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七十六話「世界はどうしてこうも残酷なのだろうか」

「けど、作家か……」


 依頼者はこの国ではけっこう有名な作家であるらしく、斡旋所のオッサンも読者の一人だったし、集まっていた冒険者の中にもファンだという冒険者がチラホラ見受けられ、俺の期待は膨らむ一方だった。


「ファンだって言う冒険者が居るなら、受けた依頼も先に持ってかれてて不思議もなかった筈なんだけど」

「ファンであるからこそ『自分みたいな冒険者が作品の参考にされるのは畏れ多い』って考えのファンも居たようよ。あとはファンではあるものの、純粋に冒険者としての評価が低くて条件を満たさなかったとか」

「なるほどね。まぁ、前者はわからなくもないし、後者はしょうがないとしか、ね」


 相手が前世の世界の有名作家に置き換えると、依頼を受けなかった冒険者の気持ちもなんとなくわかるし、駆け出しが作家の先生の所に呼ばれても参考になるとも思えない。アイリスさんの補足に俺は肩をすくめ。


「ジャンルは冒険系が得意なんだっけ、その、アナック先生?」

「その通りだッ!」


 俺が誰ともなしに尋ねると叫ぶように答えたのは召喚師のレイミルさんだった。


「しかし、よもやアナック先生の依頼を受けることが出来るとは……ヘイル殿には感謝しても感謝しきれんな」

「ちょ、止してよ」


 噛み締めるように呟きつついきなり俺に頭を下げてくる辺り、件の作家さんのファンなのは間違いなく。


「レイレイ、キャラ変わりすぎー」

「すまんな、アナック先生に直に会うことが出来る思うと、つい、な。サインをして頂くための本も用意してきたし、今日は最高の一日になりそうだ」


 どことなく呆れた様子の悪魔使いではないが、俺の目から見てもレイミルさんの挙動はいつものレイミルさんではなく。目を輝かせ大事そうに一冊の本を押し抱く様は完全に別人だ。


「にゅい?」

「もちろんだともッ! 読んでみるか?」

「に゛ゅッ?!」


 首を傾げ、その人の話ってそれ程面白いのですかと羊皮紙に書き出したウサギ勇者はおかしくなっているレイミルさんに肉迫されて全身の毛を逆立てて固まっている。


「うわぁ」


 本当にキャラ変わりすぎであった。今のはウサギ勇者がちょっと迂闊だったのかも知れないけれど。


「けど――」


 有名な上にレイミルさんがこれ程入れ込む作家さんなら、きっと俺の間違ったイメージも払拭してくれるだろう。そう、約二名程が余計な口を挟む事さえなければ。


「アイリスさん、マイ。悪いけど取材中は黙っていて貰えるかな?」


 流石に転生者組以外の前でマイが余計なことを言うとは思わないけれど、相手は作家。あの手この手で情報を引き出そうとしてマイがついポロッとという事態は遠慮願いたいし、アイリスさんは昨今の言動を思い出すとそれだけでもうNGだ。


「仕方ないわね」

「え」


 とは言えこの言い方は少しだけ酷かったかなとも思う、だと言うのにアイリスさんのあっさり引き下がる反応に俺の口からは意外さが声になって漏れ。


「意外だった? けど、今回の依頼、下手をするとヘイルだけではなくて私や他の人の評判にも関わってくるでしょう?」

「あー」


 納得の理由だった。確かに巻き込まれる恐れがあるのに不用意なことは言えないだろう。これでロクでもない展開になる可能性はほぼ潰せた。


「後は、目的地にたどり着くだけか。斡旋所で教えて貰った場所はそんなに遠くなかったし、そろそろ見えてくる頃だと思うんだけど――」


 ふいに視界に入った一軒の家。その軒先にそれはあった。


「ねぇ、アイリスさん……あれって、何かな?」

「世間一般では『三角木馬』とか言われる拷問器具じゃなかったかしら?」


 横を見てアイリスさんに尋ねれば、先程俺が見たモノに視線を向けたまま答えてくれたが、そうじゃない。


「この都市って魔よけで玄関先に三角木馬を飾る風習とかあった?」

「記憶にないわね。と言うか、魔よけどころかマゾが寄っていきそうな気すらするのだけど。それはそれとして、そう言えばヘイルを指名で罵ったり踏まれたいとか言う依頼が出てたわよね?」

「うん」


 その依頼主があの家の住人ということなのか。


「ぶっちゃけそっちはもう忘れたいんだけど、それよりも……すっごく認めたく無いんだけど、俺の記憶違いじゃなきゃ依頼主の作家さんの家、あそこって教わったような」


 不本意さを滲ませて声を振り絞ると、アイリスさんが急に黙り込む。


「ねぇ、アイリスさん。世界はどうしてこうも残酷なのかな?」


 終わった、俺の風評被害払拭計画ッ。



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