 布団から出てきた美優の格好は、紺をベースとしたセーラー服。うん、ここまでは神川高校の制服だから別にいいだろう。



 いや、まあ、制服のまま寝るなよ! とかそういう突っ込みは、このさいスルーしよう。



 問題はそれのはだけ具合だ。暑かったのか知らないが制服のシャツのボタンを第二ボタンまで外して、あまりない胸ギリギリまで見える位置にきている。



 そして一番の問題は下だ。……スカートをはいてない。



 という事は、なんかピンクのふりふりが着いている布切れが見えているわけであって、健全な青春まっしぐらの高校三年生には些か刺激が強すぎるわけでして。



 しかも美優はその事に気づいてない。いつもは積極的に見せようとしているのに、今は見えているのに、この状況に固まっている俺を不思議そうに上目遣いで見てきている。 



 これはいつもと違って可愛いじゃないか。無意識のうちに見えてるっていうのがいいね。



 って、うわあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあっぁぁ!!



 俺は一体全体なにを思っているんだ!! 美優のこんな姿見てなにを感じているんだぁぁぁぁ!!



 とりあえず身近にあった柱に頭をぶつけて、煩悩退散をしていると、美優がゆっくりと立ち上がって、俺の腰にしがみ付いてきた。



 ああああああぁぁぁぁぁぁぁあ!! どうしようぅぅぅぅぅ!


「宗~」


「な……なんだよ。そんなに甘えるような声出して」


「僕、まだ眠い~」



 はい? あなたは眠いからって、他人にしがみつくんですか?


 

 眠いからって、そんなに無防備な格好をするのでございますか!?



 とりあえず、胸の高鳴りは鎮まらないが、馬鹿らしくなってきたので、柱に頭をぶつけるのをやめる。



 そして俺の腰にしがみつくように、ガッチリと固定されている美優の腕を無理やりに外し、振り返る。



「頭血だらけだよ? 大丈夫なの~?」


「これは血じゃない、トマトケチャップだ。俺の朝はこの赤い液体を被る事から始まるのだ!」


「う~ん、初めて聞いたんだけど……ていうか、ね~む~い~」



 美優は片手で目をゴシゴシと擦りながら、フラフラと立っている。よほど眠いのだろう。



 とりあえずは、俺の服を制服を持って部屋から出るか。美優がこの調子じゃ、まだこの部屋から出る気はないだろうし。



 そしてそろそろ着替えなくては遅刻する時間帯だ。全く、なんで美優は今日、あんなに眠そうなんだよ。



 いつもなら朝起こしにくるほど、早起きなのにさ。



 美優を置いて部屋の外に出た俺は、そのまま向かいにある部屋に入り、持ってきた制服に着替え始めた。


 今更ながら、黒の学ランってなんか古い気がして好きじゃないな。


 進学校だからって理由じゃなくて、制服で学校選べばよかったかもしれない。


 まあ、推薦だから文句は言えないんだけどね。


 制服に着替え終えた俺はジャージを洗濯機に放り込み、適当に朝ごはんを作って食べた。


 それから歯を磨き、ボサボサになっている髪を少し整える。


 ……のだが、俺の髪は癖っ毛だ。水を着けても全然ストレートにならないで、好き勝手な方向にはねている。


 無造作ヘアーと言えば幾分かはマシだが、天然パーマのほうが表現的には合っている気がする。


 あれだ、糖尿病気味の銀髪サムライみたいな感じの髪型だ。


 髪はもういいや。面倒だし。後は美優を部屋から連れ出して、とっとと学校に行かなくては。


 ……あれ? そう言えばあいつ、スカートはいてなかったよな。


 どうしよう。


「美優ー、入っても大丈夫か?」


「僕の下着姿見たいなら入ってもいいよ~」


「遠慮しておこう。確認事項を聞いてみるだけにする。美優はスカート持ってきているのか?」



 扉越しでの会話をしていたのだが、俺の言葉の後に美優はなにも言わない。


 まさかとは思うけど……持ってきてないのかな?



「う~ん、僕としてはこのままの姿で誘惑したいからスカートとか上着はいらないんだけどね。流石にスカートもはかないで、外歩いてたら、警察官のお兄さんに捕まっちゃうよ」


「確かにな。じゃあ、スカートは持ってきているって事でいいのか?」



 美優はうんと頷いた。


 まあ、さっきの会話の中で変な箇所も混ざってたけど、それは気にしてたら負けなのだろう。



「早く制服を着て部屋の外に来いよ。っつーか、お前は朝飯食ってないよな? どうする? なにか作ろうか?」


「僕は宗を食べれればそれでいいよ」



 ふー、馬鹿ですかこの子は。


 なんでもかんでも、そういう話に持っていくとは……。


 なんて言葉の続きを発したらいいか、分からないんだが。


 美優もセーラー服に着替えて出てきたので、一緒に学校に向かっていく。


 朝飯はコンビニでなにか買うからいいようだ。


 途中でコンビニに寄り、美優の朝飯を買う。


 それから通学路を走って学校に向かう。


 俺の周りには同じ制服を着て走っている学性が多数見つかり、遅刻しそうなのが、俺達だけじゃないと分かり一安心。


 竹刀を持って校門近くで待ち構えている時代遅れの体育教師の横を笑顔で通り抜け、俺達は遅刻せずになんとか到着。



「はー……はー。ふぅ、疲れたな美優。汗が噴き出してきやがる」


「うん、そうだね~。僕も疲れた」


「そういう割にはあまり汗が出てないように見えるんだが、俺の気のせいですか!?」


「気のせいだよ。服の下は汗で一杯だよ~。見てみる?」



 そんな美優の言葉を無視して、俺は生徒玄関へと向かう。


 外靴を脱いで、内靴に変えようと下駄箱の扉を開けると……そこにはなにもなかった!!


 学校指定の靴がなかった!!


 はー、また幼稚な嫌がらせだなこりゃ。三年になってから初めての嫌がらせだ。



「どうしたの宗。なにか下駄箱に入ってた? もしかしてラブレターかな~? ん、どうしたの? なんでそんな驚いた顔で、下駄箱を隠してるのかな」


「い、いや、なんでもない。なんでもないからさ、美優は教室に行ってろよ。やめろって! 無理やり下駄箱の中身見ようとするな!」


 不審な顔をして教室に向かって行く美優の後ろ姿を見ながら、俺は溜息をついた。


 美優の奴は自分のせいで他人が傷つくと、自分をトコトン追い詰める性格の持ち主だ。


 なので、今回のように。美優の人気のせいで俺に嫌がらせをしてくる馬鹿達の行動を知ったら、おそらく、俺にずっと謝り続けるだろう。


 美優はなんにも悪くないのに、そんな事はさせたくない。


 大体、靴が隠されることぐらい前からあったさ。


 なので、俺には耐性が備わっている。このくらいじゃ落ち込みもしない……いや、ちょっとは落ち込むけども。


 とにかく! この程度では苦しくもなんともないのだ!


