六十八話「秘された裏」
「ふぅ、この数日は何だったんだろ」
件の女神官を入り口につっかえることなく外に出し、俺はため息をつく。話が終わったことで、居合わせた面々も殆どがあてがわれた部屋に戻り、ここにいるのはアイリスさんとマイだけだ。
「ようやくいつものヘイルが戻ってきたって気がするけれど、あの娘も大変ね」
「あの娘?」
突然口を開いたアイリスさんの言葉に、アイリスさんは部屋に戻らなくてもいいのと言う質問もいつもの俺って何なんだよってツッコミも押しのけ、思わずオウム返しに問うていた。
「アイリスさんもアレの事は良く思わなかったんじゃ?」
「まぁ、イラッとしたのは否定しないわ、ただ、ね。ヘイルは魔法を使う時、代償に何かを消費することはわかるわよね?」
だと言うのに、今は同情してみせる。ちぐはぐだからこそ気になった俺にアイリスさんは尋ねた。
「あ、うん。一応罠魔法は使うし」
むしろこの辺りはアイリスさんこそ専門だろうが、一応魔法に分類されるモノの使い手である俺も知ってはいる。
「その時消費するモノを、魔力とか精神力……言い方は色々あるけれど、そうね、ゲームなんかで時々出てくるMPとしましょうか。このMPの最大値は、使えば使った分だけ伸びる。ただ、その最大値にもこれ以上伸びないという限界値があるのだけど、この限界値は当人の身体の大きさに異存するのよ」
「身体の大きさってことは、まさか」
何故突然MPがどうのと話し始めたのか謎だったが、そこまで言われれば、俺にも予想はつく。
「このことが明らかになった時、魔法職にあって限界値を伸ばそうと試みた人達が居た。その大半はまず太ろうとしたわ。もっともその大半は、私達の知る生活習慣病とか成人病で長く生きられなかったようだけれど。その結果、肥満は命を縮めると気づいた一部の者が別の方法を模索し、辿り着いた結論があの娘の胸ね」
アイリスさん曰く、それは家畜かなにかの品種改良のようであったと言う。胸の大きな女性と胸の大きな女性を母に持つ男性の間に子を作らせると言ったことをひたすら繰り返した結果が、あの女神官だと。
「じゃあ」
「ええ。あの分だと日常生活にも差し障るでしょうね。だから大半は廃れたわ。ただ、神の力を借りて魔法を行使する神官職が使う魔法には、膨大なMPを要求されるものが数多くあった。以前は複数の神官が協力したり、儀式を行うことで負荷を軽減して初めて行使が可能な魔法だったのだけれど……」
苦い顔でアイリスさんは女神官を追い出した入り口を見る。必要とされ、例外的に残ってしまった結果があの女神官だったと言うことなのだろう。
「だから、あの娘が供をこちらで用意すると言ったのも、傲慢な我が儘からだけと言うわけじゃないわ。さっきドアにつっかえた様に何かあった時補助してくれる人間を必要としているからなのよ」
「アイリスさん! それをさっき、何でッ――」
「説明したらまともに聞いてた? 気持ちもわかるけれど、先代勇者の関係者と言うことでよく思ってなかったでしょ? 先入観は判断を誤らせるわ」
つまり、俺が冷静に事実を飲み込める様にワンクッション置く必要があったとアイリスさんは言うのだろう。
「ある意味であの娘は犠牲者。鼻持ちならない性格も、そんな状況に疑問を抱かない様育てられた結果だったとしたら」
それ以上聞く必要はなかった。俺は後悔と自己嫌悪にまみれつつ、部屋を飛び出す。明らかに間違えた、失敗だった。こちらに落ち度があったなら、謝らなければいけない。
「どこに……あれは、馬車? そっか、あの体型じゃ馬に乗るのも徒歩も」
身体の負担を鑑みれば、この関所まで馬車でやって来たとしても不思議はなく。
「見たところ馬車の中に居る様子もないし、までこの建物の中か」
俺達のような特殊な来客を除いたとしても、関所を護る兵の宿舎は広い。
「普通に考えれば、あの馬車の方に向か」
頭の中でルートを整理していた時だった。
「誰か、助けて」
せっぱ詰まった声が聞こえたのは。
「今のは――」
聞き覚えのある声だった。そう、まさに探していたはずの人物の。
「確か、こっちの筈」
階段を下り突き当たりを声の方に曲がって、気配を探る。
「あっちか……って、ちょっ」
おおよその見当をつけた俺は、そこがどこなのかに思い至ると顔を引きつらせる。
「嘘でしょ」
助けを呼ぶ声に高慢さなど欠片もない理由も自ずと知れた。せっぱ詰まっていた理由も解る。
「よりによって……女子トイレとか……」
俺は頭を抱えた。そして、アイリスさんかマイを連れてこなかったことを心の底から後悔したのだった。
女神官と再会出来そうなのは、きっと主人公の日頃の行い。
場所がアレなのも、きっと主人公の日頃の行い。
エピちゃんる? 知らない単語ですね。




