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七十話裏「主とわたくしめの会話(???視点)」


「あの蚕はどうなったであろうな?」


 ポツリと漏らされた主に頭を下げてからわたくしめは気になりまするかと尋ねる。


「先代勇者の死亡に端を発した人事移動、そのあおりで一匹蚕が『だぶついた』故に一番無能なあれは新しき勇者の元に送られた。そこはよい、わしも反対はせなんだ。蚕どもには手間も金もかかっておる。何らかの使い道が出来るならそれに越したことは無かろう?」

「はぁ、確かにそうでございますな」


 新しき勇者が神託により任命された事を知る者はまだ少ない。時折主の話し相手となる身の上でなければわたくしめも大々的な発表があるまで知らずに過ごしたことだろう。しかし、新しき勇者とは。


「問題は新しき勇者よ……ヘイル、とか申したな。わしも調べたところかの男、人物像が割れておる。人を嬲り悦に浸る外道という噂もあれば、困った者を放っておけないお人好しと話す者もおるそうでな」

「それは、奇っ怪な話でございますな」


 わたくしめが意外さを声に乗せれば、主はうむと頷かれ。


「かの男の実力か名声を妬んだ何者かが中傷の噂を流したものかと思えば、実際に嬲り者にする現場の目撃者がかなりおってな、前者が悪質なデマと言うことは無いようだが、目撃者が多数居るとなると、善人を装いつつもその実は外道という線もない。何者かによる情報操作も疑ったが……とにかく、かの男の人物像が絞り込めなかったのは、わしだけではないようでな」

「成る程、送りつけた蚕をどう扱うかでそのヘイルとやらの人物を見極めようと言うのですな?」


 わたくしめの前で、少なくともわしはそのつもりだと肯定された主は、ちらりと窓の外を見られた。


「中にはあれを『勇者としての勤め』の手付け金代わりと考えた者も居るようだがな」


 斜陽に染められた主の顔が苦々しげに歪む。


「前任者同様におだてて機嫌を取っておけばこちらの思う通りに動いてくれるとでも思ったのであろうが、愚かな事よ。そもそも前任者は我らが教えに帰依した者であった。その人となりも把握して居たからこそ、途中までは手綱をとれておったのだ。神託で任命され、人物情報も十全に揃っているとは言えない相手へ『前は上手くいっていた』で軽挙に出るとは。出立間際、蚕に要らぬ事を吹き込みおった」

「なんと?!」


 相手は主だ、止められなかったのですかなどとは問えない。だが、驚きは口をついて出た。口ぶりからすればその愚か者の行動に反対だったのは明らかなのだ。


「あれはセネッタの産であった。セネッタとその子の所有権を握るのは、あの愚か者を娘婿に持つリムゾ大神官だ。それに蚕どもは便宜上神官でもある。民衆を教え導く『教導側』のわしらより、神の力を行使し人々を救済する『神官側』のあやつらの方が蚕どもに近いのだ。『教育中』ならまだしも、便宜上だろうと神官になってしまえば飼育員を手配するのもあやつらだ。わしらにはどうしようも出来ん。まぁ、あれが何かやらかせばその責もあやつらにむくであろうがな」

「何か、でございますか」

「うむ。わしとしてはあやつらが自分達の愚かしさで自滅する分には一向に構わん。だが、とばっちりがこちらまで来るとなれば、話は変わる。そう言う意味でもあの蚕がどうなったかは、気になるのだ」


 窓の外を眺めたまま主は立ちつくす。わたくしめとしては主に椅子を勧めるべきか一瞬悩んだものの、主の視線の先にある建物は座しては見えぬ位置。故に、ただ黙して主の次の言葉を待つ。


「蚕を所有する者としてもな」


 高い塀に囲まれた飼育小屋と呼ばれるそれを見つめていた主がこちらを見たのは、次の瞬間。


「独断は許したが、様子を探らせにすぐ人を出した。もし夜中であろうとあやつが来たなら、わしの元に通せ、よいな?」

「ははっ」

「頼むぞ」


 わたくしが頭を下げれば、主は満足した様子で頷き、踵を返す。そうして気配が遠のくのを確認してから、わたくしは小さく唸る。


「しかし、新たな勇者か。このことはモギズレヴド様にお伝えしておくべきであろうな」


 過ぎたる欲が身を滅ぼすことはよく知っている。それが今までわたくしを生きながらえさせていた。暫く借りていたこの人間の身体もそろそろ持ち主に返してやるとしよう。


「わたくしが借りられる程弱くて助かったぞ、人間よ。まぁ、こうして感謝しても貴様は覚えているまいがな。さて、わたくしが身体を借りられそうな弱い人間で、外に出ても不審がられぬ者となると……館に出入りする商人か、里帰りを許された使用人か」


 呟きながら、わたくしは歩き出す。全ては魔王モギズレヴド様の為に。



・光神教会

 一般信者に教えを説く教導部と神聖魔法を行使して人の怪我を治したり邪悪な存在を駆逐する神官部からなる宗教団体。団体としての長は教導部側の教皇だが、武力行使が可能な最上級神官達の権限は大きく、神官達の権力を笠に着た行為に心ある教導部側の人間は心を痛めていたりすることもあるとかないとか。


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