 と、まあ、こんな事はさておき。外靴も隠されると、帰りは裸足になってしまうので、カバンの中に突っ込んでおくか。


 学校の中では……来客用のスリッパでいっか。


 スリッパに履き替えた俺は、周りを見渡す。なんだか、嫌な視線を感じたからだ。


 だけど、それの発信元は分からない。


 周りは生徒達が歩いているだけだ。俺の気のせいなのだろうか。



 自分の教室に入ると、クラス全員の視線が俺に集まる。


 この中に幼稚な事をしている犯人がいるのかと思うと、とても憂鬱だ。


 犯人はクラス外の人間だという可能性も無いわけではないけどね。


 でも、クラス内の人しか俺の下駄箱の番号は知らないだろうし……いや、番号なんてその気になれば誰でも調べられるか。


 クラスの人たちは俺から視線を外し、またそれぞれのグループで会話を始めた。


 俺が一歩踏み出すと、スリッパのペタッという音が教室中に響いた。


 その音を聞いた何人かが俺の足もとを見る。


 と、同時にクスクスと笑い始めた。


 その人物は、ニート、ダメガネ、その他少数だ。


 ニートの馬鹿はクスクスどころか、がっはははは! と笑っている。


 あまりにも耳障りな笑い声に、その周りにいる女子とひ弱そうな男子が耳を塞ぐ。


 だけど、文句は言わない。いや、言えないんだろう。


 あいつに文句を言ったらなにをされるか分からない。


 噂通りならニートの父親は国会議員だ。その気になれば、文句を言った当人ではなく、その両親に矛先が向くのだろう。


 例えば、やってもいない犯罪をでっちあげたり。職を失う事になったり、とね。


 でも、俺の場合そんな心配はない。


 両親はどこかに行ったきり音信不通だし、兄弟もいない。


 音信不通の両親になにかできるはずがないだろう。


 それでも、問題は起こしたくないな。後処理が面倒だし。



 ニートの馬鹿笑いを鼻で笑いながら、俺は自分の席に着く。


 鞄を机の横にあるフックぽいなにかに提げて、机の上に突っ伏していると、不愉快極まりない声が頭上から降り注がれる。



「おやおやおや、新藤君。学校指定の内靴はどうしたのかな? もしかして失くしたのかな? だったら二階にある男子便所に誰かの靴があったけどなー?」



 ウザい。果てしなくウザい。この声はダメガネだ。


 メガネをそのハニワっぽい顔からむしりとって、粉々に踏みつぶしてやりたい。


 大体よー、そんな大声で言ったら美優に聞こえるだろう? 今の会話を美優が聞いていなければ、誤魔化しようはあったんだ。


 でもさ、今の聞かれてたら全部台無しだぜ?


 死ねよ。クタバレよ。あの世に逝けよ。存在自体抹消されろよ。というか細胞レベルで分解されちまえ。



「おや? 黙っちゃってどうしたのかな? 新藤くーん?」


「黙れ盗撮マニア。今日も女子更衣室に忍び込んで盗撮するんだろ? 世界の女の子のために人生という名の窓にカーテン閉めろよ」


「は?」


「分かりやすく言うと、クタバレ」



 俺の兆発を受け取ったダメガネは、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。 


 死にかけの金魚みたいだ。あっ、いや、違った。死にかけのハニワだ。



「ふふふふ……いいだろう新藤。その安い挑発に乗ってあげようかな。後で男子便所こいや」


「あれあれ? さっきまでの言葉づかいはどこいったのかな~? あんな安い挑発に乗って、言葉づかいを変えるなんて馬鹿すぎるぜー?」


「くっ、黙れ。目にものを見せてやるよ。覚えておけ」


「行くかどうかは気分で決める」


「絶対に来い!!」



 はー、めんどい。なんで俺が男子便所に行かなきゃいけないんだよ。


 どうせあいつ一人じゃ来ないんだろ? ニートとか連れて来るに決まってるんだ。


 ダメガネハニワだけならまだしも、ニートも一緒だったら少しキツイ。


 というか、勝ち目ゼロだ。


 男子便所、ねぇ。いいさ、そっちがその気なら俺にも考えがある。


 目にものを見るのはどっちかな?


 さーてと、まずは下準備だ。俺が勝つのに必要不可欠な道具を揃えに行こうか。


 俺は椅子から立ち上がり、教室の出口に近づいていく。


 すると、遠くから美優の声が聞こえてきた。



「宗? どこに行く気なの?」


「気にすんなよ。鳴海を生徒玄関に迎えに行くだけだ」


「ふ~ん……そっか」


 

 そんな美優の言葉を背中に受けながら、俺は教室から出て行った。 


 あれで美優は騙せただろうか。うーん、大丈夫だろう。美優は嘘を信じやすいからな。



 昼休み。俺は二階にある男子便所にいた。


 理由は簡単で、昼飯を食べ終わり食堂から帰ってきた所、机の中に手紙が入っていたのだ。


『昼休みの終わりごろ、二階男子便所に来い』


 昼休みの終わりごろを指定してきたのは、余計な邪魔が入らないようにするためだろう。


 昼休みなら、トイレを使う人が多いだろうからね。


 ちなみにこの手紙の材料である紙は、俺の現代社会の教科書のようだ。


 ここでも地味~に嫌がらせをしてくる馬鹿どもには完敗だよ。


 そして今は昼休みの中盤らへんである。


 早く来たのには勿論理由があるわけだ。


 俺の推測だが、ここに来るであろう人物は少なくとも四人。ダメガネ、ニート、残りは教室であいつらといつも絡んでる奴だ。名前は知らん。


 ダメガネだけならボコボコにできる自信はあるが、四人相手じゃ勝ち目があるわけない。


 だって俺、喧嘩弱いし。


 それで勝率を広げるために罠を用意しているわけだ。


 あっ、ちなみに俺の内靴は個室の方にある便器の水に浸かっていた。気持ち悪いからそのままにしてあるが。



「後は、このヒモを繋げば完了だ。うん、中々良い出来だな」



 準備は完了。後はあいつらが来るのを待っていればいい。


 俺がトイレの後ろの壁に寄り掛かって目をつぶっていると、扉が開く音がした。



「やあ、新藤。逃げずに来たのは褒めてあげようね」


「褒め言葉よりも、そのメガネを俺にくれ。一瞬で粉々にしてみせるから」


 最初に入ってきたのはダメガネ。その後ろにニート、その他二人、と。やはり四人……か。



「いだっ!」



 先頭を歩いていたダメガネが急に転んだ。理由は簡単。俺の仕掛けた罠にかかったからだ。



「あははは! ざまぁ。まさか、壁から壁へと伸びている紐に綺麗に引っかかるなんて、マジで馬鹿だろ!」



 俺は腹を押さえて、床に這いつくばるダメガネを指差しながら笑う。



「こんなもの」



 と、後ろにいたニートがその紐を簡単に取り去る。まあ、予想通り。


 この罠はただのおふざけだ。絶対に引っかかる奴なんていないって思ってたんだけど……ぷっ。



「わざわざ早く来て罠を用意してたみたいだな。その努力は認めよう。だけどな、圧倒的な暴力の前では、頭脳なんてもんは役に立たないんだぜ?」



 おっ、ニートのやつ、初めて喋ったんじゃねぇか? まあ、それはどうでもいい。


 圧倒的な暴力の前では、頭脳なんて役に立たない?


 はっ、笑わせてくれるじゃねぇか。面白い。勝負だニート。



「もしもお前が勝ったら、今度からは脱ニートとお前の事を呼ばせてもらおう」


「なんの話だ?」


「お前の足りない頭じゃ、いくら考えても答えなんて出ないさ。早くかかって来いよ、ニート」



 俺の言葉を聞いたニートは、顔を真っ赤にして、いまだに床を這っていたダメガネを踏みつぶしながら、俺の方に寄ってくる。



「いい度胸だ新藤。いや、哀れな被害者くん」



 哀れな被害者? なんだそりゃ。


 ニートが前から走って来たので、俺は迷わず一番後ろの個室へと逃走する。



「なっ」



 今まで自信満々に自分の事を挑発していた奴が、いきなり逃げ始めたのに驚いたのか、ニートはそんな声をあげた。


 そんな事気にせずに、俺はとっとと個室の鍵を閉める。


 これであいつらの侵入ルートは、上からに絞られる。


 だけど、個室を囲んでいる壁の上部分には、なぜか鞄に入っていたローションをたっぷり塗っている。おそらくこのローション、美優が入れたんだろ。


 いつもなら怒鳴る所だが、今回ばかりは良くやったと褒めてあげたいくらいだ。



「くそっ、おい榊原サカキバラ。お前、上からあの個室に入れ!」


「御意!」



 御意! とか、いつの時代の言葉だよ。つーか、榊原ってさっきのいた二人の内どっちかだよな。


 一人は痩せてて、かなり簡単に登れるだろうなー。その先に待っているのは、ヌルヌルした液体だけど。


 もう一人は……うん。ただのデブだった。顎が何重にも重なってたね。


 扉の向こう側から、軽くジャンプしているかのような音が聞こえてきている。


 準備運動だね。だけど、それはなんの意味もなくなるんだよ?


