七十二話「二つの問題、一つは」
「この子を連れて行くとなると、大きな問題はたぶん二つだと思う」
一つはこの子の所属先である光神教会が何らかの行動を起こすであろう事。
「『手付け金を受け取ったのだから』と無理難題を言ってくる、とかかしらね」
「偉そうに指図してくる可能性もあると俺は思ってるけどね」
いずれにしても、これはエリーシアが俺達と行動をともにすることを先方が知ってからの話だ。
「エリーシアが元々ついてくるつもりだった事を鑑みると、報告要員はエリーシアについてきた随員の中にいるとかかな?」
確認の視線をエリーシアに向ければ、小さく頷くことで俺の推測を肯定し。
「ならその報告要員への接し方次第では向こうの出方が変わってくることは充分考えられるわね」
「おそらく、ね。下手に弱みを作るとあとあとまで響きかねないし、馬鹿正直に経緯を報告するのはないとして――」
出来ることなら、エリーシアの身柄は完全にこちらのモノとしておきたいところだ。
「向こうも『手付け金』って言ってるわけだし、話の持って行き方次第ではいけるよね」
「そうね。受け取ったふりをしておけば、教会側も油断するでしょうし」
「そこをついて上手く主導権を握れればベストかな」
ぶっちゃけ、前任者をみすみす殺させた光神教会を俺は信用していない。ましてエリーシア達の扱いのこともある、好意的に見ることなんて出来るはずもなかった。
「そも、勇者のバックアップ組織でもあるはずなのに、いきなり女で釣って手綱を握ろうとか……」
それで勇者を上手く御して魔王を倒せるような頭脳の持ち主が居るなら、目的は果たせるだろうが、やったことは前任者を無駄に死なせたことだけだ。その前任者の行動で回りに迷惑をかけまくったあげく。
「そうよね。勇者への支援と言ったら、支度金と最初の町で売ってる粗末な武器防具が基本でしょうに」
「うん、ベタなボケをありがとう」
ツッコミまくっていると相手の思う壺な気がして、生ぬるい目でアイリスさんを眺めた俺は、それはさておきと前置きし。
「で、もう一つの問題は、この子を連れて行くなら、どうやって連れて行くかだけど」
二つ目の問題を定義して、俺は更に言葉を続けた。
「『首輪もあるし、リードを握って四つん這いで歩かせてではないの?』とかは無しね? 真面目な話だから」
とりあえずアイリスさんの発言だけは先回りして潰しておかないと話が進まない。
「ヘイル、私だって時と場所は選ぶわよ?」
「え? 何、この俺の方が悪いみたいな状況?!」
おかしい、アイリスさんならまず間違いなく言うと思ったのに。
「付き合ってると話が進まないから、敢えて流すけれど……ヘイルの言いたいのは、要するに『連れて行くならこの娘の身体的な問題をどうにかしないと』ってことでしょ?」
「あ、うん。全く持って相だけど、何だろうこの腑に落ちなさは……」
「一応その辺りは私に考えがあるわ」
心のモヤモヤ感が半端ではなかった。だが、俺の心境など構いもせず、アイリスさんはドヤ顔で言う。
「今はユウキが居ない。そして、幸いにもこの子は潤沢な魔力を有している。そこで上級魔法職の人間としての意見なのだけれど、この子に肉体強化系の魔法を教えて、常時使用していて貰えばだいたいの問題は解決出来ると思うの」
「あー。筋力があれば挟まっても自力で脱出可能ってことね」
先の余計な手間が要らないとなれば、大きい。
「それもあるけれど、肉体的な耐久力も強化されれば、馬に騎乗しての全力疾駆みたいな明らかに負担が大きすぎて現状では許可の出しようもないことも出来るようになるわ。強化段階次第では近接戦闘のやり方を学べば前衛職だって不可能はないはず。常時強化が前提だけれど」
「そっか」
日常生活にすら人の補助を必要とすることでマイナス面からしか見ていなかったが、最大の利点である膨大な魔力を使えば欠点もカバー出来ると言う事なのだろう。
「問題があるとすれば、質量膨大ながら高速で動く脅威が誕生すると言うことだけれど、まぁ、轢かれたところでヘイルにはご褒美かも知れないから大丈夫よね」
「待って?! って言うか、ご褒美って感じるのは俺じゃなくてユウキ!」
俺までカテゴリおっぱい狂いにされては堪らない。
「ただ、この娘が肉体強化の魔法にどれだけの時間を有するかわからないと言うのもあるのよね」
だが、俺の抗議も気にするそぶりすら見せず、エリーシアを見たままアイリスさんは顔をしかめる。
「逆に言うなら、満足に扱えるようになるまでは世話係が必須よ?」
「世話係かぁ……」
言ってることは間違いではない、だから俺もモヤッとした思いは抱えていたがアイリスさんの口に出した単語を反芻する。
「世話自体は餅は餅屋、エリーシアの随員なら完璧にこなせるんだろうけれど」
教会の息のかかった人員はあちらの目や耳でもある。
「側に置くのは問題、だけどすぐに『必要ないから帰って』って言うのも不自然だよね」
「そうね。当面は誰かが世話の仕方を学んで、ある程度学んだところで『もう必要ないから』と帰って貰うのが自然で妥当なところかしらね?」
「その辺りが妥当かな」
頷き、アイリスさんの口にした方針に異論はなく、同意した俺はエリーシアに言う。
「世話係に会いに行きたいんだけど、案内してくれるかな」
と。
ようやく関所から出発出来そうな流れに。
追記:ルビが上手く作用してなかったので、内容弄る形で修正しました。




