六十四話「意外なところで人は躓く」
「はぁ……もうここまで戻ってこられたのか」
嫌な未来を想像してしまい頭痛の錯覚に囚われかけた俺だったけれど、目的地までの道のりは馬鹿馬鹿しくなるぐらいに順調だった。魔物は見かけてもアイリスさんの固有技能で襲ってくる力すら無い程に弱っていたりしたし、そもそも己を問答無用で弱体化させる存在が近づいてきたなら、普通は逃げる。見かけた魔物というのも、繁殖期で身体の下に卵を抱いて逃げるに逃げられなかったとか、動きが鈍重で俺達がやってくる前に離れられなかったなんてモノが多い。
「ヘイル様、国境の関所ですね」
「あ、うん」
視界に入る関所の建物の姿形を前に見てから二週間も経っていないと思う。だからこそ姿形は前のまま、関所の前には通行する旅人や行商人が短い列を作り、俺達はその最後尾についている。
「通行証は全員所持してるし、トラブルの種になりそうなモノが荷物に紛れ込んだとかもないよなぁ」
頭痛の種なら俺の片腕を抱く様にしてくっついているが、同時に手放すことなど出来ない少女でもある。
「次の者」
俺がマイを一瞥したところで前の前の行商人の審査が終わったらしく、視線を戻せば行商人の背中の隣で役人が俺達の前の旅人を呼んでいた。
「出国も何の問題もなかったっけ」
あっさり許可が出すぎて記憶にもあまり残っていないが冒険者として複数の国を旅してくると、流石に慣れと言うモノがある。
「生まれ育った国を出た時は感慨深かったけどなぁ」
国境を越える商隊を護衛した時は先方のアクシデントで商談がたちきえたとかで出国して半日で元の国に戻った何てこともあった。
「同じ旅をするなら、楽しく旅をした方が良いって言うのはわかる」
「ああ、楽しもうとしたら半日で元の国に戻るハメになったのよね。前の仕事が微妙に後味悪かったから気分転換も兼ねたんだったかしら?」
「そうそう」
当時からパーティーを組んでいたアイリスさんは何の話だったかすぐ気が付いた様で乗ってきて、俺も頷きを返し。
「次の者」
「あ、はい」
話を続ける間もなく役人に呼ばれると前に進み出て。
「通行証を改めさせて貰う」
「どうぞ」
要求に従って会話しつつも取りだしてはいたソレを差し出す。咎められる様な事をした覚えはないし、暗黒神崇拝者の企みを阻止したことについてはユウキを待つ間に鉱山の町のお偉いさんに報告したりしているので、ここで根掘り葉掘り聞かれるとも思えない。
「冒険者の……罠師のヘイルか。ん、ヘイル?」
出国の時同様に何事もなく行くかと思いきや、役人は俺の通行証を見て動きを止め。
「えっ」
想定外の反応に俺は思わず役人の方を見た。
「ヘイル……ヘイル」
こう、何というかもの凄く何かを思い出そうとしていた。
「ヘイル、あなた……何をやったの?」
「やってないよ?!」
割と真顔でアイリスさんが尋ねてくるも、俺に心当たりはない。
「まさか、ドS過ぎて指名手配とかされていたん――」
「無いから! そもそもドSで指名手配って何ーッ!」
だいたい、俺がSで指名手配されるなら俺の傍らにいるドMはどうなるというのか。俺の様な風評被害の犠牲者とは違い、混じりっけ無し正真正銘のドMである。
「思い出した。誰か早馬を。『罠師のヘイル』が来たとリサーブトの――へ伝えるのだ!」
「はッ!」
「って、コントやってる間に事態動いちゃってるし?!」
一部聞き逃してしまったが、アイリスさんと言い争っている場合じゃなかったのかも知れない。
「さて、申し訳ないがお前には暫しここで滞在して貰う。何、ベッドも食事も用意する。同行者の分もな」
「滞在……」
とりあえず、問答無用で捕縛して牢にぶち込めとかで無かったのは良かったと思う。何というか、比較的まともな扱いを受けようとしているのではないかとも。
「にゅーん」
「大丈夫ですよー。私がついてるですよー」
「にゅにゅんッ!」
後方では、困惑したウサギ勇者を元気づける名目でモフハラをやらかそうとしたと思わしき狂戦士に勇者の幼馴染みのウサギ戦士が抗議する声が聞こえる。振り返っていないので、おそらくだが、ここまでの道のりで何度か見た光景でもある。
「これも宿命か」
何処かの精霊治療師は相変わらず中二病な発言をポツリと漏らし。
「ヘイル、安心して。面会にはそっちの娘と必ず行くから」
「うん、アイリスさんはそろそろ俺が捕まる前提で話すのを止めてくれても良いと思うよ?」
この大人数パーティーだからと言う理由じゃないとは思うが、ただひたすらに混沌だった。