 やがて、一際大きくジャンプする音と、壁の上部分を掴むガシッという音がした。


 でもその音は数秒もしないうちに、ドシン! という地面になにかが落ちる音にへと切り替わる。


 計画通り。


「おい榊原! どうした、おい!! くそ、頭打って気絶してやがる」



 ほほう……。気絶までしてくれたか。それはそれは、予想外の展開で。嬉しい誤算、とでもいうのかな?


 さて、と。問題はここからだ。今のであいつらは上からの侵入は不可能だと悟っただろう。


 ならば、次はどうくるか。


 おそらく壁をぶち壊しにくるのでないだろうか。


 まあ、これも罠を用意してるから問題はない。



「次は……上野! 壁に体当たりしてぶっ壊せ!! なんとしてもあいつを引きずりだすんだ!」


「へーい」


  

 ふーん、これも予想通り、と。つまらないなーニート。もう少し頭使おうぜ?


 俺が考えていると、ドスン! と目の前の扉が大きく震動する。


 さらにもう一回。そして二回。そろそろかな……。


 懐から取り出した、小さな瓶を上に投げて扉の向こう側に落とす。


 ガラスが割れる音と、中身が飛び散る音が聞こえてきた。

 


「うわっ!?」



 ドスン! と、今度は地面が揺れた。上手くいったようだな。


 あの瓶の中身は使い残したローションだ。あいつが突進してくる場所に上手く瓶が落ちて中身が出たんだろう。



「上野! おい上野!! くそ、上野までも」



 ニートの悔しそうな声が聞こえる。


 ふっ、お前とは頭の出来が違うんだよ。



 さて、これであいつが攻めてくる場所は一つに絞られる。


 扉を壊そうとしても、まだ俺がローションを持っているのではいか? という思考が働きこの選択肢はなくなるだろう。


 次に、上からは? こちらもさっき失敗例を見たからおそらくは来ない。


 じゃあ、下から? これは無理だろう。下の隙間なんて人間が通れるような広さじゃない。という事で。この選択肢も消え去る。


 では、なにが残っているか。実は上からという選択肢が再び浮かび上がる。


 人間が乗り越えるのではなく、手近にある物を投げつける、という選択肢が……ね。


 そして、このトイレにある物は掃除用具が入っている、よく教室にある鉄製の用具箱だけだ。


 だけど、それにも仕掛けがある。

 

 ここまで思考した所で、掃除用具箱が開く音が聞こえた。


 それと同時に、なにかが動く音がする。



「い……たっ!!」


 固い物が派手になにかにぶつかる音が聞こえてきた。


 擬音で表現すると、ガッシャーン! という感じだ。


 ニートが地面に倒れこんだのか、重たいものが地面に倒れこむ音がする。


 俺が仕掛けた罠はすごく簡単だ。


 ロッカーの扉に紐を繋いで、それをバケツの上に置いてある、食堂から拝借してきた鉄トレイに結んだだけだ。


 ロッカーの扉を開ければ、

紐が引っ張られ、その先にある鉄トレイが引きずり落とされる、というものだ。


 これで、ニートも片付いたな。結構あっけない。



 これで残るはダメガネだけだ。


 こいつなら喧嘩の弱い俺でも勝てる見込みはあるから、罠は用意していない。


 こいつは絶対に手を出して来ないって確信してたからね。小心者は力の強い者の後ろに着き、事の成り行きを見守るだけだろうからね。


 俺は個室の扉を開けた。中開きの扉だから、前にいた奴が邪魔にならなくてよかったわ。


 俺が個室から一歩踏み出すと、そこには座り込んでいるダメガネの姿が見えた。



「ヒッ」



 軽く睨んでやったら、すっかり怯えた声出してやがんの。


 床にブチまかれているローションを踏まないように歩き、二人を乗り越えていく。




 ダメガネの目の前に着いた時、事態は動き出す。


 ダメガネの後ろにいる、鉄トレイが頭に当たり、気を失っているであろうニートが動き出したのだ。


 マジかよ。掃除用ロッカーって言っても、高さは三メートルほどあるんだぞ?


 そして、バケツの上に置いて高さが少し上がっているんだ。


 なのに、動けるなんて。こいつは化け物か?



「なに驚いた顔してるんだ、被害者くん。俺がこんな罠にかかるなんて思ってるのかよ。こんな見つけやすい紐を使ったのが間違いだったな。いくら白とはいえ、扉から出て、上の方に向かっていたら誰でも気づくさ」



 ちっ。気付かれてたか。馬鹿そうな顔してるから、あれで大丈夫かと思ってたのだが……。


 たぶん、あいつの頭には当たってないんだろう。腕かなにかでガードしたのかな?



「くくくくくく。一度負け組に落ちると、一生勝ち組には戻ってこれないんだぞ? 被害者」


「さっきからなんだよ、被害者被害者って、うるさいんだよ!」


 怒鳴りながら、俺は一歩、一歩と後ろに下がる。


 ニートはそれに合わせるようにゆっくりと近づいてきていた。


「なーにを忘れた振りをしてるんだよ。あんな事があったのに、忘れるなんて事はあり得ないだろう?」



 あんな事? なんの事だよ。


 いや、今はこの事はどうでもいい。とりあえず後ろに逃げろ。


 体中から汗が噴き出してきた。冷たい、汗だった。



 そのまま下がって行くと、壁にぶつかってしまった。



「さあ、新藤。もう逃げる道はないぞ? どうする?」


 

 ニートは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。憎たらしい笑みだ。


 もう逃げる道はないって? ははっ、馬鹿にするなよ。



「ふ……ふふふふ……はははは。 馬鹿だ。本当に馬鹿だよお前は。もう罠がないなんて本当に考えてるのかよ! だったらおめでたい頭だ」



 俺の言葉にニートは固まった。そして周りをキョロキョロと見渡している。罠の有無を確認しているのだろう。



「で、出たら目を言うな。どこにも罠っぽいのはないぞ」


「ふふふふ。ロッカーの罠を見破ったからっていい気になるなよ? 『紐が出てたら誰だって分かるさ』? あははは。当り前さ『誰にでも分かるように』仕掛けたんだからな!」


「な……っ」


「俺の本当の狙いは――これだ!」


 俺は後ろにある壁に貼り付けておいた透明な紐を、足で思い切り引っ張る。


 ピンと張られた糸はトイレの個室の中を通り、その先に結ばれている物を引っ張り、そのまま落下していく。


 鼓膜を突き破るのでないかというほどの轟音が、トイレの狭い室内に響く。


「なにをしているんだ?」


 だが、ニートには被害はない。それもそうだ。


 だって、俺が落としたのは、ロッカーの上にある石を下に置いて倒れやすくしたバケツなんだから。


 バケツの中には校庭からもってきた大小様々な石を入れてある。


 それが三メートルもの高さから落下した事により、さっきの音が出たわけだ。


「分からないか? 今は昼休みだ。そして、長い休憩時間でもある。おや? まだ気付かないか? 長い休み時間だって事は、問題が起きないように先生が見回りをしているはずだ」



