七十五話「仕事を探す」
「チェンジで」
お前さんならこんな依頼もあるぞと紹介された依頼書を三枚目まで見たところで、俺は言った。
「『縛って下さい』に『踏んで下さい』に『罵って下さい』ね、二つはヘイルの指名依頼みたいなのだけれど、凄いわね」
横で勝手に依頼書を見ているアイリスさんには思うところもあったものの、ぐっと堪えて依頼書を奪い取り斡旋所のオッサンに突き返す。ここで叫んで目立ったりしたら、拙い。幾ら俺でもそれぐらいは理解出来る。
「気に入らない、か。どれも短期間の割には報酬は破格なんだがなぁ? それと指名依頼も目を通した二つだけではないんだが」
「確かに、こちらの要求にそぐう形なのは認めるけど、そもそも依頼を受けるのは俺一人じゃないから。あと二つ見ただけで残りも似たようなモノの気がしたし」
もし仮に何か間違ってそれらの依頼を受けた場合、他のパーティーメンバーにやることがない。いや、約一名嬉々として依頼人の横で縛られたり踏まれたり罵られようとする女の子が居るかも知れないけれど、流石に人前でその手の変態行為に出ることは無いと思うし、きっと俺の考えすぎだろう。
「そうか。しかしな……最近周辺の魔物の数が減っていてな、討伐なんかは斡旋出来る依頼あまり無くて、紹介出来るモノと言うと雑用や特殊なモノがメインにならざるをえん」
「魔物の減少……」
何故だろうか、もの凄く原因に心当たりがあるのは。
「ああ。何かの前触れかと調査依頼も出したが、結局原因は不明。減った魔物の数も徐々に回復傾向にあるようだから暫くは討伐依頼の発注を抑えようと言うことになった訳だ。魔物の素材もなくなれば困る資源だからなぁ。ま、放置出来ない脅威度の高い魔物は例外だが、ここらでそう言う魔物は滅多に出ないし、出たのもついこの間討伐されてるんでな」
「あぁ、そう」
パーティーメンバーが原因の現状だとすると深くツッコんだり不満を言うわけにはいかず、俺は視線を逸らし。
「ただ、それなら鉱山の町に向かうのに丁度良いって話になって護衛依頼が幾つか出ていたんだが、道の途中で派手な戦闘の痕が見つかったとかで、増えたはずの護衛依頼も無くなっちまった」
「へぇ、そうなんだ……ま、まぁ、鉱山の町は隣国だし、俺達の目的地とは反対方向だから」
「そうか。じゃあ関係ない話か。すまんな」
「いえ、おき に なさらず」
世界というのは俺が思ったよりも密接に色々繋がっているのだろう。ただ、いくらアイリスさんの固有技能が魔物を無差別で弱体化させるとは言え、依頼不足を引き起こすというのは少々意外であり。
「アイリスさん、さっきの話、どう思う?」
「私だけが原因とは考えにくいわね。ただ、ユウキを襲った四天王のまな板魔族が計算外を嫌って予め魔物を遠ざけておいた何て可能性もあるわ」
「そっか」
謀略の魔王の手の者が何かした可能性は俺も失念していた。
「暗黒神崇拝者の村の時のような何らかの理由があっての異常事態ならともかく、原因無しでホイホイ惨事が起きるとは考えにくいし、調査依頼に出た冒険者も何も掴めなかったのでしょ?」
「言われてみれば、そうだね」
隣国での一件があったが故に警戒しすぎたのだろうか。
「ヘイルがここを早く立ちたいなら目的地方面の護衛とかに絞って聞いてみれば良いと思うわよ」
「にゅい」
アイリスさんのアドバイスに隣のウサギ勇者が頷き。
「え」
俺は驚いた。
「アイリスさんがからかったりとかせずに真っ当なアドバイスを?!」
ここのところ散々弄られていたのだ。偽物を疑って叫んだっておかしくなかったと思う。叫ぶと目立つからしなかったが。
「王都リェングロッド方面への護衛依頼はありませんか?」
「護衛か、そっちの方面は依頼があることはあるが、出発が数日先だな」
そして、俺達の会話を聞いていたマイが斡旋所のオッサンに尋ねてくれたことで、希望する依頼が無いこともわかり。
「ああ、それなりに腕の立つ冒険者ってんなら、こういうのもあるぞ。とある作家の先生からでな『作品の参考に差し障りのない範囲で良いから今までの仕事や冒険の話が聞きたい』って依頼だ」
「それだ!」
話を耳にした俺はガタッと脇にあった椅子の背に手を置き一歩前に進み出る。作家の依頼。うまく行けば不名誉な俺の風評被害も払拭して貰えるかもしれない。
「ヘイル?」
「ヘイル様?」
「アイリスさん、マイ、この依頼、受けよう」
千載一遇の機会に思えて、俺はもうこの依頼を逃すつもりはなかった。
尚、依頼者の名は「アナック・ル・スィウホーン」氏。
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