五十一話「振り切ったその先」
「あ」
端的に言うなら、忘れた。俺は念のために援軍を呼んだのを忘れたままで魔族と戦っていたのだ。過去形なのは戦いがすでに終了したからであり、振り返ったらウサギ女勇者を抱きかかえた狂戦士と視線が合って一歩引かれたりして。
「気配は把握してたんだけどなぁ」
ヒートアップする前だからその時はまだ覚えていたのだ。
「あ、気配が増えた。そっか、援軍かそれならいいや。戦闘続行、と」
だいたいそんな感じでサラッと流してしまったのも失敗だったと思う。
「こう、戦いになると我を忘れるタイプじゃなかったと思うんだけど、俺」
もう完全にやっちまった後だ。まぁ、救いがあるとすれば、相手がろくでもないやつで俺にこの魔族を遠慮なく叩き潰す理由があったことか。
「大丈夫、まだマイが縛られてるのを見られたわけじゃないし、致命傷とか詰みってレベルじゃない」
そう、声には出さず自分に言い聞かせると魔族の方を向き直り、荷物からロープを取り出す。
「話を聞くだけ聞いて放り出すという訳にもいかないし」
内部事情を話してしまったと知られれば、処罰は免れない。粛清とか処刑なんてこともありうるだろう。となると、口を軽くするためにも一時的に保護すると言う体裁を取り繕う必要があり。
「拘束はさせてもらうよ」
一言断り、まともな縛り方と胸中で呪文の様に繰り返しつつ魔族を縛る。味方の少女を出発前にいかがわしく縛ってさえいなければ、そんな意識何てしなくてもいいのだけれど。
「一応言っておくけど、おかしな動きをしたら――」
言外に命の保証はないと魔族に釘を刺し。
「この魔族を送る前にそっちの二人を送って貰えるかな?」
空間魔術師の女性にウサギ勇者を抱きしめたままの狂戦士を示して、頼む。
「事情を説明出来て、戦力としても申し分ないと言う条件だけならそっちの勇者様まで送る必要はないかもしれないけど」
モフモフ好きの狂戦士自身が不満に思い異議を申し立てるのは想像に難くない。
「その通りですよー」
「いや、人の思考読まないでくれない? はぁ、全く……」
口に出しても居ないのに肯定する狂戦士に俺はツッコミを入れると嘆息して真顔を作り。
「と言う訳で、勇者様を一人にする気はないみたいだから、同時にとか無茶は言わないから二人とも送ってくれるかな? 俺はコイツ見張っておくからさ」
「うぐっ」
縛ったロープの端を掴んで魔族を引き寄せつつ空間魔術師の女性に頼む。俺一人で圧倒出来た事を鑑みると、見張りとしても適任ではないかというのもあるが、俺にはまだこの魔族から情報を聞き出すという仕事も残っているのだ。
「わかりました」
「ありがとう」
「それでは、始めましょうか――」
承諾してくれたことに感謝の言葉を述べると、こちらであったことを伝えなければいけないという理由でまず狂戦士のアリエラがあちらに戻る事となり。
「ああ、モフモフが……」
離れたくないとごねた上、転移させられる瞬間までウサギ女勇者に手を伸ばした姿でアリエラは視界から消えた。
「にゅーい」
その姿を見ていたウサギ勇者が微妙そうなのも印象的だった。
「さてと、こっちもぼちぼち質問に答えていって貰おうかな。まず、名前は?」
ある意味基本的な事かも知れないが、俺はまだ捕らえた魔族の名前すら知らなかった。
「く、あ、アヴヴィス、だ」
「へぇ、まぁ、その名前で呼ぶかどうかはまだ保留だけど、次は役職的なモノかな。何か肩書きみたいなの持ってる?」
おそらくは使いっ走りレベルだろうが、所属する魔王軍が違うとは言え、仲間の固有技能で戦った訳でもないのに衰弱して二回も醜態をさらした四天王の少女がこの世の中には存在したりするのだ。もしコイツが仮に参謀長とか軍師だとかとんでもない肩書きを持ってても、正直あまり驚けないと思う。
「魔族は人と比べると絶対数少ないもんね。そっか、謀略の魔王軍は人手不足なのかぁ」
とかあっさり納得してしまいそうな気もする。
「我はモギズレヴド様の僕、ただそれだけだ」
「まぁ、字面とはいえ謀略を頭にのっけてるもんね」
捕まってしまったことを恥じて、敢えて肩書きを名乗らなかった可能性もゼロではないだろうが、普通に考えるならただの使いっ走りだったという事だろう。
「さてと、じゃあ、そのモギズレヴド様の僕は本来何をどうするつもりだったか、教えて貰おうかな?」
村長を動かして何を狙っていたのかを俺は問うた。村長からの情報もある。おおよその予想は出来ていたから答え合わせの様なモノだが、こちらの予想と真実にどれぐらいのズレがあるかは知っておきたく。
「く、わかった、言う。勇者の仲間、顔見知りを殺傷し――」
ロープを引っ張ると戦いのことを思い出したか、ビクッと肩を震わせた魔族は話し始めた。
追記:活動報告にて募集中の騎乗者の少女の名前、〆切ました。ご協力ありがとうございました。