 ここまで言うと、ニートの顔面が青くなってきた。やっと気付いたみたいだな。


 そう、巡回している先生がいるのなら、今の音を聞いたらすぐに駆けつけるだろう。



「新藤……この野郎ッ!!」


「あははは! さっきの勝ち誇った笑みは見てて実に愉快だったぜ。俺はな、自分が追い込まれてるともしらずに、そんな笑みを浮かべる奴を見るのが楽しくてしょうがないんだ。そして、そこから逆転された時の顔を見るのはもっと好きだ」



 馬鹿だよな、本当に。ロッカーに取り付けてあったあの紐は、本命の紐を見つけにくくするための罠だ。


 だからこそ、わざと見つけやすいように白い紐を使った。


 人間ってのは目先の罠を見つけると、それ以上は探そうとしない心理を持つ。それを利用したわけだ。



「くそっ!!」


「おっと、俺に飛びかかってくる時間はあるのか? さっさと逃げた方がいいんじゃないの? バケツを落としてから約三十秒。そろそろ来るはずだが?」



 ニートは舌打ちをすると、後ろに振り返り扉へと疾走する。ダメガネがその後に続いた。


 床に転がっていた残りの二人は残したままだ。


 本当にしょうがない奴だな。仲間を見捨てていくなんて。


 仕方がないので、俺は残っている二人を叩き起こす。


 そしてニートはもう逃げたと伝えてやると、そいつらも走って逃げていった。


 一人残された俺は、静かに溜息をつく。


 実を言うと最後のはハッタリだ。いくら巡回している先生がいるとはいえ、その人が都合よく二階を見回っているとは思えない。


 あの音が鳴ってから三十秒経ったのに先生が来なかったのを見れば、二階にはいなかったんだろう。


 俺は散らかっている床を見つめる。汚いなー本当に。なんかヌルヌルしてるし、石が散乱してるし……。


 このままにして帰ったら、誰がこんな事をしたと追及されるだろう。

 

 うーん、俺が口を割らなければ、明らかにはならないだろうが……。ダメガネやニートが自分の敗北の原因になったものを証明するとは思えないしな。


 でも、なんかスッキリしないから後片づけしていくか。


 掃除用具ロッカーから雑巾を取り出し、まずは床を拭く。


 その次に個室の壁の上を拭き、便器の中から取り出した俺の靴をゴミ箱に捨て去る。


 汚いなーおい。


 今度弁償させようかな。


 そのためには弱みでも握りますか。


 後は罠に使った紐を全て回収し、バケツの下に倒れやすくなるように挟んでおいた石も取れば、後はもう大丈夫だ。


 さっさと教室に戻るかな。


「あっ、バケツも片付けなきゃな」


 床に散乱しているバケツをロッカーの上に置く。


 石はトイレの窓から下にある校庭の端っこに落とす。もちろん、下に人がいないのを確認してからね。


 よし、これで本当に大丈夫だ。


 後片付けが終了した直後、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 次の授業に遅刻しないためにも、俺は走ってトイレから飛び出す。


 だが、すぐに誰かとぶつかってしまった。



「ぬぬー。痛いのじゃー」



 俺がぶつかった少女は、床に尻もちをついたまま俺を見上げてくる。


 長いポニーテールが地面に垂れている。そしてこの口調……うん。我らが生徒会長様だね。



「悪い、大丈夫か会長? つーかなんで男子便所の前にいるんだ?」


「大丈夫なのじゃ。でも、お主はもうちょっと周りを確認した方がよさそうじゃの?」


「悪かった」


「いいのじゃいいのじゃ。頭を上げるのじゃ。それよりも、この中で大きな音がした後に、四人出ていったけど、なにか起こったのかの?」


 

 うっ、先生じゃなく会長さんに聞かれてしまったのか。


 さーてと、どうするかなー。なんて言ったら事無きを得るのかな?


 『実は、いじめられてるんだよね、俺』とか言ったらどうなる? 会長とはあまり話した事がないから、どうやって対応していいか分からん。


 考えてても仕方がないな。ここは今まで見てきて感じた会長の性格を利用するか。



「そんな事よりも会長。もうすぐ授業が始まるけど、教室に行かなくてもいいのか?」



 この会長は全校生徒の見本になるようにと、全ての規則を守っていたり、授業に遅刻などもしていないはずだ。


 それを誇りに思っているかのような節もある。


 だから、この言葉を言ってみる価値はある。


 生徒会長が噂通り、俺の感じた通りの人物であるのなら、すぐに教室へと向かうはずだ。生徒の見本になる者として、今まで頑張って無遅刻無欠席で三年間来たのだから。


 ――しかし、俺の考えは間違っていたらしい。いや、正確に言うと知らない部分があったらしい、かな。



「授業なんて一回くらい遅刻してもいいのじゃ! それよりも、あの中でなにが起こっていたのか、教えるのじゃ」



 この会長。自分の事は後回しにしてでも、生徒の問題を解決、相談に乗る方を優先するらしい。


 ますます憧れるね。こんな生徒会長がいるからこそ、この神川高校も規則が緩い割に、乱れていないのだろう。


 いやー、でもな。いくら相談に乗ってくれるって言っても、ここで会長に言えばどうなるのだろうか。

 

 おそらくは、なんらかの方法を使って解決はしてくれるだろう。しかし、相手はあのニートやダメガネだ。


 あいつらを相手にするのに、消極的な方法では解決に導く事はできない。


 そこで大がかりな解決方法をやってしまうと、美優の耳に届く可能性が高いってわけだ。


 それだけは防ぎたい。


 なにを言えば良いのかさっぱり分からん。やっぱり相手の情報が不足してるって事は、かなりの痛手になるんだな。


 くそっ! 逃げるのじゃ、皆逃げるのじゃ! この生徒会長には勝てない、敗走じゃーー!!



「あっ、走って逃げるななのじゃーーー!!」



 逃げだした俺の後ろから、そんな声が聞こえてきた。これが敗北の味なのね! ちくしょう。


 それから会長は追ってくる事はなかった。


 大した事がない問題だと思ったのか、やっぱり授業に参加しようと思ったのかは分からないが……これで済むのだろうか。




 自分の教室にたどり着いたので席に座る。


 ニートが睨んできているが、何日間かはなにもして来ないだろうな。


 先生が教室に入ってきて、授業が始まった。簡単だな……欠伸が出るや。


 だって国語だし。答えとか、ほとんどは文章の中にあるし。


 そんなに勉強しなくても点数は取れるから、必死にノートを写さなくてもいいんだよね。


 六時間目の授業も終了して、時は放課後になった。

 

