五十四話「つかの間の平穏」
「ら~らら~ら~」
翌日、機嫌良さげにマイは前世で遊んだネットゲームのオープニングテーマを口ずさんでいた。
「懐かしいな」
この世界では騎乗者だが、前世のゲームで使っていたキャラクターの職業は吟遊詩人。ゲーム内でもキャラクターに楽器を奏でる動きをさせながら、既存のアーティストの曲の歌詞をチャットウィンドで流したりしていたものだった。
「楽器でも買う?」
「ううん。私が演奏出来る楽器、こっちの世界には無いと思うしあっても持ち運びに適さないから」
「あー、そう言えば小さい時ピアノ教室通ってたっけ」
幼馴染みだからその辺りは把握している。気になって声をかけたものの、首を横に振られるのも当然かと苦笑して俺は空を仰いだ。
「クレインさん達、町に着いたかな?」
良からぬ事を企んでいた村人達への監視もだが、口を割った件の魔族の護衛もする必要があって、村に残った俺達は飛竜に跨り空を飛べるクレインさんへ鉱山の町に居るアイリスさんへの伝言を託した。
「とりあえず、緊急連絡の類はない訳だけど」
空間魔術師の女性へクレインさんに同行して貰っているので、何かあったなら行きの時同様連絡が来ると思うが、今のところその手のモノは皆無であり。
「連絡を受けて、人が来れば俺達はこの村を離れられるから――」
アイリスさんと合流し、その後はウサギ勇者と行動を共にすることになると思う。真実を知った以上、ウサギ女勇者も謀略の魔王をそのままにはしておかないだろうし、勇者が真相を知ってしまった今、俺の狙われる理由も半分近く消滅しただろうけれど、和己さんが勇者と和解するにも謀略の魔王の存在は邪魔だ。
「謀略の魔王に何らかの形で落とし前をつけさせて、勇者と和己さんを和解させる」
その後は和己さんの固有技能でアイリスさんの固有技能を中和して貰えば、アイリスさんが気になってた魔族とのクオーターだって言ってた子にプロポーズすることだって可能だろう。
「あとはユウキが元の世界に還れる方法さえ確保出来れば……」
俺が冒険者をやっている理由の大半はなくなる。大団円だ。
「もっとも、まだ漸くウサギ勇者が真実を知ったって段階だから、先は長そうだけどね」
謀略の魔王とやらの情報についても俺は捕まえた魔族と和己さん及びその配下からの情報以上のことは殆ど知らない。旅をしつつ情報を集めるしかないとは思うものの。
「ゲームじゃないからなぁ。これこれここに行けば必要な情報が集まりますとか決まってたりしないし、必要な情報が手に入る保証もない」
敵対していた勇者である権力を笠に着たバカ勇者の関係で当たればいくらかの情報は得られるかも知れないけれど。
「強敵がほぼ確定してる四天王が絡んでるからなぁ、あの勇者関係は」
関係者に接触すれば、件の四天王が俺達を排除に動くのは想像に難くない。
「もっとも、謀略の魔王と敵対してる以上、その四天王とは何処かでぶつかることになるかもね」
どのみちぶつかるなら、敢えて情報が得られる様に動くのもいいか。
「いずれにしても、ここを立てるようになってからかな」
だから、マイとこうしてのんびりしていられる今は、つかの間の平穏だと言えるのかも知れない。傍らの少女に時々縛って欲しいとかお願いされたりする平穏があるというならだけれど。
「ら~らら~ら~ら~ら~らら~らら~」
マイの口ずさむメロディはオープニングテーマからいつの間にか戦闘音楽に変わっていて。
「本当に懐かしいな。素材集めで延々と戦闘してたこと思い出すよ」
「だよね。あの時は毛皮だけ全然出なくて――」
俺と彼女、二人だけにしかわからない内容の会話。転生者やトリッパーで同じゲームをしていた人が居たなら話は別だろうけれど、この村にいる転生者は俺と彼女だけ。
「見た目だけでもゲームそっくりな装備とか作れないかな?」
「見た目だけって、そんなの作ってどうするのかと小一時間問い詰めたい件。そもそも俺もマイも職業が違うから、格好だけでも様になるかどうか」
俺の場合、今の職業に近い職業のキャラも居るには居るが、厳密にはマイキャラでなくサポートキャラだ。しかも性別が違っていた。
「露出度の高い女盗賊の格好とか、誰得で……ううん、止めよう」
万が一新しい扉が開かれてマイにこれ以上の変態性が備わったら、俺がどうにかなる。いろんな意味で。
「はぁ」
ともあれ、少々アレな想像をして頭を触れる程度に制圧した村に事件はなく。
「さてと、そろそろ監視の交代かな。行くよ、マイ」
徐に立ち上がると振り返って彼女へ声をかけた。
魔族とのクオーターの子については十八話参照(覚え書きも兼ねて)




