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六十六話「ご用件はなぁに?」

「良かったわね、ヘイル。超乳美女っぽいわよ」


 それはおふざけだったのか、おふざけの形をとった気遣いだったのか。


「わざわざ二回言わなくても良いから!」


 アイリスさんの二度目の発言で我に返った俺は、ようやくツッコんだ。そもそもが胸の常識外れに大きな女性と出会って狂喜乱舞するのはユウキのポジションであって、俺じゃない。


「と言うか、アレ、誰?」


 初対面なのは間違いなかった。整った顔立ち、白地に金で縁どりされた衣服、編み込まれ先端辺りが太ももに届きそうな後ろ髪のすべてに覚えがないが、何より今までに見たことのないぐらいと形容するぐらい胸が大きいのだ、どこかで出会ったなら覚えて居るはずであり。


「ああ、紹」

「罠師ヘイル、新たな神託が下り、勇者と任命されました」


 傍らの役人の言葉を遮り、その女性はいきなり言い放った、唐突に。


「え、勇者?」


 何故俺が、というのが最初に浮かんだ疑問であり。


「にゅ?」


 次の疑問と共に思わず振り返った俺の視界に入ったのはキョトンとした表情のウサギ勇者。そう、勇者なら俺達一行には既に存在したのだ。


「罠師ヘイル」


 だが、その女性にとって俺の疑問など関係なかったらしい。


「志半ばで倒れた先代勇者バーショッコの志を継ぎ、魔王モギズレヴドを討ちなさい」


 名を呼んだかと思えば、続いたのは命令口調、しかも紹介してくれようとした役人の言葉を遮って自分の言いたいことを言う自己中心っぷり。紛うことなきあの権力をかさに来たバカ勇者の関係者を見事なまでに証明してから、その胸囲おばけは首輪から垂れ下がっていたリードの先を俺へと突き出した。たぶん、俺に持てということなのだろうけれど。


「ねぇ、アイリスさん……俺、どうすればいいかな?」


 訪ねる相手をマイにすべきか迷ったが、首輪とリードが出て来た時点でマイに話を振るという選択肢は消した。


「と言うか、これどこからツッコめと?!」


 何かと思えばバカ勇者の後任しろって話らしいが寝耳に水だし、目の前のバカ勇者の関係者は名乗りすらしていないわ、紹介の機会は自分で潰すわ、ピンポイントにおかしい首輪してリードを持てと態度で示してくるわ、ツッコミどころに事欠かなかった。


「とりあえずはまず、あれじゃないかしら? ほら、『奴隷は間に合ってますんで』と断」

「その断り方は俺が社会的に死ぬからっ! だいたい――」


 リードをこっちに突き出している生き物は言語的にはまだ何も告げていないのだ。


「そう、ね。うっかりしてたわ。『奴隷は間に合っている』と断っても見たところあれは犬用の首輪みたいだし、『奴隷ではなく雌犬です』と返される可能性があっ」

「違ぁぁぁぁぁう!」


 絶叫でアイリスさんの言葉を遮ったが、これはもう許して欲しい。


「ヘイル様、私、首輪を」

「探してこなくて良いから! 用意しなくて良いから! とりあえず、張り合うのは止めようか、マイ?」


 マイが首輪を嬉々としてつけて俺にリードを握られる図を誰かに見られたら世間一般の人に俺がどういう目で見られると思っているのか。


「そもそもさっきから話が進んでないって言うのに! で、その紐は魔」

「わ」


 魔王討伐と何の関係があるのか、そう質問して話の軌道を修正しようとした俺の言葉を遮ってソレは声を上げた。


「わ?」

「っ」


 一音で途切れた事を訝しんで同じ一音を発すと一瞬怯みつつも胸囲おばけは大きく息を吸い、再び口を開く。


「わたしを! 選ばれし者であるわたしを旅の供とし、侍らせ、嬲れることを光栄に思いなさい!」

「はい?」


 とりあえず、あのバカ勇者の関係者だからと言うことで物言いと前二つは良しとしよう、だけど最後の一つはどういう事なのか。


「ヘイル、あなた確かリサーブトで何かやらかさなかった?」

「えっ」

「隣の娘も見てたらしいけど、絡んできた冒険者へ決闘にかこつけて拷問まがいの事をしてたって聞いたわよ? そして、この人はリサーブトから来た、分かり易い理由があるじゃない」


 あれ、それって、ひょっとして。


「あー、その、何だ。そちらは光神教会に所属されている神官で新たに任命された勇者と行動を共にせよと命じられているそうだ」


 あまりにアレな流れになってしまったので用件をさっさと片付けたくなったのか、俺を呼び出した役人はかいつまんで事情を説明すると、まだ名前も知らない胸の大きすぎる神官に向き直る。


「では、我々は役目を果たしたとお伝え願おう。後はそちらの問題だ」

「確かに、協力を見届けました」

「ならば、話の続きは彼らの部屋でして貰おう。こちらも職務に戻らねばならないのでな」


 俺が嫌な汗をかきながら恐ろしい、出来れば現実であって欲しくない想像をする中、事態は動いて行く。たぶん、現実逃避したい脳の一部が役人とこのおっぱいおばけの会話の内容を拾わせたのだろう。


「良かったわね、ヘイル。超乳美女っぽいわよ」

「良いわけあるかぁぁぁぁっ!」


 同じ内容を何度か繰り返すことを業界用語でテンドンと言うらしい。そんなどうでも良いことを思い出しつつ、俺はアイリスさんによる三度目のソレに絶叫していた。



と言う訳で、伏線はバカ勇者の死の方だったというオチ。


まぁ、相応に能力はあるし謀略の魔王とは敵対してるから神託を出した神様は間違っていないのですよね。


選ばれし者云々は次回以降で説明出来たらいいなぁとか思ってます。


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