 さあ帰るぞ、と。鳴海と一緒に準備をしていた所、校内アナウンスが鳴り始めた。



『三年生の新藤宗太くん。三年生の新藤宗太くん。今すぐに生徒会室まで来るのじゃ。繰り返す。三年生の新藤宗太は今すぐに生徒会室まで来るのじゃー』



 ……さーてと。



「帰るぞ鳴海。出来るだけ早く、迅速にな」



「ええ? でもお前さ、今生徒会長直々に呼び出し食らってるじゃん。ここで逃げたら生徒会を護り隊になにされるか分かんないぞ?」



 生徒会を護り隊。名前からして馬鹿げてるが、活動内容はもっと馬鹿げてる。


 この隊は生徒会の呼び出しに応じなかったり、風紀を乱した奴らに、代わりに制裁を加えるという学校非公認のグループだ。


 隊員は主に生徒会長の負担を減らしたいとの考えなのだろうが、会長は快く思っていない。


 あの人は暴力ではなく、言葉で風紀を乱した奴らを正そうとする。


 それなのに、会長が規則違反者の場所にたどり着いた時には、既にそいつらはボコボコにされて、路上に転がっているらしい。


 そしてそのグループに誰が所属しているのか、さっぱり分かっていない。


 だから会長もそいつらと話し合いが出来ずに困っている。


 会長の負担を減らしたいのなら、暴力なんか振るわなくちゃいいのにな。


「まあ、いいんだよ。そんな学校非公認の変なグループが来ても、逃げ続けてればその内諦めるだろう」


「いやー、それはどうかな? その生徒会を護り隊は、かなりしつこいって事でも有名だぜ? 最近運動していない新藤さんが逃げ続けれるとは思えないけど?」


「その時はその時さ。捕まったら、全力で避けてればいいだろう。動体視力なら負ける気がしねぇよ。だからさ、面倒に巻き込まれる前に帰ろうぜ」



 俺の言葉を聞いて頷いた鳴海と一緒に教室から出ると、目の前にポニーテール少女が仁王立ちしていた。



「三年生の新藤宗太。どこに行く気なのじゃ? 生徒会室は逆方向にあるはずなのじゃが……」



 こめかみをピクピクと動かしながら、それでも笑みで話しかけてくる会長が恐いです。



「あ、あれ? 生徒会室って教室から出て左だっけ? 悪い。ずっと右だと思ってたわ」


「大城凛会長様!! 嘘ですよ。この男嘘吐いてますよ!? 面倒に巻き込まれる前に、逃げるとか言ってましたよ」


「余計な事を言うな鳴海! って、ごめんなー会長。鳴海って冗談が好きでさ。三度の飯よりつっこまれたいっていう変態なんだ……。睨まないでくれるかな、会長さん。結構恐いですよ?」



 これはやばいな。俺の横にいる変態が余計な事を言ったばかりに、目の前にいる少女の機嫌が最っ低レベルに落ちちまった。



「なにか他に言い訳はあるかの? ないのなら、今すぐに生徒会室まで連行するけど、いいかの?」


「なんで連行されなきゃアカンの!? 俺なにもしてないじゃん。悪い事なにもしてないのにーー!!」



 俺は絶叫しながらも、自分よりも背の低い少女に引きずられるという貴重な体験をした。


 痛い。


 周りからの視線がかなり痛いです。


 一階にある生徒会室まで引きずられているのだが、生徒玄関に集まっている生徒がメッチャ見てくるし、コソコソ話してる。



「うわ、あいつなにやらかしたんだよ」


「会長が引きずるなんて、よほどの事をしたんじゃねぇか?」


「いいな、俺も引きずられたい。ミニスカニーソ会長万歳。ハァ……ハァ」



 うわ、気持ち悪い。


 最後の奴が気持ち悪い。


 俺の視界から消えてくれ。というか、髪の毛燃やすぞ。


 なんで俺が連行されなきゃいけないんだろうな。うん、理由は分かってるつもりだけど、納得いかない。


 どうせ、あのトイレでの出来事を問い質すつもりなんだろ?


 あーあ、やだやだ。会長が以外に力があるって知ったのは、これからなにかの役に立つ情報だろうから、まだいいのだが。


 誰か助けてくれないかなー。生徒会を護り隊とかいう馬鹿な奴らに目を付けられたくない……いや、もう手遅れか。


 さっき校内放送で呼び出されたからな。


 あまり目立ちたくないのに。 


周りからの視線を耐え抜き、俺は生徒会室の前に連れて来られた。


 ここは凄い。まずは扉が凄いのだが。


 両開きの木製の扉なのだが、なんか……お城にあってもおかしくないんじゃないの? てなくらいにでかい。


 扉の上部分が天井ギリギリの位置まであるのは、なぜなのだろうか。


 会長はその扉を押し開けた。繋ぎの金属部分が錆びているのか、結構不快な音を出しながら。


 中も凄かった。


 なんかもうね、どっかの社長室じゃねぇの? 的なね。


 手前には応接用のソファっぽいのが、向かい合わせにある。


 その間に挟まれている机が一つ。


 そして、それらの奥――窓際の方に、それこそ社長が使っていそうな机と椅子があった。


 なんで生徒会室がこんな風になってるんだよ。学校は、なんでこんな場所に金を使っているんだよ。もったいない。



「さっ、早く入るのじゃ」


「嫌だ。もう帰らせて下さい」


「それは無理な相談だのう。儂はお主に用があるんじゃから」



 うう……面倒な事は嫌いなんだよ。なんかもう、嫌な予感しかしないから、帰りたいのに。


 この会長は絶対に許してくれそうもないしな。



「分かった。なるべく手短かに頼むぞ」


「善処しよう」



 俺は生徒会室に一歩踏み入れた。赤い絨毯がふかふかで気持ち良かった。


「さてと。そこのソファに座ってちょいと待っていくれるかの。今お茶を淹れてくるから」



 会長に言われたとおり、二人用の黒いソファに腰を下ろす。



「うわっ、すっげー、なにこのソファ。ふかふかすぎだろ。体がどこまでも沈んでいくー」



 凄かった。座った途端に、このソファはかなり沈むんだ。


 底なし沼みたいにどこまでも沈んでいくような錯覚に陥ったよ。


 会長が来るまでここでぐてーとしていたのだが、この部屋のすぐ横にある給湯室みたいな場所から、やかんが沸けた時に出る、ピーという音を聞いた途端、俺は素早く起き上がる。


