八十三話「たぶん窮地を脱して」
「こうなったら、使うしかないわね……透明化の魔法を」
思い詰めた顔でアイリスさんが口にしたソレで、俺のピンチはあっさり終了した。
「この人数分かけるのは私でもキツいし、効果時間も短め、かつ慣れてないと透明化した自分の身体をモノとかにぶつけることがあるから、本当に最後の手段だったのだけど」
「あぁ、そういうことね」
嫌そうな顔で続ける言葉を聞けば、出し渋っていたわけでなく、欠点があったからということは今の俺でも解る。先程頭を抱えたのは何だったんだとアイリスさんに当たることも出来ず。
「と言うわけで、『壁の中の空亭』で落ち合おうとエリーシアに伝えて貰える?」
その後モヤモヤを抱えたまま透明になってアナック邸を後にした俺はエリーシアではなく側にいた世話係の人に伝言を伝えると、透明化の効果が切れぬうちに人混みを出て人気のない路地裏に向かった。魔法の効果が切れて突然人が現れるのを目撃されないようにするために。
「前に利用した宿からあまり離れて無いところに路地裏があって良かったわね」
「本当にね」
漸く効果が切れて姿が見え始めたアイリスさんに同意するとほうと安堵の息を吐く。とりあえず、三角木馬の置いてあった家から出てくるところを見られずには済んだわけだ。
「依頼も達成で報酬は貰えるはずだから路銀の足しにはなるし、もう同じ依頼人の依頼を受けることはないだろうから――」
残りの路銀をいかにして稼ぐかが今後の課題か。
「ふむ……俺の考え過ぎかな」
こう言う時、マイがついお茶と一緒に出された鞭をお持ち帰りしていたとか言うオチがつくかなとも少しだけ思ったのだが、振り返ってマイの手元を見てもそれらしきモノはなく。
「ヘイル様?」
「ああ、何でもないよ。依頼人が酷かったモンだからちょっと疑心暗鬼になってたみたいなだけだから」
訝しむマイに苦笑で応じると、支援を前方に戻す。路地裏の入り口から右手側に伸びる通りに落ち合い場所の宿は面している筈であり、この場所からは流石に見えはしないが、入り口を右に進めば見えてくると記憶している。
「ヘイル……」
「あー、うん」
ただ、俺は失念していたようだった。エリーシア達は姿を消したわけでも何でもなかったこととその意味を。
「依頼人の家が宿に変わっただけと言っても過言はない、かな」
宿が視界にはいるところまで来ると、あの家からついてきたのか、新たな野次馬かは不明だが、宿の側に立つエリーシアを幾人かの人々が遠巻きに眺めていた。
「と言うかさ、あの胸で視線を集めるなって言う方が無理だったよね」
俺達がこの都市に入って最初にすべきだったのはエリーシアへの視線対策だったのだろう。
「とは言え、誤魔化す方法って言ってもなぁ」
部分的に大きく剔った大きなぬいぐるみを抱えさせて、その剔った部分に胸をはめ込むように隠すぐらいしか思いつかず。
「一応言っておくけれど、透明化の魔法は無理よ。効果時間が短くて結構頻繁にかけ直す必要もあるし」
「あー、それはわかってるから。ただ、一時的に引っ込める分には使えるよね。そう、例えば、変装して『謎の手品師』とか名乗って『人体消失マジック』と称してあの子を透明にしてしまえば、突然姿を消しちゃうよりは自然な形であのギャラリーの中から救出出来るし」
「……まさかヘイルがそっちに回るなんて……余程疲れたのね」
数秒言葉を失ってからアイリスさんは引きつった顔でポツリと漏らすが、一応冗談とかのつもりはない。
「ふと思ったんだ。『ドSのヘイル』と胸の大きなエリーシアってこの都市では視線を集めそうな二人が一緒にいるのが拙いんじゃないかって」
全くの事実でない俺のドS部分とエリーシアの胸がギャラリーの脳内で科学反応を起こし、さらなる風評被害を生むかも知れない。ただ、これが俺と視線を集める人間の組み合わせでなく、一介の手品師と視線を集める人間の組み合わせならどうだろうか。
「いや、まどろっこしいな。早い話が俺が変装していれば風評被害とか気にしなくても良かったんじゃないかってね?」
依頼を受ける時は正体をあかさねばならないだろうが、危険は減る。訝しまれたり見破られないようにするには割と気を配る必要があるだろうが、試してみる価値はあるのでは無かろうか。
何とか今日は更新出来ました。(ぱた)




