六十二話「そして道を引き返す」
「さてと、いよいよか」
ユウキがやって来ず、破損した剣が見つかり、偽物が手紙を運んで来て方針の定まった俺たちに出発の瞬間は訪れた。
「忘れ物はないよね?」
「「にゅい」」
「ですよー」
確認の言葉に声を揃えるウサギたちと両手にモフモフポジションでご機嫌な狂戦士。
「ヘイル、追放は?」
「あ、そっか。もういいや、お前使えないし。ウチのパーティーから――ってやらすなーっ!」
そもそも追放は忘れものじゃないでしょうに、アイリスさん。
「出発前にどっと疲れたんだけど?」
「けどね、ヘイル。この世界には様式美というモノがあるのよ」
「いや、否定はしないけどね」
それを何故ここで持ってくるのかと小一時間。
「そも、この状況で追放するとしたら、場をわきまえずにふざける人だと思うんだけど?」
「まぁ、確かに緊張をほぐすにしても他に方法があったわね。隣の娘を嗾けるとか、隣の娘を嗾けるとか」
「ちょっ」
嗾けるって何をする気ですか。
「ヘイル様ぁ」
「いや、マイも乗っからなくていいからね?」
「私は素ですよ?」
うん、何故だろう。前世の幼馴染みと再会出来て一緒にいられるのは嬉しいはずなのに、頭痛の種が常時くっついてる気がして、時折空の高さとか青さを無性に確認したくなったりするのは。
「世の中ってのは、うまく行かないことの連続だもの。ままならないことがあるから、それをどうにかするために人は日夜あがいてるのよ」
「良いこと言ってるつもりかも知れないけど、さっきまでふざけてたから台無しなんだけど?」
こう、アイリスさんってここまでふざける人だったっけと首を傾げたくもなるが、これも人柱の抜けた影響なのだろうか。
「どちらかというと、独り身の人間の前でいちゃつくバカップルがいるからかしらね?」
「……なんというか、すみません」
そんなつもりはないのだけれど、マイがくっついているのは事実なので、俺は謝った。
「まぁ、いいわ。二人に子供が出来て、たまに抱かせてくれたりしたら許しましょう。そう、子供は子供。自分の子供でなくてもきっと可愛いわよね?」
「否定はしないけど、鬼が笑い死ぬくらい遠い未来の話かもしれないよ? 少なくとも謀略の魔王を放置してたら、また何時狙われるかわからないし」
件の魔王とは決着をつけなくてはならない。
「それは理解してるわ。それじゃ、行きましょうか」
「うん。けど、また結構な大人数での行動になるね」
ユウキの剣を届けに来てくれたレイミルさんと行動を共にしていたエリザ及び悪魔使い。
「精霊治療師のカルマンさんに、行き先が同じ方向だから同行して貰う変装士が一人」
先程のモフモフペアとおまけの狂戦士に俺とアイリスさんを入れてこれで既に十名。
「ユウキみたいに襲撃されることを考えると一緒に行動して貰っておいた方が良いのは確かだけど――」
先程のアイリスさんとのやりとりと同じ様に、又はそれ以上にカオスな事にはならないだろうかと言う危惧を抱きつつ、景色は流れ出す。何のことはない、歩き出しただけだ。
「鉱山の町に続いてる道だからか、岩だらけでゴツゴツしてるよね」
俺にとってはトラップ用の岩を確保出来て丁度良かったりもするけれど、見上げる崖には崩れてきたりそこに魔物や山賊の隠れている危険性があり、見下ろす渓谷には滑落による怪我や死亡の危険がつきまとう。
「とは言っても、出発したばかりじゃそんな場所は殆どないけどさ」
幾人もの人が通って出来た危なげない道を念のため警戒しながら歩く。俺とアイリスさんが漫才をやっている間にレイミルさんの召喚した魔物が少し先行して偵察をしてくれているものの、俺が警戒を緩めて良い理由にはならない。
「ところで、ユウキの剣を見つけた場所は、もっと先?」
ただ、気になったことはあったのでレイミルさんと変装士の少年の方を見て尋ね。
「半日程は先かと」
「そっか、ありがとう。まぁ、町に近すぎるとアイリスさんの固有技能の影響受けちゃうしな」
そのアイリスさんがユウキを向かえに来る可能性だってあった。固有技能で衰弱してしまう魔族からすれば、町からある程度離れた場所で襲撃するのは仕方なく、同時に都合も良い。
「普通なら目撃者が出る可能性も低いはずだし……まぁ、偶然にも目撃者が居た訳だけど」
その目撃者の話を聞く限り、ユウキを襲ったのは胸のない女魔族だと言う話だ。
「おそらくは、四天王のベッカーってヤツだよね、きっと」
ひょっとしたら件の女魔族が退いた理由は、万全を期したはずが確率の低い目撃者が存在した事にもあるのかもしれない。
「用心深い相手って言うのは、相性悪いんだよね。やり様はあると思うけどさ」
そのまま必用以上に警戒して俺達と謀略の魔王の決着がつくまで様子見していた欲しいところだけど、流石にそれはないだろう。
「仕掛けてくるとしたら――」
俺は言葉の途中で罠を喚び出し、太めの槍を一本射出する。
「ギャァァァ」
「なんだ、はぐれた魔物か。」
表皮を岩に擬態させた魔物が槍に貫かれたまま転がり落ちてくる姿を眺めつつ、俺は嘆息した。