 ここでグダグダしている姿を見られたら、なんて思われるか分からないからな。


 今から話されるであろう事に、こちらが不都合になるようなものは見せたらアカン。


 会長がそっちの部屋からトレイの上にお茶を載せて持ってきた。



「待たせたのう。ほら、高級茶じゃ。心して飲むがよい」


「うわぁ、良い匂いだ。流石高級品……まさかこれも学校から金を出してもらって買ってるのか?」


「そんなはずがないじゃろうに。これは儂が個人的に買ってきたものじゃ」



 ふむ。それじゃあ、心おきなく飲むとしましょうか。 美味い。なんて言ったらいいか分かんないが、普通に美味い。


 会長が自分の分のお茶を手に持ちながら、向かいにあるソファに座った。



「それじゃあ、早速、本題に入ろうかの?」


「話ってなんなんだよ」



「とぼけなくてもいいのじゃが……のう、新藤宗太。お主、昼休みの時に男子トイレでなにをしていたのじゃ?」


「別になにもしてねぇよ。連れションしてただけだよ、あの馬鹿どもと」



 大城会長は、俺の目をジッと見てくる。それはなにもかも見透かされているような、そんな気持にさせられるものだった。



「本当の事を話してくれないかの。儂も暇じゃないんじゃ」


「はっ、本当の事なら今言ったじゃないか。あいつらと連れションしてたって」



 冷汗が出てくる。


 この会長、どうやったかは知らないが、昼休みの出来事を知ってやがるな。


 知っていてなお、俺に白状させようとしてやがる。


 面倒だが、俺から本当の事を言うのは、なんだか負けた気分になるから嫌だ。


 ははっ、白状させられるもんなら、させてみやがれ。



「ふぅー、もう面倒じゃ。お主に言わせるのには、少し時間がかかるじゃろうに。それならば、作戦変更。言い逃れできない証拠を教えてあげようかの」



 なんだ、あっさりと引いたな。それにしても……言い逃れできない証拠? なんだよそれ。


 トイレの中にあるものなら、全て片付けたはずだ。


 そんなものがあるとは思えないのだが……。


「お主と別れた後にの、少々抵抗を感じたものの、男子トイレに入ってみたのじゃ」


 会長はそこで言葉を切り、制服のポケットに手を突っ込んでなにやらゴソゴソとしている。


 探し物をしているのだろう。



「ふーん、男子便所にねー。女の子が入る場所じゃあないよな」


「そんな事はどうでもいい事なのじゃ。それよりも、これはなにかの?」



 そう言って会長がポケットから取り出したもの、それは白いハンカチに包まれている、小さな石の破片だった。


 石。便所にそれがあるという事は、俺が罠に使ったあれだろうね。


 まさか、捨て残しがあったとは。いやはや、人間ってのはミスをするもんだな。


 だけどな……。



「そんなものを取り出してどうした? 俺になにか関係がある事なのかよ」



 俺が認めない限り、そんなものはなんの効力も発しない。俺はしらばっくれてばいいのだ。


 会長はそんな俺に対して、面倒臭そうに溜息をついた後、再び俺に向きなおる。



「ふむ。確かに現段階では、お主に関係するかどうかは分からない。だけどのう。これをなにに使ったのかは、大体想像が着くもんじゃ」



 自信満々。今の会長にはこの言葉が良く似合う。それほどまでに、堂々としているのだ。



「この石はのう、トイレの隅っこに落ちておった。そしてその近くには、なにかが落ちたせいなのか、床が少しだけ陥没していたのじゃ」


 床が陥没してたのは知っていた。だけど、あれは良く見ないと分からないほど小さかったはずだ。


 やるねー、会長。



「で、続きなんじゃがの。トイレの窓から下を見ると、大量の石が落ちておった。窓から見て真下にの。お主、あそこから捨てよったな?」


「だーかーら。俺はなにもしてません~」



 いつまで否定できるかな、こりゃ。ちょっとした事も見逃さない観察力を持ってるな、大城会長は。



「ふむ。それでの、一番端っこにあるトイレの個室にある壁の上部分。そこに、なんだかベトベトした透明のものがあった。いかがわしいものかと思ったのじゃが、ただのローションだったのじゃ。ちなみに、これは地面にもあったのじゃ」



 あんな場所まで調べやがったのかよ。まいったねーこりゃ。あのローションは、中々拭きとれないもんだから、少しだけ残してしまったんだよなー。



「で? どうなのじゃ、新藤宗太。お主があのトイレに入った時に、あんなベトベトしたものは地面にあったのかの?」


「……はー。参った。降参だ、降参。既にお見通しかと思うが、あのトイレで俺は馬鹿どもを撃退した。これで満足か?」



 俺の言葉を聞いた会長は、うんうん、と。満足そうに何回か頷いた後、笑顔で話しかけてくる。



「儂の勝ちなのじゃ」


「はいはい。俺の負けですよーだ」


「むっ。そんなにアッサリと認められるとつまらないのじゃ」


「どうでもいいだろう? そんな事。それよりも、話はこれだけか? さっさと帰りたいのだが……」


 会長は俺の言葉にすぐ答えない。右手に持っていた湯呑を口へと移動させ、ズズッとお茶をすする。


 それから少しの間だけ考えているような仕草をした後、ようやくその小さな口から言葉が発せられる。



「実はの、頼みごとがあるのじゃ」


「断る」


「まだなにも言ってないじゃろうに!! お主は儂が言おうとしている事を、理解しているのか!?」



 会長は目の前にある長方形の机をたたきながら、勢いよく立ちあがる。



「まあ、ね。会長がわざわざ校内放送を使って、俺を呼び出した事を考えれば、すぐに答えは出るさ」


「ほほー。では言ってみるのじゃ。合っているかどうか、確認してあげよう」


 

 ソファに座りなおした会長は、俺の目を見つめてきた。ちょっと照れるわ。



「協力はしないからな。まずはその事を頭に入れて貰おうか」


「そんな事は後からでいいのじゃ。ささっ、早く言うのじゃ」


「まあいい。なんであんたが、校内放送をした後で、俺の教室に来たのか。少し考えれば分かるさ。『生徒会を護り隊』とかいう馬鹿げた組織を潰す手伝いをして欲しい、て所だろ」

 


 会長は少し驚いたように眉をあげる。



「校内放送をしたのは、『生徒会を護り隊』に俺の事を印象付けるため。違うか? あんな風に全校に流されたら、馬鹿どもは嫌でも俺の名前と学年を覚えるだろうな。そして、適当な理由をつけて、俺に粛清を加えようとするはずだ」



 噂によると、『生徒会を護り隊』は生徒会に危害を加えていない一般人に、適当な理由をつけて暴行しているらしい。


 その理由としては、生徒会の人間――主に会長と接した人物が気に食わない。そんな所だろう。


「ふむ。思った通りなのじゃ」


 

 俺の言葉を聞き終わった会長は、そんな事を言い出した。


 どこら辺が思った通りなのか。是非とも説明してもらいたい。



「中々の推理力なのじゃ。それに、大滝信二が率いる四人を罠で撃退したしの。頭が切れる男なのじゃ。儂の見込んだ通りなのじゃ」



 大滝信二? 誰だっけ。……ああ、あのニートの事か。そんな名前だったんだな、あいつ。



「それでの、頼み事と言うのは……」


「待てよ。頼み事は聞かないって言っただろ?」


「ふむ。そうか、残念じゃのう……。このままではお主が『生徒会を護り隊』に狙われてしまう理由が出来上がってしまう。ああ、残念じゃ。本当に残念じゃ」



 会長は演技ったらしく、片手を額に当てて、頭を横に振る。


 ちっ、こしゃくな。このまま断ると、馬鹿な隊員に狙われるだろう。こっちの場合は、あいつらが動くであろう原因もあるしね。


 だけど、断らずに承諾した場合。これも狙われるに決まっているんだ。


 あいつらは会長と仲良くしている異性、つまり男には容赦しない。


 喜んで俺を撃墜しに来るだろう。この場合はどうなる。


 断っても襲撃される。承諾しても襲撃される。ハハッ、出口のない袋小路みたいだ。


 だけど、一つだけ突破口がある。それはもちろん、承諾する事だ。


 承諾する事によって、会長を味方に着ける事が出来る。これは有利に事を運ぶ事が出来るようになる。


 さて……どうしたものか。受け入れてもいいのだが、それだと会長に負けっぱなしだ。


 なんか悔しい。


 ここは一つ、逆らってみますか。



「さっきも言ったと思うが、断る。俺の答えは絶対に変わらないさ」



 会長の目を見つめ、満面の笑みで話しかける。


 目の前にいるポニーテール少女は、少々とまどったような表情を浮かべたが、それも一瞬。すぐに自信に満ち溢れた顔になった。


 この女、最終的には俺が承諾すると予測……いや、確信していやがるな。


 どこからそんな感情が芽生えてくるのか。人間の心はそう簡単に予測出来るものではない。


 あまり知らない人物なら、なおさらだ。



「ハハッ、じゃあな、会長。俺はお前の味方になる気なんてねぇよ」



 そう言ってソファから立ち上がり、生徒会室の出口へと歩いて行く。



「ふむ。お主の考えは、その扉を開いた瞬間に変わるだろう」



 負け惜しみを言ってやがる。なんで目の前にある扉を開けた瞬間に考えが変わるんだよ。


 会長の言葉なんて聞く耳持たず。俺はやたらとでかい扉を引いて開ける。


 ――目の前にはニートがすんごい、そりゃあもの凄い笑みで立っていた。


 ズバン! と扉を勢いよく閉める。


 そして今見た者を忘れようと思い、目をつぶって額を冷たい扉に押し当てる。


 と、後ろから会長の笑い声が響いてきた。



「なあ、会長。笑ってないで一つ教えてくれ。時代遅れのガキ大将を実写化したような奴が、なんであそこにいる」


「クックック。そんなの答えは一つしかないのう。あの男は『生徒会を護り隊』の一員だからのう。苦労して探しだしたんだぞ? と言っても奴は、位置的には下っ端のようじゃがの」



 知らなかった。ニートがあんな変な隊に入っているなんて。あいつは女に興味なんてないと思っていたのだが……。


 ん? という事は、あいつは会長のお願いならば、なんでもするのかな? 


