六話「魔族は職業に入りますか」
「もういいや、お前使えないし。ウチのパーティーから出てってくれる? と言うか大丈夫?」
いつものセリフに相手を気遣う言葉をつけなきゃいけなくなるなんて、誰が予想できるだろうか。ついでに言うなら、ある程度の期間パーティーを組まずにこんなことを言わなきゃいけないのも相当珍しいケースだと思う。
「く、妾に出て行け……とは、流石、はぁっ、あの勇者……と、一時的に、くふっ、一時的に組んでいただけの……ことはあるわ」
たぶんあの勇者と言うのは、先日のにゅーんって鳴くウサギさんのことだと思う。無言のリビングメイルもどきも高慢系バカも組んだのはずいぶん前の事であるし、なんだか物凄く辛そうな少女を前にどの勇者の事ですかと問うのは俺としても憚られたのだから。
「まぁ、腐ってもSランクパーティーだからね。それより、もう一度聞くけど大丈夫?」
俺は一応少女に話を合わせつつもう一度聞いた。こちらの問いかけに答えてくれないのは辛くてそれどころじゃない可能性もあるが、それなら隣室で待機してる赤毛の少女に出かけて貰えばいい。不調の理由は目の前の少女の話でだいたい察したし。
「ふ……くっ、人間如きが妾を侮るでないわ! 魔王ゼグフーガが四天王の一人、夜の……あっ」
「えーと……」
語るに落ちるという良い見本を見せて貰った気がする。
「で、大丈夫?」
「えっ」
ただ、ここで敢えてスルーしてあげるのがきっとやさしさであり大人なのだと俺は思う。
「な、情けをかけられただと?! こ、この妾が……あぐっ」
「あぁ、辛そうなのに感情を高ぶらせるから……やっぱ、駄目か。アイリスさん、悪いけどちょっと出かけてきてもらえる?」
ドア越しだがこっちの会話も聞こえてるはずなので、大丈夫だろう。
「『魔の重圧』って魔族には特に効くのか……」
おそらく、少女を含む魔王の配下にとって赤毛の少女はシャレにならないレベルの天敵のようだ。
「今まで魔族と戦う機会はなかったからなぁ」
ひょっとすると遭遇する前にアイリスさんの固有技能によって衰弱して勝手に戦闘不能になっていた可能性もあるけれど。
「う、うぅ……」
「と、少しは楽になった?」
「う、うむ」
我に返った俺が背中をさすってやるとうつむいたまま少女は答えた。
「しかし、主には世話をかけたな。人間の男は弱った女子を見ると種族など関係なく襲いかかり口に憚るようなことをすると聞いておったが故に警戒しておったが……」
「それ、どこの情報? 場合によっては人族男性としてちょっと情報の主とお話しないといけないんだけど」
ごく少数のゴミとかどこかのござる口調トリッパーはともかく、何で俺まで不名誉な風評被害の犠牲者にならねばならないのか。理不尽とは全力で戦う所存である。
「そっ、それはすまぬ。主は魔族でもなかなか見ぬ域の紳士であった。妾からもその情報は過ちであったと伝えておく、伝えておく故――」
「え? なんでそんなに必死に?」
だが、俺の発言を聞くなり魔族の少女は血相を変え、意表を突かれた俺は問う。
「ぬ? 先ほどまでの恐ろしい力を伴って押しかけられては、いかな妾の父上とて」
「あー」
少女に説明されれば慌てた意味も理解できた。と言うか、情報の主はこの娘の父か。若干ポンコツ気味なところがあるようだし、不安になってあることないこと吹き込んだのかもしれないが。
うん、ちょっとだけあのウサギ勇者さんと魔王退治も悪くないかとか思ってしまったことは俺だけの秘密だ。
「じゃあ伝言を。『種族をひとくくりにして俺を含むまっとうな人族男の名誉を汚すというならどんな手を使ってでも後悔させてやるつもりだけど、反省し嘘を吹聴するのをやめるなら今回は頭を下げた娘さんに免じて許す』と」
割と上から目線になってしまったかもしれないが、俺も聖人ではないのでその辺りは許してほしい。
「承知した。必ず伝えよう」
「よろしくね。……ところで」
伝言を託してとりあえずの問題は解決したのでふいに疑問に思った点について俺は尋ねた。つまり、魔族が人間の住む街にあっさり侵入できていると言うことについて。
「ああ、それは魔族にも仕える魔王によっていろいろある故な。妾達はあのウサギ共とは敵対しておるが、人間共とは中立関係にあり、中には契約を交わし個人的に力を貸して居る者もおる。人間を敵と見なす魔王の配下であれば問題であろうが……そも、このあたりに魔族は殆ど居らぬ」
「あー、まぁ、そうなるよな」
理由は誰かの固有技能だろうが。近くに居ないのなら、話題になったりすることもない訳で、俺が魔族の事情に疎くても仕方ないんじゃないだろうか。
「しかし、この街に来るのを皆がしきにり止めるわけであるな」
「止められてたのに来たの?」
「うむ、妾が浅はかであった。四天王の実力をもってすればどうとでもなると」
増長していたのだろう。結果、俺の前で醜態をさらしたわけだが。
「さて、いろいろあったけどパーティーに居るだけで倒れそうな人はパーティーに入れられないし」
「わかっておる。ぬ、主と一緒に居るというのは……悪くないと、思う……がな」
あるぇ、俺っていつフラグ立てたんだろう。
「駄目駄目。それにアイリスさんもそのうち帰ってくるからね?」
「くっ、今日のところは引き下がるしかあるまいな。だが、今日の礼は菓子折り持参で近いうちにしてくれるわ! その時を心待ちにしているがいいッ!」
律儀さをにじみださせるような捨て台詞を残すと、魔族の少女は翼をはやして広げ。
「べっ?!」
飛び上がって天井に頭をぶつけたのだった。