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八十二話「お仕事の完了」


「成る程」


 たっぷり十数秒は黙ってから、依頼人はようやくポツリと漏らした。何が成る程なのかはわからない、わかりたくもない。わかってしまったら終了(あちらがわのひと)だ。


「満足して頂けたなら、もう良いですね?」


 これ以上よくわかりたくない遊びに付き合うのは、ご免被りたい。先方が満足げならもう切り上げてしまおうと俺が思ったとしても仕方のないことであり。


「では、あと数シチュエーションほど」

「巫山戯んな」


 アンコールどころか数回やれと言われた俺が脊髄反射レベルで怒声を発したって仕方ないと思う。


「ヘイル、落ち着いて」


 と、もう一度アイリスさんが言ってくれなかったら、どうなっていたことか。


「冒険の話をする依頼の筈が、全く違う依頼になってるじゃん!」

「ヘイル、口調」

「失礼、なってるじゃないですか!」


 これはもう話が違うと怒って席を立って良いレベルだと思う。


「お怒りはごもっとも、なら――」

「鞭で叩けって言われてもしませんからね?」


 何となく予想が出来たので俺が言葉を遮って釘を刺すと、依頼人は数秒黙ってから失礼しますとだけ言い残して席を立った。


「ヘイル、怒らせてしまったんじゃないの?」

「いや、それはないよ。俺の予想が正しければ、依頼人はただ取りに行っただけだから」


 アイリスさんに声をかけられ頭を振った俺は依頼人が去った方を見やり。


「お待たせしました」


 そう言いつつ再登場した依頼人は、俺の予想通り家の前で見た三角木馬を伴っていた。


「では、こちらでどうでしょう?」

「何が?」


 言いたいことは理解出来るが、理解出来てしまうが、色々省いた問いに応じる気は無い。


「なかなか手強いですね。ですが、だからこそ参考になる」

「ねぇ、アイリスさん。俺、どの辺りからツッコミ入れればいいのかわからなくなってきたんだけど?」


 目の前の依頼人を無視して仲間に聞いたのは、俺も色々疲れてきてしまっていたからだろうか。


「こう、今ならこの依頼人の正体が魔王でも『ああ、そう』で流せそう」

「そして、『この時の発言をあとで思い出して愕然とする』ことになるのね」


 いや、フラグにするのは止めて下さい、アイリスさん。


「魔王……そうですか、では我が輩は今日からMの魔王と言うことで」

「いや、そっちも整合性つけようとしなくて良いですから!」


 そも、そんなに簡単に魔王とか名乗って良いモノなのだろうか。


「さて、ここまでで色々とヒントを頂きましたので、それを元に書き始めてみようかと思います」

「え?」


 唐突に切り出されて依頼人が何を言っているかを理解するのに、俺は数秒を要した。


「書き始めるって――」

「先程の追放、とても参考になりました。それから、色々巫山戯たことはここにお詫びします」


 何というか、狐に摘まれた気分だった。いつの間にか頭脳戦どころかただのツッコミとボケになっていた気もするが、このお仕事はもっと続いてしまうと思っていたのだ。それが、先方から思いがけない打ち切りを滲ませた言葉。


「もっとSやMについてお伺いしたいところでしたが、少々外が……」

「外? あ」


 言われて外の気配を探って気が付く。この家の近くにけっこうな数の人が集まっていることに。


「ヘイル、あの娘(エリーシア)には外で待ってて貰ってるのよね?」


 拷問器具が入り口に置いてある家の前で待つもの凄いで済まないぐらい胸の大きな女性聖職者。途中、家主が現れて拷問器具だけを中に。そんな状況が目撃されたとすると、集まっている人というのはおそらく野次馬であり。


「ねぇ、アイリスさん。今からこの家に秘密の地下通路作っちゃ駄目かな?」

「ヘイル、辛いのはわかるけど、流石にそれは問題よ」

「けどさ、この状況で外に出たら、俺、社会的に死ぬよね? 風評被害が運び込まれた拷問器具で強化されるのは間違いないし――」


 噂にはだいたい尾ひれがつくのだ。


「一応あの娘(エリーシア)に家の中まで入ってきて貰うって選択肢もあるけど」

「入り口でつっかえて事態が悪化するんですね、わかります」


 そう、わかる。そっちの方策をとれないことぐらいは。


「うああああ、どうすれば……」


 そして俺は、ひたすら頭を抱えたのだった。


何とか間に合った。

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