 あー……まずいな。ここで遠慮なくボコボコにしちゃいな、とか会長が言ったら、俺は重傷を負いそうな気がする。


 まあ、納得。会長がさっき言っていた言葉、『お主の考えが変わるじゃろう』。こういう事だったのね。


 出て行こうとすれば、坊主頭の奴にボコボコにされるわけだ。


 これは受け入れるしかないかな。痛い思いはしたくないし。あいつを撃退する罠は今用意してないしね。


 それにしても、この女。噂とはあてにならないものだ。


 なーにが、会長は暴力が嫌い、だ。思い切り脅迫してきてるじゃないか。


 こいつは間違っている。


 

「なあ、お前はなにをしているんだよ。お前の頼み事は、『生徒会を護り隊』をなるべく暴力を使わずに潰す事じゃないのか?」


「いつ、誰が、どこで、そんな事を言ったかの? 儂はあのふざけた隊を潰す手伝いをして欲しいだけなのじゃ。手段は問わない。いくら風紀を乱したからと言って、暴力で粛清をしてはいけないのじゃ」



 前言撤回しなければならないらしい。


 どうやら噂は本当のようだな。会長は暴力が嫌い。だけど、今の状況を考えるに、己の考えをないがしろにしている気がする。


 『暴力を屈伏させるのには、それを上回る暴力で駆逐するべき』


 今の会長の考えはこんなところだろうか。


 まあ、これにも一理はあるだろうけどな……。でも、やっぱりこんな考え方はおかしい。


 暴力で相手を屈伏させたとしても、いつかはそれすらも上回る暴力が現れれば、なんら意味がない。


 暴力を力で駆逐しても、それは更なる暴力を生むだけだ。


 暴力を屈伏させるのはいい。


 だけど、方法は違う物を取るべき。こいつはそれに気付いてないのか?



「なあ、会長。お前はそれで本当に良いと思ってんのか? 暴力を暴力で屈伏させる。それが本当の望みなのか? お前の噂を聞く限り、そんな事をする性格とは思えないのだが」



 会長は天井を見上げた。なにかを考えているのだろう。視線はずっと宙を漂っている。


 やがて、独りごとのように呟いた。

 


「暴力はそれ以上の力でなければ、抑える事などできない。お主こそ、それが分からんのか? 儂だって、出来れば力になんぞ頼りたくない。だけど、仕方無いじゃろう!? あいつらはそうでもしなきゃ、止められないのじゃ」


「会長。そんな恐怖政治まがいな事をしても、誰も着いてこない。お前に人望があるのは、そんな事をしなかっただろう? それをさ、変な隊の事で信用を地に落とす事はないじゃないか」


「だったらどうすれいい。儂には分からないのじゃ」


「俺が一緒に考えてやるよ。協力してやる」



 俺はソファに座っている会長に近寄り、手を差し伸べる。



「ふふっ。よろしくなのじゃ」



 会長は一瞬の迷いもなく、俺の手を握ってきた。


 はめられた。


 そう気付くのに時間なんてかからなかった。


 この会長。最初からこの展開に持って行く気だったんだな。



「ふう、計画通りなのじゃ。お主もまだまだじゃのう」


「やっぱ協力しな……」


「なんと、それでも男か。一度言った事は、責任を持って最後までやり通す。それが当たり前じゃろう?」



 そうなんだが。そうなんだけど……。


 会長の思惑通りに事が進んだのがなんか嫌だ。


 ここまで綺麗にはめられると、不快感しか感じられない。


 それにしても、会長のやつ。どうやって俺の情報を集めやがった。


 他人を自分の思惑通りにしたいのなら、対象の性格などをかなり正確につかまなければ、出来る事ではない。


 俺と会長には接点がないはず。



「不思議そうな顔をしておるのう、新藤宗太。どうやって自分の情報を集められたのか、それが不思議で不思議で仕方がないという顔じゃ」



 こいつは人の表情で心理まで読み取る事が出来るのかよ。なんかもう、ここまで来ると、会長が瞬間移動できても驚きはしないだろう。



「悩め、悩むのじゃ。でもまあ、協力をしてくれるのなら、その内教えてやらんこともないが」


「うだうだ言っても仕方がないよな。協力してやるよ。一緒に考えて、あいつらを殲滅してやろうぜ?」


「殲滅とは物騒なのじゃ。それと、暴力は使わんからの。さっきまでのは、お主を協力させるための演技なんじゃから。ふふ、お主がもう少し気付くのが速かったら、立場は逆転していたじゃろう」


「よし。これからの事は後日相談するとして、今日はもう帰ってもよいぞ? ワシも仕事が溜まっておるからのう」



 会長はソファから立ち上がり、奥にある社長が座っていそうな机に向かっていく。


 そこに座る会長を見て、俺は一つの問題が解決していない事を教えてやる。



「なあ。俺がここから出て行ったら、あの大滝……って言ったか? そいつにボコボコにされる気がするんだが、その点はどうなる」


「ああ、それは大丈夫。あやつにはなにもするなと言っておる。安心して出て行くがよい」



 じゃあさっき出て行っても、なにもされなかったのか。さっさと逃げてればよかった。


 自然とため息が漏れる。高三になってからわずか二日なのに、ここまで内容が濃い日を送るなんて。


 疲れるわ。


 俺はでかい扉を引き開ける。その先にはニートが立っていたが、会長の言葉を信じて素通りしようとする。


 ニートの横を通り過ぎるその時。



「必ず殺してやるからな」



 耳元でそんな事を囁かれた。これは夜道に気をつけなければ。


 ニートに背を向けて歩き出す。目の前には茶髪のツンツンヘアーが見えていた。


 鳴海だ。



「おお、鳴海。待っててくれたのか」「べ、別にあんたを待ってた訳じゃないんだからね! これは……そう、先生に説教されて遅くなっただけなんだから!」


「男がツンデレをしても可愛くないぞ」


「分かってるよ、んなこたぁ。ほら早く帰ろうぜ? わざわざ待っててやってたんだ。ありがたく思え」


「べ、別に嬉しくなんかないんだからね!」


「うわ、気色悪ぃ」


「お互い様だ」



 そんな事をやりながら生徒玄関にたどり着く。


 そう言えば美優のやつ、今日は一緒に帰ろうってこなかったな。


 一人で帰ったのかな?


 美優の下駄箱を見てみる。上履きがあったので、美優はもう帰ったようだ。


 帰り道。


 俺は鳴海と一緒に住宅街を歩いていた。



「いやー、お前とは中学の頃からの付き合いだよなー」


「いきなりなにを言うんだよ、鳴海。そんなにしみじみ言う事か?」


「いや、だってさ。なんか凄くね? 中学から今まで、ずっと同じクラスだぜ? 中学の頃はさ、サッカー部でも一緒だったし」



 うーん。確かにそう言われれば凄いのだが……。俺と美優を比べればなー。



「俺と美優は保育園の頃から一緒だぞ? それと比べちゃうとなぁ」


「相崎の関係と俺との関係を一緒にするなよ。お前と相崎は幼なじみ。俺とお前は悪友。友達でここまで続くってのは、凄い事だろ?」


「ああ、そうだな」



 悪友ね……。まあ、確かにその通りだ。中学の頃は一緒に馬鹿な事をしたよな。



 バーコードハゲの先生のバーコードをはがしてみたり。黒板消しをびちょびちょに濡らしてみたり。


 先生からしたら、迷惑極まりない存在だったろうな、俺達は。



「なあ、なんでお前はさ、相崎みたいな可愛い子に好きだって言われて、迷惑そうにしてるんだ? 俺からしたら羨ましい事、この上ないのだが」


 いきなりなにを言い出すんだよ、こいつは。


 うーん……まあ、確かにね。美優は可愛いとは思うけど。


 だけどな、性格がなー。



「お前がいらないって言うんなら、俺がアタックしても大丈夫か?」


「は? ちょっと待て、鳴海。お前は美優みたいな奴がタイプだったのか?」


「いや、俺だけじゃなくてな。相崎は男子の中で結構人気あるぞ? 可愛くて活発そうだけど、実はノンビリしている所が良いってな。おまけに頭も良い。レベル高いぞ、お前の幼なじみは」



