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七十七話「たいめん」

「違約金払って帰りたい」


 俺の心境を言葉にするなら、まさにそれだろう。もっとも、同行者が増えてただでさえ路銀を相応に確保したい状況で逆に出費をするなんて出来ない相談なのだけれど。


「ヘイル……依頼人の名前、確認しなかったの?」

「いや、流石にそれはしたよ。俺が受けた依頼の方は作家としての名前で出されれたけど、指名の方は別の名前だったし、誰かの名義を借りたとか?」

「それは斡旋所の利用規約に引っかかるんじゃないかしら? 私としては件の作家がペンネームを複数持っていた説を挙げるけれど。前世(とあるところ)では全年齢向けと成人向けでペンネームを変える作家が居たと記憶してるのよ」


 真面目な顔をしつつ声を潜めてアイリスさんがコメントしたのは、内容が前世の話だったからか。そう言えば、前世では商業と同人誌でペンネームを変えてる作家が居た様な気がするし、その手の罠に俺は見事に引っかかったのだろう。


「つまり、本来の作家としてのネームバリューを鑑みていきなり有名作家の名前でいかがわしい依頼を出してこない程度の分別はあったと言う事ね」

「失礼じゃないかなって一瞬思ったけど、被害に遭うのが俺って思うと……まぁ、それでいっか」


 そんな些細なことよりも、問題はこの難局をどうやって乗り切るかだ。


「アイリスさん。両方の依頼主が件の作家だとすると、先方は間違いなく俺がドSだという悪質なデマであれうアレに基づいたあれこれについて聞いてくるよね?」

「半分くらいは真実な気もするけれど、出していた依頼を材料にして普通に考えればそうでしょうね」

「だよね」


 何となく冷たい答えではあったものの、アイリスさんから肯定の言葉が返ってきて、俺は頷く。


「けど、マイには口止めしてあるからそっちから致命傷を受ける可能性はない」


 逆方向へのアシストがないなら、状況がここからどう転ぶかは俺の答え次第。


「作家は本人が知りたい事を聞いてくると思う。そういう依頼な訳だし」


 そして、指名依頼の内容を加味すれば何を聞いてくるかは明らか。俺が聞いて欲しくないことを全力で聞いてくる筈だ。


「たぶん、これは頭脳戦になる」


 いかにして相手の聞きたいことを上手くはぐらかすか、はぐらかすことを許さず聞きたいことを聞き出すか、と言う形の。


「ヘイル……格好つけようとしても、ただの残念バトルとしか私は思えないのだけれど?」

「あー、うん。そんな気はしてた。だけど、些少なりともモチベーション挙げないと、ね?」


 知られちゃいけないことをポロッと漏らしてしまって、俺が社会的に死ぬ結末だってあり得る。


「ポイントは『差し障りのない範囲で良いから』って言葉だ」


 これを上手く活用して致命的な追求を避ける。


「ファンだって言うレイミルさんを活用して話を脱線させることも考えたけど、ファンってことは容易にあちらに寝返りうる。避けた方が無難。エリーシアは目の前の家のドアを見る限り入り口でつっかえそうだから外で待っていて貰うとして――」


 他のメンバーはどうか。変装士の少年はそもそも存在が稀少であって部外秘的なモノも多いであろうから、同席させることすら躊躇われる。中二病の人は常識人だとは思うけれど、有名作家が中二病に感染してしまったら拙い気がする。


「アリエラはまぁ、アテにならないから除外」


 きっとあの狂戦士のことだ、ウサギ女勇者とその幼馴染みをモフハラするために追いかけ回していることだろう。


「残ったのはエリザと悪魔使い、か」


 エリザは饒舌な方ではなかった気がするけれど。


「悪魔使い、うーん」

「ヘイル、考えているところ悪いけれど、依頼人、出てきてるわよ?」

「え゛?」


 俺は凍り付くが、考えてみればここは依頼人の家の真ん前なのだ。


「そっか、外に出てたアレを中に入れなきゃいけないもんね」

「どうも始めまして。本日は良く来て下さいました。ささ、どうぞ中へ」


 想定外に思えた事態もよくよく考えれば至極当然のことで、得心いった俺に頭を下げた問題の作家は拷問器具の脇に移動する形で戸口の前を退くと俺達を促したのだった。



ルビが上手く仕事しなかったので団長の念で修正。(2018/9/30)

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