五十九話「苦悩の果て」
「くそっ」
我に返って俺は宿のテーブルを殴りつけていた。
「あの魔族が失敗してからそんなに日が経ってないとか、魔族からすれば天敵であるアイリスさんがこの町に居るからとか――」
そんなモノは絶対的な理由にはならないというのに。
「こっちが動くより、先に動かれた……」
レイミルさんの話では破損したユウキの剣を見つけただけではあるけれど、こんなとをやりそうなのは謀略の魔王とその部下しか考えられない。野生の魔物は生息域的にあり得ないし、人の身でかなり業物だったユウキの剣をあんな風に出来る実力者の心当たりもない。
「ユウキ程の実力者が後れを取るとなると、あの村に居た残念魔族程度じゃありえない」
村で戦ったのは上級職の俺だったものの、あの罠への反応速度からすれば、ユウキでも充分勝てる程度の実力だったように思う。もっとも、あの魔族はただの使い走りだったから当然なのかもしれないけれど。
「もし、幹部クラスだったとしたら――」
俺が知りうる幹部クラスはアイリスさんの固有技能で殆どヘロヘロだったので、完全に実力を把握できているかに疑問は残る。
「それでも、苦戦は免れなかった筈」
まして、相手が苦手な攻撃手段を備え得ていたとなれば。
「智くん……」
「ごめん、マイ。今はちょっと……」
気遣い声をかけてくれたのだろうが、感謝する余裕すらなかった。それに、、今もたらされた情報はユウキに何かがあったらしいという断片的な情報のみ。
「レイミルさんがこっちに来られたということは、同行してたエリザ達も無事だと思うけど」
騎乗者の少女の傷の件でまだ気になるからと言う理由をつけて精霊治療師のカルマンさんにはこの町に残ってもらっているし、狂戦士のアリエラは相変わらずウサギ勇者とその幼馴染に付きまとっている。
「クレインさん達には念の為捕まえた魔族の無事を確認しに行ってもらったけど、あちらに何かあれば緊急連絡が届くはずだし」
村の一件とは無関係な筈のユウキだけが襲われたとするなら、違和感があるが、ユウキと連絡がつかず、半分だけの剣が見つかった現状では言い訳にしかならない。
「今、俺に出来るのは――」
アイリスさん言葉に従い、ユウキの剣が見つかった現場に赴くことと、これ以上謀略の魔王とその部下達に好きかってさせない様に策を講じることだ。
「わかってる、ここで嘆こうが悔やもうがどうにもならないことなんて……」
前世に幼馴染みの体調に気づかず、探して、捜して、彼女の眠る墓石と対面するしか叶わなかったあの時、それは嫌という程思い知った。だが、理性と感情は別物だ。
「いや、あの時思い知っていたはずなのに、また同じ失敗を繰り返したから許せないんだ」
まして、和己さんに協力することを明かした時、アイリスさんとユウキに忠告だってされていた。
「だか――」
荒れ狂う感情をどうして良いかわからず、俺は更に言葉を続けようとし。
「やー、漸く辿り着いたでござるよ」
「え」
額を拭いつつドアから入ってきた人物の姿を見て、呆然と立ちつくす。
「ヘイル、今、ユウキが……って、こっちに来てたのね」
遅れて入ってきたアイリスさんが俺とユウキの姿を認めて嘆息しつつ天井を仰ぎ。
「えーと……」
「久しぶり、と言う程ひさしぶりではないでござるよね? いやー、一時はどうなることかと思ったでござるけど……」
どうなるかと思ったでござるけど、ではない。
「ヘイル殿?」
「ヘイル」
脱力しかけた俺を無言で支えたのはマイ、名を呼んだのは、ユウキとアイリスさん。
「何なんだよ……なんで、こんな狙い澄ましたかの様なタイミングで」
顔を出すというのか。そも剣のあった場所で何があったのか。無事かと確認すべきかとも一瞬思ったものの、俺の名を呼んだその人物に怪我をした様子はなく。
「あー、心配、かけたでござるか?」
ただ、決まり悪げに問いかけてきて。
「しなかったと思う?」
そんなことを言う資格があったかどうか、まだわからないけれど、気づけば不機嫌そうな声が口をついて出ていた。




