七十八話「おしごとのじかん」
「どうぞ」
家の中に案内され、出されたのはお茶と鞭だった。
「斬新なお茶請けですね」
そう笑って鞭を囓れと言うことだろうか。いや、出した人間の意図はわかっているけれど、敢えて表情には出さず、礼を言ってティーカップを取り、一口飲む。
「ふぅ」
少しだけ落ち着いた。黙っていてくれと頼んだマイも無言なのだ。鞭が登場した辺りからマイのモノらしき視線を感じる気もするけれど、気のせいに違いない。
「黙っていてくれとは言われましたけど、物欲しげな目で見るなとは言われてませんし」
と言う考えにマイが至ったとか、そんなことも無いだろうから、これは気のせいに違いない。連続で訪れるツッコミどころへ俺は耐えた。
「ヘイルさんのご高名はかねがね。Sランクパーティーの方々が依頼を受けてくださったことは感謝に耐えません。さて、早速依頼の説明に入らせて頂きたいのですが」
「あ、はい。ええと、『作品の参考に差し障りのない範囲で良いから今までの仕事や冒険の話が聞きたい』と言うお話でしたね?」
「そうです」
一応依頼人と言うことで、ため口ではなく丁寧な口調で確認すると、依頼人は首肯して見せ。
「それなのですが……最近、作家としての幅を広げるべく新しいジャンルを手がけてみようかと思い立ちまして、ヘイルさんにはSMの何たるかを教えて頂きたいのです」
こいつ、ちょっきゅう で きやがった。
「アナック先生の最新作がSMテーマ?! いや、だが、先生の作品なら……ああ、いや、しかしッ!」
そして外野は五月蠅い。想定外な依頼人の登場で何か言う間もなく同席させることになってしまったのは、失敗だったか。
「SM、ですか」
さて、どうしたものか。Sではないし、そう言うの知りませんからと言うのは容易い。問題は、それを納得してくれるかだ。
「ええ、もの凄いSM技で悪党どもを一網打尽にするヒーローが活躍する話を考えておりまして」
考えるな、という喉の端まで出かかったツッコミを押さえ込みつつ俺は頭をフル回転させる。この場合、どう答えるのが、最適か。どうすれば誤解を解けるのか。風評被害の払拭とか言っていられない。まず、この作家の誤解を解かなければ俺の話を参考にしたと言う、この国では割と有名な作家の手による「SMヒーローモノの話」が誕生しかねない。今はこの城塞都市のみだと信じたい俺の間違ったイメージが、最悪の場合、この国全体の認識に拡大する恐れがあるのだ。
「まず、一つ。依頼で聞きたいと仰っていたのは『仕事や冒険の話』では? 求められるお話は依頼外のモノになると思うのですが?」
考えた末、俺が口にした疑問は一つの牽制。これで相手が確かに話が違っていましたねと認めれば、ごく普通な仕事の体験談を話せばいい。無論、一筋縄でいかないとは思うけれど。
「失礼、そうでしたね。では――仕事や冒険の中でのSやMなお話を」
そ う き た か。
「結局SMからは離れんのかい!」
そう、叫びたかった。
「SやM以外は不要だと?」
だが、俺の総動員した自制心はちゃんと仕事をしてくれた。いかにも意外そうな表情を作って聞き。
「メインに話そうと考えていた出来事があったのですが、SもMも関係ない話でして、限定されるとご要望にそえないのですが」
明確にそちら方向の話をするつもりではなかったと明言する。これなら空気を読まなかったりでもしない限りSだとかMの話には持ち込めないはずだ。
「なるほど、それは失礼しました。では、メインの話を伺ってからこぼれ話的な形でSやMの話も伺うと言うことに――」
「っ」
これは俺が甘かったと言うべきか。メインこそ譲歩はしたものの、依頼人の反応にはSM話をゼロにはさせないという明確な意思がかいま見え。
「メインのお話にしても、ひょっとしてヘイルさんの中では『あの程度SとかMとか騒ぐ程のことではありませんよ』と言うことなのかも知れませんが、我が輩から見れば大いに参考になる部分があるかも知れませんし」
「え゛」
あの程度って何ですか。聞きたくはあったが、聞いたら絶対後悔しそうで、いや、そもそも質問出来る様な余裕もなかった。
「ひょっとしてこの依頼人、『話を膨らませて何もない所にSM要素を強引に持たせにゆく』のでは」
と思い至り、固まっていたのだから。




