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五十話裏「恩人のたたかい(空間魔術師視点)」

「ありがとう。じゃあさ、ずうずうしいけどもう一つお願い、いいかな? ちょっと援軍を連れてきてもらえる? 念のために」


 恩人の頼みにあたしは頷き、即座に空き家の前へ転移した。


「誰か居ませんか? ヘイルさんが魔族に襲撃されて」


 といきなり大声で叫ぶつもりはありません。良からぬ事を企んでいたこの村の村人の幾人かをこの空き家で監視していると言うこともありますが、この空き家にはヘイルさんを庇って無茶をしたと言う騎乗者の少女が居るのです。


「心配させる訳にはいきませんね」


 ヘイルさんによると、怪我はポーションで治したそうですが、意識を取り戻したのは運び込まれた後のことです。責任を感じているのか、ヘイルさんは出発の前にも他の方を立ち入らせず、一人で彼女の世話をしていた様でしたし、あたしが転移する前にも少女の居る部屋の方を気にするそぶりを見せていました。


「それだけ思われていると、少し羨ましくも思いますけれど」


 今はそんなことを考えている場合ではありません。


「にゅい?」

「ああ、良かった。今、ここを離れられますか?」

「にゅ」


 あたしの気配に気づいたのか、戸口からひょっこりと顔を出したウサギの勇者様に尋ねると首肯が帰ってきたので、これ幸いと大まかな事情を説明して転移でヘイルさんの所へと送ります。


「ん、一度に複数人でなければ……まだまだ行けそうですね」


 魔法で仲間を転移させた直後特有の消耗を感じては居ましたが、問題ない程度。


「あれー? モフモフな勇者様がいないですよー?」

「あ、勇者様なら――」


 次に現れた狂戦士のアリエラさんにも事情を説明してヘイルさんの所へ送り出し。


「村人の見張りも必要でしょうし、二人も居れば大丈夫でしょう」


 援軍だけに人手を割く訳にはいかない為、あたしは援軍探しを切り上げ、戦場となっていた山の上に戻りました。


「降参するなら早めに言ってね? 罠の節約になるし」

「え?」


 そして、見たのはヘイルさんが魔族を一方的にいたぶっている光景。


「にゅ」

「あ」


 声に振り返ると勇者様を抱きかかえて観戦しているアリエラさんが居ました。


「さっきからずっとあんな感じですよー」

「……そうですか」


 念のためにと言うのは本当に文字通り念のためだったのでしょう。もしくは、あの魔族だけは自分の手で倒したいという強い意志の表れか。


「ヘイルさんにここまで苛烈な一面があったのですね」


 襲撃されて騎乗者の少女がヘイルさんを庇うことになった一件の黒幕もその魔族だそうですから、無理もないのかもしれませんけれど。


「わたしはちょっと引いてるのですよ」

「にゅん」


 アリエラさんに抱えられた勇者様は筆談できないからか何を言っておられるのかわかりませんが、アリエラさんも今の様なヘイルさんの一面を見るのは初めてなのでしょう。


「そういう意味ではあたしも変わらない筈ですけど」


 呟いて目を閉じれば、浮かんでくるいくつかの光景。


「大丈夫?」


 そう心配げに訊ねたり。


「ここは俺とユウキで何とかするから下がってて」


 そう言いつつあたしを庇うように前へ出たり。あたしの記憶の中のヘイルさんは優しく、いつも気遣ってくれる人でした。


「空間魔術師と言うのは晩成型の職業で、駆け出しのころは殆ど役に立ちません」


 そのうえ、真価を発揮できるところまで上達できるかは才能次第で未知数。


「他に職業適性もなく、駆け出しで誰にも見向きもされなかった私を拾ってくださった優しい方でしたから」

 大切な人を傷つけられたことでその優しさが加害者への苛烈さに裏返ったというなら納得もいきます。許せない敵だからこそ、ああも痛めつけているのでしょう。


「わたしは違うと思うですよー?」


 アリエラさんは懐疑的なようですが、あたしは信じています。


「ぎゃあっ、た、助け」

「俺は『降参するなら早めに言ってね』って言ったよね? だったらさ、相応の言い方があるって思わない?」


 信じています。


「あれ? 半端な数罠が余っちゃったなぁ……どうしよ?」


 そう言ったヘイルさんが魔族を罠のいましめから開放したのは、三つほど追加で罠を使った後でした。


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