五十七話「うやむやにしたい昨日、うやむやにできなかった誰か」
「ごめんなさい」
翌日、アイリスさんに謝られた俺は、面を食らって「え」と声を漏らした。謝られる理由が思いつかなかったのだ。
「さくばん は ほんとう に なに も なかったし、あやまられる りゆう が ふめい なんだけど?」
本当に何もなかったのだ。俺の目は死んでいないし、大人の階段を手すりに絡みついて上り棒の要領で変則的に上る様な事もなければ、新たな扉がオープンされちゃったなんてこともない。こともないのに、アイリスさんはどうして謝るのか。
「自分が悩んでいることを他者に強要するとか、最低の行為だったなって……後になって気づいたのよ」
「あー」
アイリスさんにとって性別の問題はそれ程重い問題であったらしい。
「けど、前にユウキもやられなかったっけ?」
そう指摘すると、無言で顔をそらされた。まぁ、ユウキだし、扱いが別だったり雑だったとしても仕方ないのかもしれない。
「ところで、性転換で気になってたんだけどさ、アイリスさんが魔法で男になってお嫁さん探すのじゃダメなの?」
「それは前に私も考えたのだけどね。そもそも性転換の魔法って、他者の姿と能力を写し取る変身系魔法の下位魔法に当たるのよ。ちなみにこの変身魔法はかなり上位の魔法の上に効果時間も短くて、それで変装士みたいなレア職業が職業として成立してるわけだけど……って、話が脱線したわね。単刀直入に言うと、魔法で性転換した場合、子供ができないのよ」
「そっか」
アイリスさんは貴族の令嬢。後継者問題的にも後継ぎが居ないのは拙いが、それ以前に本人が子供を熱望しているのだ。顔とかに条件こそ出してるものの、精神的BLもやむを得ないと思うほどに。
「一時はホムンクルスに手を出そうとしたこともあったけど、あれは魔族みたいな気の遠くなるほどの寿命持ち向けね。軽く資料を漁って読んでみた限り、人間では試行錯誤の時間が足りなすぎるわ。そもそも禁忌だし」
「それをモフモフ好きだけで決行しちゃった魔王が過去には居たらしいけどね」
本当にこの世界はアレだと思う。
「まぁ、確かに変な人も多かったしいわよね、魔王。『トイレを貸してくれなかったって理由で侵入者にボコボコにされた魔王あげく倒された』ってのもいたぐらいらしいし」
「うわぁ」
そもそも何故トイレを借りに来たと侵入者側にツッコんじゃダメなのだろうか。
「ま、内容があまりにもアレだったから、人々の記憶に残ったのかもしれないわね。その結果、私にも存在を知られることになったわけだけど」
「何と言うか、災難だったって同情すべきかなぁ、ソレ」
件の魔王、墓の下で今も泣いてるんじゃないだろうか。
「まぁ、ヘイルも他人事じゃないかもしれないものね」
「えっ」
さもありなんと頷くアイリスさんに俺の顔が引きつったのは仕方ないことだろう。
「ほら、ドSのヘイルとして後世に名を――」
「やめてください、そういう のは」
ただでさえマイを縛ったりしたのがバレないかでひやひやしてるというのに。
「それより、ユウキの合流はまだ先なの?」
「そうね、ヘイルがあの村に行って戻ってあれから日数も立ってるし、そろそろの筈なのだけれど」
話題を変えるべく問えば、アイリスさんは考え込み。
「何故かしら、今までに繰り広げた『おっぱい狂い』っぷりを思い出したら普通に置いて行っていい気がしてきたのだけれど」
「あー、うん。気持ちはわかるって言いたいけどね?」
弄られの矛先がこのまま俺に向くのも勘弁してほしくて、俺は複雑だった。
「その辺を脇に置いておくとしても、あなた、隣の娘はどう説明するつもり? 転生者で前世の幼馴染なら、ずっと一緒に居るつもりなんでしょ? ユウキにはある程度説明する必要があると思うのだけれど」
「っ」
痛いところをつかれたと思う。
「そう、だね。アレもトリッパーとは言え、日本出身仲間だし……俺としてはマイとのことアイリスさん以上に騒がれそうで、こう『うーん』って悩んでるんだけど」
「そうね。『うらやましいでござるぅぅぅぅ!』とか叫びながらオタ芸のダンスを踊り狂っても私は驚かないわ」
俺たちの認識の中でユウキはいつもそんな感じだ。
「智くん……」
「そっか」
けど、これからは俺達三人の関係の中にマイも入ってゆくことになるのだろう。
「何故だろ、更にカオスになりそうな気もするし。なりそうだとは思うのに、どんな感じになるかまったく想像できないんだけど?」
思わず遠くを見る目で、ポツリ呟いた。




