五十八話「凶報」
「遅いよね?」
距離的にも到着して良いはずのユウキはこの日も鉱山の町の入り口に現れず、宿に戻ってきて夕食を待つ間のこと。流石におかしいと俺はアイリスさんに同意を求めた。
「そうね。問題の人物が人物だけに『胸の大きな女の子を見かけてついていった』なんて事があっても驚きはしないけれど」
「あー、うん。俺もそれありそうだとは思うけどさ、それでも『恋人が出来たのでパーティー抜けるでござる』とか何らかの連絡ぐらいは寄越すと思うんだ、ユウキでもさ」
アイリスさんの話に可能性を認めつつも不本意ながらユウキの弁護をして、ちらりと窓の外を見る。鉱山の町が綺麗なオレンジに染まっていた。この町の建物の屋根を葺く瓦は鉱山から産出された鉱石の不純物と廃土を素材に作られていて独特の輝きを持つ。それが一様に夕日を受けるとある種の絶景を作り出すのだ。
「このままだと出発の準備も終わっちゃうし、ユウキの鉱山の町観光はもう絶望的だよね、日数的に」
村での騒動が収束し、町に戻ってきて数日。主に生産される武器や防具、道具こそ人々がこの町に来る目的と思っていた俺は、出発の準備がてら町をめぐり観光名所の多さに驚かされた。産出する複数の金属を求めてやって来た芸術家が立てた銅像が町のあちこちに建ち並び、俺が最初に想定していた業物を求めてやって来た人物がお金を落として行く様に小さな温泉街と歓楽街もこの町には存在していたのだ。ウサギ勇者の幼馴染みの戦士とあそこで巡り会わなければ探索範囲を広げ、その時見つけていたかも知れなかったけれど。
「それはなくて正解かも知れないわよ? 歓楽街にはあっち系のお店もあるし、誰かが混浴の温泉に誘われた何て話を聞いたら荒れ狂いそうだもの」
「何で知ってるのアイリスさん?!」
「え? だって――」
唐突に伏せておきたかったことを口にされて俺はギョッとするが、アイリスさんは不思議そうに視線を移動させ。
「マイが教えてくれたわよ?」
「ちょっ」
「大丈夫、ちゃっと断られちゃったって言ったよ?」
慌てて隣を見ればくっついていた騎乗者の少女が満面の笑みで言った。
「どの辺りが大丈夫?!」
自分から混浴に誘ったあげく断られたことを話す様な女の子が大丈夫な筈は無いと思うのだけど、これは俺の常識がおかしいのだろうか。
「ほら、昔は一緒にプールとか入ったし」
「昔ってそれ前世! って、あ、プールか」
一瞬この手の定番のお風呂云々と言い出すかと焦ったものの、たぶんこれは盛大な自爆であり、気が付いた時には、遅かった。
「へぇ……『あ、プールか』ってことはプール以外もあったって事ね」
「え、い、いや」
生温かなアイリスさんの目は口よりも雄弁に語っていたし、微かに綻ぶ口元と相まって俺の言語機能に支障をきたさせ。
「ヘイル殿ッ!」
この空気の中、扉を開けて入ってきた人がいた。
「「レイミルさん?!」」
俺達に名を呼ばれた召喚師のその人は村での一件が終わり、俺達に別れを告げ去っていった筈の人であり。
「これを――」
「っ」
差し出されたモノを見て息を呑む。
「これって……ユウキの剣よね?」
「……うん」
正確には剣だったモノと言った方が正しいか。刀身の半ばから先が無く、おまけに所々融解したソレはユウキが腰に差していたモノに間違いはなく。
「やはりか、見覚えが有ったので拾って来た道を引き返してきたのだ」
「これをどこで? 状況は?!」
「場所はこの鉱山の町に向かう途中の道。戦闘の跡と思わしき場所に――」
言葉に問いを発せば、レイミルさんは話し始めた。戦闘の跡を見つけたのは自身が召喚し、斥候の役目を任せた魔物だったと。
「尋常ならざる様子に足を運べば、あちこちに融解した跡や爆発でえぐれた穴があり」
ユウキの剣が落ちていたのは、大きな融解の跡の側だったとレイミルさんは言う。
「融解、この剣を見たところ金属も溶かす様だし、ピンポイントにユウキの苦手な攻撃ね」
「けどその手の攻撃手段の有る魔物はあの辺りに出なかったはず」
居たら俺だってあんなにあっさりユウキを追放することはなかった。ハーピーの雛とユウキのどちらかを選べと言われたら、葛藤しただろうが、最終的にはユウキがパーティーから離れることを許可しなかったと思う。
「……ヘイル、とりあえずこれの落ちていたところに行ってみましょ。出発の準備は半分以上終わってる訳だし、件の場所を確認して戻ってくるぐらいなら既に用意出来ている食料で事足りるわ」
「あ、うん」
まだどことなく理解の追いついていないところがあったのかもしれない。俺は反射的にアイリスさんの言葉に頷き。
「出発は明日の朝よ。流石に夜道を行く訳にはいかないし。そう言う訳だから、マイはヘイルをお願いね。私は勇者様達に事情を説明してくるわ」
傍らの少女の返事を待たず、アイリスさんは部屋を出て行った。




