六十九話「【閲覧注意】間に合えと願い」
前話をご覧の方はお察しかも知れませんが、舞台はトイレになります。
お食事中の方はご注意下さい。
更新時間、今回に限りずらすべきだったかしら?
「今から引き返す……のは無理だよね」
引き返して人を呼んでこられる程の時間的な余裕があるなら、あんなせっぱ詰まった声にはならないだろう。
「アイリスさんに頼った罰かな、これって」
部屋の入り口に挟まった時より状況が拙くなっているのに、手助けが出来るのはおそらく俺のみ。
「関所に詰める兵士の宿舎だもんな。時間的に利用してる兵士は、殆どが関所の方で仕事してるよね」
例外があるとすれば、先程俺を呼んだ役人と夜勤に備えて宿舎で寝てる兵士ぐらいだろう。
「それに、ここの兵士で女性は見たことないし……」
女子トイレに入って行くところを目撃される恐れがあるとしたら、現パーティーメンバーか先程の声の主が連れているはずの世話係くらいだと思う。
「って、あれ? じゃあ、さっきも今も何で世話係が居ないんだろ?」
「助、け……」
「っ」
謎が出てきてしまったが、前より弱々しい声を聞いては悠長に考えてなど居られなかった。
「人の気配は、一つだけ」
何が悲しくて上級職の気配察知能力を女子トイレへの潜入に使わなければいけないのかともの悲しくなったが、出来るだけ考えない様にする。
「大丈夫? 助けに――」
ここで痴漢に間違われたら目も当てられない。目的を告げつつ、俺は男子禁制の領域に足を踏み入れ。
「「あ」」
救助者と要救助者の声が重なった。
「嫌ぁぁぁぁぁっ」
あがる女神官の悲鳴。
「うわぁ」
おそらくは急いでいたのだと思う。やや前傾姿勢でトイレの個室に入ろうとし上半身というか大きすぎる胸がつっかえた為、俺の位置から見るとお尻をこちらに向け突き出す様な形で女神官は動けなくなっていたのだ。しかも着衣は下半身部分がずり落ちかけている。自力で抜け出そうともがいた弾みでそうなったのかも知れないけれど。
「えっと、これって――」
俺はまずどうすべきか。ずり落ちかけた服を引き上げるべきか、引っ張り出すのが先か、それとも個室側に押し出して目的を達させるべきか。
「どれくらい、我慢出来そう?」
聞きながら、周囲を見回す。状況を打開出来そうな道具はないか。視界の端に、掃除に使うのであろう木製のおけが入った。若干躊躇したが、片手で拾い女神官の足下に置く。
「もう、無……理」
「ちょっ」
それを間に合ったと言うべきかどうかについて、見解は人それぞれだと思う。
「けど、俺は出来たら救えた……と思いたいな」
視線はトイレの天井を貫き、どこまでも遠く。
「ごめん」
唐突に目を瞑って、ただ一言、謝る。俺は元々謝罪のためにその女神官を捜していたのだから。
「けど」
何時までも女子トイレに居座るわけにもゆかない。パーティーメンバーの女性陣の誰かが、今このトイレに入ってきたら俺は終了してしまう。
「とりあえず、移動しようか?」
女神官もこの場に留まり続けるのは嫌だろうなと思っての提案に返ってきた反応は無言で小さく縦に揺れた首の動き。手を差し出せば、すぐにその手を握り。
「身の回りの世話をする人は、どこに?」
尋ねれば、女神官は、廊下の一方を指で指し示すも、声による返答は一切無く。
「そう」
何というか、空気が重かった。これも俺のせいなのだろうか。
「どうしよう……」
先入観から相手の事情をよく知りもせずものを言ったことを恥じて、追いかけてきた俺だったけれど、振り返ってみればその後のことは何も考えていなかった。追放を取り消して受け入れるのか、それでも問題はあるのでお引き取り願うのかさえ決めていない。
「っ」
身体を衝撃が襲ったのは直後のこと。
「お願いします、捨てないで下さい」
たたらを踏むのもこらえた背中越しにすがりついてきた人が乞う。
「はぁ……」
思わずため息が漏れると背中にくっついていた身体がビクッと震えた。
「これで放り出せる様な外道のつもりは俺にはないんだけど?」
どうしてそうなるのとツッコミたい気持ちも一部ではあるけれど、アイリスさんから聞いた彼女の事情を鑑みれば、俺が最初に想像したモノよりこの女神官の立場は弱かったりするのかも知れない。よくよく考えてみると、膨大なMPを必要とする魔法の為の要員なら、俺の供になるというのも謎なのだ。
「実は落ちこぼれで、処分に困った光神教会の面々が勇者のお供の口実で俺に押しつけようとした、とか」
と考察を口にする様な迂闊な真似をするつもりはサラサラ無いが、とりあえず聞かないと行けないことはそれなりに多そうだ。
「話を聞くなら、アイリスさんとマイの同席は必須かな」
変な誤解は避けたいし、聞き取りの場で彼女の境遇に一定の知識を持っていたアイリスさんを除外するのはまずあり得ない。たとえ弄られるネタを増やす事になるとしても、我慢するより他なさそうだった。