 こいつ、なにを考えている? 今こんな話を俺にして、なにがしたいっていうんだ。


 鳴海の性格は、仲間想いで自分の事よりも他人の事を優先する、という感じだ。


 ここから考えられる選択肢は一つだけじゃないか。


 美優を狙うって言っているが、それは本心ではない。俺になにかをさせたいのではないか。


 でも、なにがある。俺が美優になにをするって言うんだ。



「別に、美優の事なら好きにすればいいさ。俺は他人のする事にどうこう言える立場にはいないからな」


「お前、それが本心なのか? だとしたらガッカリだぜ。まあ、お前が好きなようにしていいって言うんなら、俺は積極的に行動するぜ?」



 鳴海は今の言葉を心の底から思っているのだろうか。本当に、こいつの心の中は昔から読みづらい。


 鳴海は意味深な台詞を残した後、一人で走って帰ってしまった。


 俺はその後ろを見ていた。


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 美優が男から人気があるのは知っていた。だって、それが一部の男子から俺が嫌われている理由の一つなんだから。


 本当にあいつはどうなんだ。美優の事をどう思っているのか。


 だー!! もう! 頭の整理が追い付かない。


 考えるのは止めよう。家に帰ってゆっくりしちゃおうか。


 猫と猫がじゃれ合っている姿を微笑ましく見送りながら、住宅街を歩く。


 少し先に行くと、曲がり角が見えてきた。


 そこには子猫と長い髪の女の子がじゃれ合っていたので、微笑ましく見送る。


 ……ん? 女の子?


 後ろを見る。


 俺と同じ高校の制服を着た女の子が、道路で寝転がり子猫と戯れている。


 無視しようか。これは触れてはいけないものだ。


 そこから立ち去ろうとした時、ガッシィ!! と足を何者かに掴まれる。


 そのせいで勢いよく地面に転がってしまった。



「あはははは! あたしを無視した罰だ!」



 地面に打ち付けた鼻をさすりながら、後ろを見る。


 猫女が腹を抱えて笑っていた。


 俺はゆっくりと立ち上がり、そのまま後ろの馬鹿を無視して歩き出す。



「あっ、ちょっと!! また無視するの!? なんで! なんでなのよ!?」



 うるさいな。猫とじゃれてばいいだろう。猫女が。


 そのまま真っすぐ歩いていると、俺の横に人影が現れた。


 長い髪を風になびかせている、ちょっと吊り目の女の子。さっきの猫女だ。



「ねぇ! ちょっと聞こえてるんでしょ!? 無視なんてしていいと思ってるのあんたは!」



 ちょっと歩くのを止めて、猫女の方を見る。


 猫女はなぜかホッとした表情を浮かべたが、俺はまた歩き出す。



「はぁ!? 一瞬見ただけで、また無視ですか、そうですか!! あんた、これ以上無視すると酷いわよ! いい? 五秒以内になにか喋りなさい! じゃないと酷いから。はい、いーち、にー、さー……」


「あ」


「まさかの一言かよ!? あー、もういいわよ! スペシャルダイナミックキーック!」


 

 そんな変な技名と一緒に。俺の背中にもの凄い衝撃が走る。


 俺はその力には逆らえずに、二メートル以上吹っ飛んで行き、何回も転がる。


 痛い。痛すぎる。くっそー、俺がなにをしたっていうんだよ。


 一回後ろを見る。猫女がフシャーと荒々しく息を吐いている。


 そんな女から目を離して、鈍器で殴られたように痛みが走る背中を手で押さえながら、俺はまた歩き出した。



「ここまでされても無視かー!!」



 さっきから無視しているこの女。


 実を言うと俺の知り合いである。


 歳は俺の一つ下。そのくせに年上である俺に暴力を奮う最低なやつである。


 去年はこいつのせいでどんな酷い目にあった事か。思い出したくもない。


 名前は……あれ? なんだっけか。まあ、いいや。教えられても覚える気はないし。



「ちょっと、あんた。まだ無視する気なの。それならこっちにも考えがあるんだけどね」



 後方からそんな声が聞こえてきた。


 あの猫女がなにを考えてようが、どうでもいい事。こいつに関わったらロクな事にならないからな。


 ここはすぐさま撤退するに限る。



「ああ、そう。あたしは忠告したからね。それを聞かないあんたが悪いんだからね」



 彼女はそんな事を言うと、なにやら大きく息を吸い込む音が聞こえてきた。



「ここにいる天然パーマ……自称無造作ヘアーの男は変態です!! 現に、あたしは一年前に襲われました!!」


「ちょ、ストップストップ!! いきなりなにを言ってるんだお前は! 喋られないように口塞ぐぞコラァ!!」


「皆さん聞きましたか! この男はなんの抵抗もしないあたしの唇を自分の唇で塞ぐぞとか脅してきましたーーー!!」


「ふざ、けんなぁー!」


 とりあえず猫女に近づき、両手を使って口を塞ぐ。


 ……のだが。時既に遅し。


 周囲の人からは凄く冷たい目で見られてます。


「けしからん。実にけしからん。羨ま……もとい。最近の若者は乱れ過ぎだ!」



 通行人がそんな事を呟きながら、俺と猫女を避けるように歩いていく。



「はぁー……お前に関わると、本当に悪い事しか起こらないな」



 猫女の口から両手をどけて、少し後ろに下がる。俺に口をふさがれた事がよほど気に食わないのか、彼女は頬を膨らませながら地面に正座を崩したような恰好で座る。


 なんだっけ、この座り方。女の子座り? お姉さん座り? 分からん。



「ちょっとあんた。あたしの口を塞いだその手を舐める気なんでしょ」


「黙れ猫女。お前になにかしようとする馬鹿はこの世に存在しない」


「猫女って言うな! 私には北島キタジマ サキっていう名前があんのよ!」


「そうかそうか。で、猫女。お前はなにか用でもあったのか?」


「だから猫女じゃない! 咲。北島咲!」


「分かった分かった。で? 馬鹿女。なにか用か?」


「馬鹿!? 馬鹿ってなによ! 言っときますけど、あたしは学年でも五十位以内には入るんだからね」


「残念でした。俺は学年で三十位以内には入る」



 北じ……じ……なんだっけ。こいつの名前。まあいいや。


 猫女は本当に驚いた時にしかしないような表情、大きく目を見開くという行為をしている。


 なんだよ、俺の成績が良いのが、そんなに驚愕の事実なのか?


「へー、人は見た目によらないものねぇ」


「なんか凄く馬鹿にされてるような気がする」


「馬鹿にしてるのよ。じゃあね、自称無造作ヘアーの変態さん」


「これは、どっちかというと無造作ヘアーに分類されるはずだ! 断固として天パではない!」


「はいはい。分かったわよ。無造作ヘアーさん」


「分かってないよね。絶対に分かってないよね!?」



 叫んでみたが、猫女は立ち上がると走って帰ろうとする。


 しかし、途中で立ち止まった。なにかあるのかと思ったが、そいつはこっちに振り返ると。



「ばーか」



 とか言いつつ、アッカンべーをしてきやがった。俺は握り拳を作って、なんとか怒りを堪える。

 

 そして今度こそ、猫女は去って行った。


 結局の所、あいつがなにをしたくて俺に話しかけたのか。それが分からずじまいだったのだが、別に理由は知らなくても困らないだろうし。


 あいつを追いかけて聞きだすのも面倒くさいし。帰って寝たいし。


 とりあえず俺は帰路に着く。


 

 ボロアパートに帰ってきた俺は、制服を脱いで動きやすいジャージに着替えてから洋室にあるソファに座る。


 そこでボーッとしながらテレビを観ていたのだが、頭の中では会長と協力する事になった、生徒会を守り隊を潰す手段を考えていた。


 なにもいい考えは浮かばずに、夜になって飯食って風呂入って寝たけどね。



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