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七十三話「出発、そして遅れを取り戻せ」


「あっさり過ぎる程あっさり話がついたわね」


 エリーシアに案内される形で面会した世話係はこちらの要求を拍子抜けする程あっさり受け入れた。


「まぁ、手付け金として引き渡すつもりだったなら想定してたのかもね」


 こちらに引き渡された場合、エリーシアの世話をどうするのかという問題が出てくるのは当たり前なのだ。エリーシアを送りつけた連中も流石にその辺りは考えていたのだろう。


あの子(エリーシア)の面倒はマイが見てくれるって言ってくれたけど」


 女性の世話を男の俺がするわけには行かないという意味合いでは、感謝するしかないはずなのだが、何故そこまでしてくれるのだろうかと不思議に思う自分も居て。


「何というか、妙な不安も覚えるんだよね」


 医者がストレッチャーを崖から突き落とすレベルの変態さんでもあるのだ。


「そうね。面倒を見て貰った結果、あの娘が影響を受けて新しい扉を開けてしまったら大変だものね」

「あー、いや、まぁ、その通りではあるんだけど……」


 口に出して言ってしまうというのは、フラグじゃないだろうか。


「大丈夫よ。この世界では|妾や第二夫人の居る人も存在する《おくさんがひとりというルールはない》し、最悪ヘイルが責任とってハーレムしちゃえば万事解決でしょ?」

「どの辺が解決ーっ?!」


 そもそも最悪にするなと声を大にして叫びたかった。


「まぁ、ハーレムが嫌ならそうね……何処かの魔王様に協力して貰ってホムンクルス作成の技術を応用してヘイルのクローンを用意するって解決策もあるわ」

「それ解決策なの? と言うか、ホムンクルス作成って禁忌じゃなかったっけ?」


 ついでに言うならどちらかはクローンと添い遂げることになると思うのだが、そこはどうするというのか。


「言いたいことはわかるつもりよ、けどまだあの娘が変態になると決まった訳じゃないわ。仮の話ならこの程度で良いと思うのよ」

「……そっか、そう言えばまだ仮定のはなしだっけ」

「それに、不安ならあの娘が道を違えないようにヘイルが調教(かんとく)してあげればいいのよ」


 くすと口元を綻ばせアイリスさんは悪い方に考えすぎる必要なんて無いわと微笑むが、俺には何故か監督と言う単語に別の文字が当てられているような気がして。


「マイもあの娘(エリーシア)の世話の仕方を教わりに世話係(あちらのひと)の所に行っているんでしょ? やるべき事をやっているなら、私達もすべき事をしないと」

「そう、だね」


 正論だ。全くもって正論を言われているはずなのに、何故心の何処かがモヤモヤするのだろう。


「ヘイルは他の人達へあの娘(エリーシア)達の準備が終われば出発するって伝えてきて貰えるかしら? 私は肉体強化魔法で身体の負担が減らせるか試しに強化魔法をかけに行ってくるわ」

「はぁ……足止めくった分は取り戻さないと行けないもんね。了解」


 それでも言うことは理にかなっていたから、モヤモヤのかわりにため息を吐くと、伝え終わったらそっちにも伝えに行くからと告げて部屋を出る。


「押しかけ同行希望者の準備が終わったら出発するから」


 そう触れて回るのだ。


「最初は近い場所からで良いか」


 ただの伝言、気負うこともなく部屋のドアをノックし。


「まさか今日出発することとなろうとは――精霊よ、これも宿命か」


 中二病の人はやはり中二病で。


「漸く戻ってきたですかー、じゃあ再びもふも」


 ノックするなり飛び出てきた狂戦士は、何かを抱きしめようとする動作の途中で固まった。


「最初の二部屋でいきなり精神的にどっと疲れたんだけど……」


 狂戦士の口ぶりからすると、ウサギ勇者とその幼馴染みはモフモフハラスメントに耐えかねて部屋を飛び出した様でもある。


「探さなきゃ、駄目だよね?」


 出発の言伝なのだ、伝え漏れがあってはシャレにならない。


「……と、言うわけでウサギの勇者とその幼馴染みも探してるんだけど」

「ふむ、協力したいのは山々だが、ここでの召喚は宜しくない上に」

「あ、うん。わかってる。アイリスさんが居るもんね。気持ちだけで充分だから」


 用件伝えがてらウサギ勇者捜索の件を口にすると申し訳なさそうに召喚師のレイミルさんから頭を下げられこちらが恐縮する始末。


「ただ、出発のことについては同じ部屋の人には伝えておいてくれる?」

「承知した」


 変装士の少年はレイミルさんと同じ部屋なので、それだけ頼むとレイミルさんは頷いてくれ。


「……と言うか、あの様子だと知っててとぼけ得る訳じゃないのか」


 ボソッと漏らしたのは、レイミルさんの部屋を出た後のこと。俺は上級職で気配の察知は得意とするところだ。だからレイミルさんの部屋に入る前にウサギ勇者達が部屋にいることには気づいていた。


「あの耳が飾りでないなら出発についてとかも聞こえただろうし」


 後はエリザか悪魔使いのどちらかに会って同室の面々に伝言を頼めば、アイリスさんに頼まれた伝言はほぼ完了。


「お帰りなさい、ヘイル。こちらもあらかた終わったわ」

「「お帰りなさい、ヘイル様」」

「そ、そう、思ったより早かったね」


 部屋に戻るとアイリスさんだけでなくマイとエリーシアまで居て、重なる声にちょっとたじろぎつつもちらりと部屋の片隅を見やる。


「ヘイル様の荷物でしたら、纏めておきました」

「あ、そうなんだ。ありがとう」


 視覚での確認と報告はどちらが早かったか。


この娘(エリーリア)と世話係用の馬車が使えるから、遅れの何割かは取り戻せるはずよ。この娘(エリーリア)に肉体強化魔法のお手本を見せるついでに馬を強化すれば些少人数が多めでも全員馬車で運べるでしょうし、魔力奪取の魔法も私は使えるから、私一人で強化魔法の魔力を補えなくても大丈夫だもの」

「うわぁ」


 足手まといでしかないのではと疑ったエリーシアだが、所謂モノは使いようであったらしい。


「馬車に荷物を積んだら出発するわよ」


 流石に全員が馬に騎乗しての旅程の行軍速度は出せなかったものの、俺達は徒歩より遙かに短い所要時間で城塞都市リサーブトへと至る事になるのだった。


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