四十四話「激怒と書いて『まぢおこ』と読む」
「あと少しだ、あと少しだから」
抱えた身体は温かい。呪文のように繰り返す言葉は、少女に向けたモノか、それとも俺自身に向けたモノなのか。少女は相変わらず何も言わない。
「せめて――」
せめて何か言ってほしかった。ふざけた内容でもいい。寝言とかでもいい。
「怒らない保証はできないけど」
感謝だってするし、変態的すぎて流石にソレは無理ってお願いで無ければ聞いてもいい。
「だか、っ」
だからと言おうとした時だった。少女の顔を見るのが怖くて空を仰いだ俺の視界、その端に黒い翼を持つ異形の姿が入ったのは。そうか、俺たちを襲っただけでは飽き足らず、まだ何かするつもりなのか。
「死ね」
迷いも躊躇も何もなかった。罠の召喚は、両手が塞がっていようとも行使できる。選んだのは太い鉄杭を射出する罠。
「オギェェッ」
「ぬわぁぁぁっ」
遠距離攻撃の代用品として使えるソレは、怒りと殺意で若干目測をはずしたが、異形の右翼を穿断し、悲鳴を上げた異形が落ちて行く。一緒に人の悲鳴も聞こえたような気がするが。
「それよりも、早くマイをカルマンさんに診せないと」
カルマンさんに診せて元気になったら無茶したことを叱ろう。そして、礼を言って。
「好きだって件については、とりあえず『お友達から始めましょう』かな? それもちゃんと元気になったらって前提だけど」
この少女ならそう言うおっきな餌をぶら下げてやればどこからだって戻ってくると思う。
「って、考えちゃだめだ」
仮にだろうが、仮定だろうが、その可能性は考えちゃいけない。
「返事がないのは、ただ寝てるだ――」
「すぅ……」
「えっ」
寝てるだけだと思いこもうとした矢先、漏れた寝息で俺は固まった。怒って少女の身体を捨てればいいのか、喜びと安堵に抱きしめればいいのか。驚きと相まって感情がぐちゃぐちゃで、整理がつかない。
「んんっ、ヘイル様ぁ。もっとキツク縛っ」
つかなかったはずなのに、寝言を聞いたとたん、放り出したい衝動に駆られたとしてもきっと俺は悪くない。
「マイ。まったく――」
苦々しく口元を歪めつつ俺は片手で荷物の中からロープを取り出すと、少女の身体がずり落ちないように固定し始める。
「別にデレたとかそんなんじゃないから」
ただ、固定の必要があるのではと考えただけだ。
「ん?」
作業の終盤、ロープを結ぶ手に何かが垂れ。
「なんだこれ? 涙?」
落ちて来た液体の正体を探るべく視線を上にずらせば。
「い、いい……」
恍惚とした表情でよだれを垂らす少女の寝顔がそこにあり。
「俺、早まったかも」
少女を縛り付けたまま俺は頭を抱えた。
「いや、子供には見せられないようなアレ系マンガにありそうな表情とかされているよりは……マシ、かなぁ?」
何とかプラス思考でよい方に持っていこうとするものの、目は空の遠くより高い場所を見てしまう。別に少女の顔がちょっと色っぽいなとかソッチ系の意味で視線をそらそうとしたわけじゃない。
「ともあれ、寝言を言う余裕があるってことは、ポーションが効いたのか、罠壁が間に合ったのか」
あるいはその両方か。
「とはいえ、大丈夫と確定したわけじゃないし、カルマンさんには診せないと」
事態を軽く見たが故の後悔なんてしたくない。
「それにさっきも異形が居たし、俺たち以外も襲われてるかもしれな……あ」
そこまで考えて思い出す。少人数行動してる仲間がもう一人いることに。
「戻らなきゃ」
できれば一人愛竜の番をしているクレインさんの無事も確認したいが、少女を放り出していけない以上、他の戦力が集まっている空き家へ一度寄る必要がある。そこで少女を預け、カルマンさんに診てもらってるうちにクレインさんの居る町の外へ空間魔術師の女性に転送してもらう。
「クレインさんは空中で遠距離攻撃ができるからあの自爆する奴との相性は悪くない筈だけど」
数で攻められれば、相性以前の問題だ。騎竜射手は弓使い、つまり主な攻撃手段は矢だ。どこかのゲームのように無尽蔵に打てるわけではなく、矢の本数には数限りがある。物量で攻められて矢が尽きれば、一気に不利になる。
「急ごう」
少女を括り付けたまま少しだけ俺は足を速めた。
活動報告にて、騎乗者の少女の名前募集しておりました。ご協力ありがとうございました




